歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~
ベル歯科 鈴木彰 院長
今月ご紹介するのは鈴木 彰先生です。子供の頃から物を作るのが好きで医科ではなく歯科の道を目指す。東京医科歯科大学を卒業してからも3年間勉強をし、特に顎補綴、口腔外科などの手術後などに特殊な入れ歯を作る技術を習得する。卒後4年目にベル歯科医院を海老名市に開業。現在2005年8月に増設した予防センターには医院内に講義施設やCT設備も整え、大学の臨床研修施設としての役割も担っている。また、キシリトールを活用した歯肉炎予防の本の著者でもある。
ベル歯科 鈴木彰 院長
現在、開業18年目ということですが、予防歯科に力を入れるきっかけは?
開業から約5年間は補綴中心に治療していましたが、補綴治療のみであることの限界を感じ、1998年にフィンランドに渡り予防歯科に興味を持ちました。何故予防が大切なのか?補綴の場合、ある時間軸を想定した場合に通常5年程度でもう一度治療することになる。勿論治療直後は、綺麗に見え完璧に見えるが、それで良いのか?というのがきっかけです。しかし当時日本では予防歯科を積極的に広めようという歯科医院も少なかったですし、先駆者の先生方の講義にも進んで参加しましたが、その先生方でさえまだ4年後、5年後経過を見守っている状況でした。現在のような予防システムでの成功、普及例がありませんでしたので模索の毎日でした。
歯科の場合、その方の口の中を見れば現在だけでなく過去の生活の状況も把握出来ます。当然、未来も予想できるので予後も良い状態を保つ為のプランニングができます。しかし、予防歯科は形が無く、他方補綴には形があるのでそのことが一番難しいし、浸透するまでが大変だと認識しています。
5年程前から自分の経験と携わった患者さんの予後のデータを元に予防に対する大切さをアピール出来る医院になりつつあります。
まだまだ、現状では種蒔き状態ですが、今後は今まで以上に予防治療に重点を置きこれからの患者さんにアピールして行きたいと思っています。
現在の歯科医療は
大きな転換点にあります。医療保険制度、歯科医師数需給など従来からの枠組みが大きく揺さぶられておりますが、明確な解決策は見いだされておりません。
その一方で見落としてはならない変化があります。国民の歯科医療へのニーズの変化とそれに応える予防医療の進歩です。
従来の歯科医療に求められてきたのは、痛みや機能障害などの主訴を解決する治療でした。それに加えて今後は、将来にわたる長期的な健康をサポートする「予防+治療型」歯科診療へのニーズが高まると予想しています。
多くの人は悪くなった時にはじめて歯の有難味に気付きます。健康な歯は普段は当たり前すぎる存在なのです。空気や水と同じで、価値を実感する機会はほとんどないのでやむを得ないことかもしれません。
一方で多くの人は、現在だけでなく将来にわたる健康を望んでいます。しかしその方法を知りません。健康に関しては成り行き任せに近い状況です。ここに医療界が今後取り組むべき課題が隠されています。
ベル歯科の使命
ベル歯科の使命
ベル歯科では、このような観点から「予防+治療型」歯科診療を提唱しています。
将来の健康への最短ルートは明らかになってきました。歯の健康価値を悪くなる前に認識し、良い状態を維持する努力を続けることです。このような予防を行うと、健康観は少しずつですが必ず高まります。一旦高まった健康観は下がることがありません。
健康観が高まった患者さんは、治療が必要になった場合、ほとんどの場合間に合わせではなく確実な処置を望みます。 当院はそのような要望に応えるべく、信頼性の高い治療を行う体制を整え、提供してきました。
予防と治療は対立するものではなく車の両輪のようにバランスの上に成り立つものだと考えます。同様に患者さん(広くは一般市民)の健康意識と歯科医療へのニーズも強い相関関係を持っています。
- 患者さん(市民)の健康観を高める
- Optimal Health(最善の健康)をひとりでも多く実現する
ことがベル歯科の使命と考えております。
ベル歯科の「予防+治療型」診療の実際
主訴のある初診
大半の初診患者さんは、痛みや腫れ、咬合困難などの主訴を持って来院します。
当院では口腔内診査、主訴の疾患の現病歴問診、エックス線等の検査、全身既往歴等の問診などを行い、診断と応急処置計画を作成します。その後直ちに応急処置を開始し、主訴の解決を図ります。
数回の主訴へ対する処置を行いながら、その患者さんの口腔内で最も高いリスク因子は何かを探ります。大別すると、リスクの高い分野はう蝕・歯周病・咬合のいずれかであり、各分野では特にリスクの高い歯が絞り込まれます。その高リスク歯・部位に対して、3通りの処置計画を提案します。
たとえば
- 積極的な予防+治療
- セルフケアを主とした予防(進行抑制)+経過観察
- 治療開始
のような3通りの案を提示し、患者さんに選択をしていただきます。多くの人は②を選択します。
進行抑制と経過観察
う蝕の具体例でご説明します。
X線像で象牙質に及ぶう蝕でも無症状な場合は少なくありません。う蝕の進行度(脱灰と再石灰化)を時間軸で考察し、進行抑制が可能であると判断した場合は、予防処置でできるだけ治療の時期を遅らせます。その間に回数と時間をかけて患者本人が進行抑制の過程と意味を理解できるように説明を行い実体験していただきます。予防処置は、歯科衛生士がセルフケア法を指導したり、歯科医師が軟化象牙質を可及的に除去し、仮充填をして経過観察するという暫間的な治療を組み合わせます。説明・処置を短期間に行うのではなく、時間をかけて繰り返し行うのがポイントと考えております。
ちなみに、このような処置を行うようになってからは、初診時に強い歯髄炎がある場合以外は抜髄はほとんど行わなくなりました。
継続的な経過観察と治療選択肢の確定
リスク歯は、数ヶ月間隔で経過観察を行ってもいずれ治療が必要になります。ただし、う蝕の場合は再石灰化が進みますので、切削する部位は最小限になります。歯周病の場合も患者さんはセルフケア(ブラッシング)を意識して行った体験から予防の効果と限界を実感しています。その結果、治療の役割が理解できるようになり、治療へスムースに移行できるようになります。クラウン制作などの補綴処置が必要な場合も、咬合、審美性、清掃性、マージンの適合性の意味頭ではなく体で理解できるようになります。
確定的治療
確実な治療を行うためには、技術・設備・材料・時間の条件を満たすことが不可欠です。多くの場合は保険治療の範囲で行うことは困難であり、自由診療での対応となります。
当院では、補綴処置は約20年の経験がある歯科医師が当たり、インプラント等の外科処置は10年、矯正処置は16年の専門医が連携して行っております。
保険治療は卒後1~7年の歯科医師が主に担当しております。
治療後のメンテナンス
当院では自由診療を主とした確定的治療の前に予防プログラムを、確定的治療のあとにメンテナンスプログラムを実施しております。メンテナンスプログラムではリスク度や安定度に応じて年4回~12回通院しております。現在このプログラムで定期的に来院している患者さんは数百名おられ、経験を積んだ歯科衛生士3名が担当しております。
悪くなる前に予防したい当院でアンケート調査を行ったところ、「悪くなる前に予防できたら良かったのに」と考える患者さんが多いことが分かりました。ある意味では当然のことですが、歯科医院は敷居の高いところ、と思う方が多いことも事実で、自発的に予防のために来院される方は少数派です。
歯科医院よりも敷居の低い施設を目指して、当院予防センターに予防研修室を設置しました。
ここでは「早期発見、早期治療」ではなく「早期啓蒙、早期予防」を目指して、予防教室を開催しております。第一段階として、母親から子供へのミュータンス菌感染を防ぐ、妊婦から乳幼児を持つ母親向けの教室を実施しております。
今後、中高年向けに口腔外科専門医による「口腔癌と粘膜疾患の早期発見」を開講する計画です。
開業に向けてのアドバイス
自分が将来どのような歯科医院を目指すのか?開業して患者さんが再度来院したいと感じてくれるような付加価値を持つ医院にすることが大切です。予防歯科を考えているのであればただ単純に現在ある予防システム、手順の踏襲だけでは不十分ではないでしょうか。システムは確立されて来ています。であればより概念を理解し、システムに生かす気持ちが必要であると思います。
日々の治療の中で毎日もっと上手くならないか!と追求し続ける。思い続けることが大切であり、何事も追求することが大切と考えます。