歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~
フルセン歯科 古仙芳樹 院長
京王線 国領駅から徒歩3分の調布市国領にある「フルセン歯科」は、今年で開業10年目を迎えた。同院の古仙芳樹院長は1965年、群馬県前橋市生まれ。89年に日本大学松戸歯学部を卒業後、「イチカワ歯科 仙川クリニック」を経て、95年に開業。 特に予防歯科の研究と実践に熱心な取り組みを続けており、『健康を創造する予防歯科~健口から健康へ~』と題した講習会を、11月に開催予定である。現在、日本ヘルスケア歯科研究会、学校給食と子供の健康を考える会、青山歯科研究会(Good Line)他の会員でもある。
そんな古仙院長にお話を伺った。
フルセン歯科 古仙芳樹 院長
開業まで
歯科医師を目指したきっかけは?
「元をたどれば理系学問への関心が入り口でした。高校時代、小松左京の小説『日本沈没』(後に映画化もされる)に影響されて、まずは地震学者を目指しました。大学をいろいろ調べたら地球物理学科というのがあって、『これはいい!』と思ったのですが、東大でした(笑)。さすがに無理だとあきらめて、次に何を目指そうかあれこれ考えました。手先で細かい作業をするのが好きだったこともあって、『歯科医になるのも面白そうだな』と考えたのです」
群馬県立前橋高校を卒業した後、日本大学松戸歯学部へ入学。89年に卒業後、大学の先輩である市川裕一郎先生の「イチカワ歯科仙川クリニック」で6年間勤務。市川先生から受けた影響は絶大で、「歯科医としての父親」というべき存在だったという。さらなる歯科研究へのきっかけをくれたのも、市川先生だった。彼の勧めで「食事指導と予防歯科」と題した講演に出席、予防歯科に強い関心を抱くようになる。今から16年も前のことだ。
「それ以後、食事指導と予防に関するセミナーには必ず行くようになりましたし、本も片っ端から読みました。食事指導を始めたころは、栄養士さんのように電卓を弾いて計算したりと、歯科医とは思えないことまでやっていましたね(笑)」
健康を創造する予防歯科
調布国領を開業の地として選んだのも、市川先生のアソシエイトだった先生の物件継承だった。ベッドタウンとして大型のマンションや住宅街が並ぶこの地は、小児患者も多い。古仙先生は『学校給食と子どもの健康を考える会』の会員として、食生活を通した子供たちの健康にも力を注いでいる。その点からもピッタリな立地であるといえよう。そんな先生が食事指導の研究の中で出会った本が、幕内秀夫著の『粗食のすすめ』である。
「非常に感銘を受けて、幕内先生の講演にも行くようになり、3回目には名刺交換をしてました。僕は突撃タイプですから(笑)。今では調布市長へ学校給食改善の陳情をしにいったり、一緒に活動しています。『今の食事のままだととんでもないことになっちゃうよ?』って教えてあげるのも、歯科医の仕事だと考えます。みんな学校給食って何の疑問も持たないで食べてきたと思いますけど、ロクでもないもの食べさせてるんですよね(笑)。大げさでもなんでもなくて、学校給食を変えないと国民の健康は作れないです」
予防歯科を行われている歯科医でも、ここまで活動の範囲が広い先生は珍しいですよね?
「なんで歯科医がこんなことやってるんだろう?って皆さん不思議に思われるでしょうね(笑)。でも食事指導は歯科医師こそがやるべき仕事だと考えているんです。もちろん、(医科の)医師や栄養士さんも食事指導はします。でもその食事指導はどこでやるでしょう?―――病院でやりますよね?それはそれで大切な仕事ですが、病院でやる食事指導は既に『悲しい食事指導』なのです。もう既に病気にかかってしまった人が、病状を良くする為にやる食事指導ですから。
歯科医師がする食事指導は、病気以前の予防医療として行うことができます。その理由の第一は、歯科医院への来院患者は(歯に疾患があっても)全身は健康な人が多いこと。もう一つは、お年寄りに限らず全ての老若男女が集まってくれることです。予防医療としての食事指導に、歯科は最も適した機関なのです。
さらに言うなら、口を扱うのは歯医者。食事をするときにもちろん口を使う。じゃあ歯医者が食事指導をしないで、誰がやるのかと。医科の先生は科目で分かれていますし、科目の疾患に対しての食事指導しかできません。歯科医が行う食事指導の役割は、とても大きいのです。歯医者として型通りの診療をすれば、それでオシマイという医療はしたくありません。『砂糖食べても、フッ素を使えば、あるいは3DSで抗菌剤を使えば、虫歯にならない』ってのは、歯という物体しか診てないですよね?その人の生活、健康、人生を診てないでしょう。患者が虫歯にさえならなければ、仕事はそれで終わりっていうのが、僕には納得がいかない。だからこそ、本当の意味での食事指導ができる歯科医の強みを生かしたいんです」
では、歯科医師が行える医療は、歯の診療のみではない?
「もちろんです。全身を診ます。問題があれば専門の医師へ送るのは当然ですが、歯医者こそ、プライマリケア医になるべきなんです。病名が付いて、いろんな科に回される前に、患者さんの健康を管理しつつ幅広いアドバイスをしてあげるのが、歯医者だと思う」
古仙院長が目指しているものは、「健康を創造する予防歯科」というものですが、この言葉はどういうものでしょうか。
「予防で食べていけるようになるまで、最初は大変だったんですけどね(笑)。この辺りは他の先生も同じだと思います。現在、予防で来てくれる患者さんが全体の6割くらい。『削らない・抜かない』ことを主眼に、食事指導・運動指導・体力づくり・禁煙指導…、色々なことをやっています。患者さんが、自己のモチベーションで健康を管理できるような医療が理想です。僕の目指す予防歯科は、患者さん自身の『想像力と創造力』を養うことを目標としています」
その実際の取り組みにおいて、最も大事にされていることはなんですか?
「コミュニケーションですね。ひたすら聞く、いわゆる傾聴です。今の先端医療はメカニクスとテクニックだけで語られる部分が多いですが、疾患だけを相手にするつもりはないです。「人対人」の医療が基本ですから。EBM (evidence-based medicine)ってよく言われますが、僕が予防歯科をする中でひとつ目指しているのは、NBM(narrative-based medicine)というものです。EBMはEBMとして用いますがそれは使い分けて、あくまでNBMを基本とした診療をしていく。私と患者さんとのコミュニケーションは、まさにNBMを実践するためのものです。
コミュニケーションは、よくキャッチボールとして例えられますが、違うと思います。人の話を、いかに私情を挟まずに聞けるかが大切。思うところがあっても表に出さず、聞けるかどうかだと思います。そうして一心に聞いてようやく、『コミュニケーションが取れる先生だ』と患者さんに信じてもらえる。だから僕ら医療従事者にとって、『聞くトレーニング』を積むことが非常に重要。患者さんが少しでも話しやすいように、この医院は完全個室制にしています」。
『5%カウンセリング』とは?
「モチベーションを高めるために、患者さん自身に決定してもらい、当院がそれを応援するコミュニケーションスキルです。自分の中で責任感を高めてもらうことで、より達成率が高くなります」
経営理念
経営理念はどのようなものですか。
こういう経営をしたいと特に考えているわけではありません。患者さんに真摯に向き合っていれば、結果的に経営にもプラスになると思っています。あまり経営という面にとらわれてしまうと材料などにも歪みが出てきそうです。それは患者さんのためになりませんから、あくまでも患者さんに誠実でありたいです。
健康を創造する予防歯科
歯科医である上で、これだけは譲れない、というものは
「歯科医である前に、まずは医療人でありたい。医療を司る人でありたい。なんでもアリの医療は人間をダメにします。人としての原点に立ち返らないと、医療はダメになります。マスコミ、情報に流されることなく、多角的に医療を捉える視点が必要でしょう。あらゆるものを、違う側面からも見ることが肝要です。テクニック・メカニックに溺れることなく、やっていきたい。
『笑顔でいてくれる人が、一人でも増えてほしい』それが僕の生きる目的です。健康的な笑いを人に届けたい。たまたま僕は歯科医という職業を得て、予防歯科にのめりこんでいったけど、単に金を稼ぐためだけならとっとと辞めていたと思います。人々が幸せになるお手伝いをするのが、自分の存在に意味を与えることにもなっています」
今現在、全ての目標の達成度は
開業してまだ10年ですからね。やっと6割くらいかな。納得できるレベルに達するまでには、あと20年くらいかかりそうですね。バリバリ働けるのもあと20年でしょうし(笑)、それまでには達成したいと思っています」
最後に、これから開業される先生方へのアドバイスなど
「まず、若いうちには給料云々よりも、自分のビジョンを確立させることですね。どういう歯科医になりたくて、どういう事を学びたいのか、それが大切です。国家試験に通った時点で、そのビジョンを持たなければいけないと思います。歯科医師という職業が、生活の糧なのか、あるいは職業を通した人格形成の場なのか、それをよくよく考えた上で就職すべきです。最近はインプラントや再生医療などの先端医療に流れがちですが、『本当の医療とはなんなのか』という勉強も、若いうちにしっかりやっておいて欲しいです。あとはたくさんの人と交流して、様々な意見を持つことですね。講習会に行くだけではなくて、スタディ・グループの中で、色々な人との意見交換をするのが一番でしょう」
常に笑顔を絶やさず、明朗快活な古仙院長。最後に、医院に勤務されている衛生士さんに、古仙院長の人物像を伺ってみた。
「テレビを見ていて、『○○を毎日食べると健康に良い!』なんていうのを観ると、本気で怒ってるんです」
『健康を創造する予防歯科』として、オフタイムでも使命を忘れることがないのだと痛感した。