歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~
秦野J歯科 笹本 院長
落花生の生産地である神奈川県秦野市。秦野J歯科は、秦野市郊外に建つショッピングセンター・ジャスコ秦野店の2階にある。岐阜県出身の笹本院長は日本歯科大学を卒業後、5年間勤務医として働く。昭和59年、東京の虎ノ門で開業し、さらに横浜市内の駅近2箇所に分院を開いた。平成8年、郊外の歯科医院となる秦野J歯科をオープン。翌年9年、横浜市郊外の金沢シーサイドラインに分院を作る。郊外型の開業に伴い、虎ノ門と横浜の駅近歯科医院は閉院した。
オフィス街での開業経験もあれば、郊外商業建物内での開業経験もあるという笹本院長にお話を伺った。
秦野J歯科 笹本 院長
オフィス街から郊外商業施設内へ移転
オフィス街である虎ノ門から、郊外に移転した理由をお聞かせください。
単純に経営上のコストダウンを図るためです。虎ノ門という土地柄から、患者さんのデンタルIQは高く、またバブル期だったこともあって大半は自費診療でしたが、それでも経費がかかり過ぎていました。そこで横浜の富岡に分院を出したところ、同じユニット数なのに家賃は約5分の1になりました。保険点数はむしろ横浜の方が高いくらいでした。診療自体は今まで積み上げてきた技術と、だれとでも話せてすぐに親しくなれる私のキャラクターが生きたのか、都心でも郊外でも内容的にはほとんど変わっていません。
虎ノ門と秦野の患者さんの違いは、いかがですか?
まず患者さんのデンタルIQが違います。都会に行くほど、デンタルIQが高い傾向にあるようです。例えば5万円の使い道で、歯と服のどちらかを選ぶとしたら、都会に行くほど歯にお金をかけて、良い物を入れたいという意識が強くなるように思います。郊外の患者さんは、「歯はかめればいい」という考えをされる傾向があるので、「そんな治療法があったのだ」と知っていただくことが大切です。歯の健康を保つ意識の低い患者さんには、こちら側からアピールをすることにより認識を高めてくださる方もたくさんいます。虎ノ門の患者さんは歯に対する意識が高くて、それ自体はうれしいことでした。しかしいろいろな選択枝があるにもかかわらず、保険にしても自費にしても、自分の頼んだことだけをやってくれれば良いからという方が多いようでした。その点、郊外に住む患者さんは、最初の意識は低くても、こちらがきちんと説明すると熱心に聞いてくださる方が多いように思います。
郊外型診療所の運営
郊外の商業施設内診療所では一般的に保険診療が約9割という中で、先生の診療所は自費の患者さんも多いですが、定着させるポイントは?
自費を勧める際、一番大事なことは、自分の中で自費は絶対に良いものだという確信があることです。患者さん側からすると、イメージとして自費と保険の違いは、質より値段になります。保険診療なら1万5千円位で入るところが、自費にすると8万になってしまう、しかし入れるものは値段の差ほど見た目には違いがないことが多いのです。その中にあって、自費を勧めるのに大切なことはインフォームドコンセントです。もし自分の気持ちに確信がなかったら、患者さんに対して「自費もありますが、どうしますか・・・」と自信のない話し方になってしまいます。
そのためには、自分自身が自費のメリットを熟知していないといけません。保険と自費では何が違って、何が良いのかをきちんと理解しておかないと、患者さんに自信をもって勧められないでしょう。患者さんには、高いお金を出すだけの価値があると納得してもらえるような説明をすることが大切です。ただ「金の詰め物にしますか?保険にしますか?」「とにかく金の詰め物は良いのですよ」などど言うのはよくありません。例えばお年を召した方には、「今後は生活の中で食べる楽しみのウエイトが高くなるので、良いものを入れて、おいしいものをいつまでも食べ続けられるようにしてはいかがですか」とか「物を食べる行為は、年をとればとるほど大切になりますよ」という風に話をしています。ただし「保険の治療が悪いわけでは決してありません」と一言添えることが必要です。保険で入れたら、何も食べられなくなってしまう、というような言い方はよくありません。患者さんに多くの選択枝を与えて、今この場限りの処置ではなく、これから先もおいしく食べていけるようにしましょう、ということを話すように心がけています。
また患者さんに、この先生ならば大丈夫だ、と安心感を与えることも大事です。例えば治療について説明するときは、最初から終わりまで丁寧な対応をすることが望ましいです。ただ患者さんのことをより理解するためには、もう一歩、二歩と踏み込むと良いでしょう。しかしそれを可としてくれる方なのか、不可とする方なのかを判断して対応することが必要です。対応は一様、画一ではないということです。このとき、自分の中に引き出しがたくさんあると有利です。100ある引き出しから10取り出していうのと、10しかない引き出しから10取り出していうのでは、相手に対する説得力が違ってきます。ここでいう引き出しとは、治療に関する技術や情報量になります。
以上のポイントをまとめると、自分の中で自費は絶対に良いものだという確信をもつこと。また患者さんが自費診療のメリットを納得できるように、説明の仕方やパンフレットを作成するなど、こちらの努力を惜しまないことです。私は術前、術後の写真のアルバムを作成したり、これはと思う自費の補綴物は二つ作ってもらい一つは他の患者さんに対する説明用にするなど工夫をしています。あとは丁寧な対応で患者さんに安心感を与えれば、私の経験からいって必ず自費率を高くすることができると思います。
歯科医としてのポリシー
先生の歯科医としてのポリシーをお聞かせください。
私は基本的に人が好きで、みんな実は良い人なんだという思いがあります。ですから誰とでも仲良くなります。うちの先生方には、自分の親を診るつもりで仕事をしてください、とよく言っています。父や母、または自分の妻や恋人を診るつもりで患者さんに接していけば、何とか治してあげたい、喜んでもらいたいと思うじゃないですか。そしてお金のためにやるのじゃなくて、「良かった。これでかめるわ!」と患者さんに言ってもらうために仕事をするのだという気持ちになることです。その中の選択肢で、「この治療を行ったら、より良くなりますが、自費なのですよ」とお話しすることです。口に出しては言いませんが、「あなたを助けてあげたい。幸せになってもらいたい」という気持ちから自費を勧めると、それは確実に相手に伝わります。これは医業に限らず、どの分野、仕事にも当てはまることだと思います。
歯科医院の開業に向けて
開業に向けてのアドバイスをお願いします。
開業を考えている先生にアドバイスをお願いします。
成功するための要素はたくさんあると思います。例えば富裕層の近くで開業するとか、診療所をきれいで豪華に仕上げることもひとつの要素ではあるでしょう。でもそれがすべてではありません。その要素が全体の中でどのくらいのウエイトなのか、きちんと見極めることが大切です。また自分がどういうスタンスの診療を行うかにもよりますが、例えば豪華な診療室を作ったら、その他の要素も豪華なスタンスに合わせる必要があるでしょう。診療室は豪華なのに、働くスタッフの対応がそれに似つかわしくなく、言葉使いにしても「(院長、患者に対して)うん、そうなんじゃないの~」というのではお話になりません。
そして診療室は清潔であること、例え建物自体は古くても清潔感があふれるように努力することが大事だと思います。もちろん先生やスタッフの患者さんに対する接遇、治療の技術、情報量の多さも非常に重要です。しかしある程度、医院経営が潤ってくると、だんだん必要最低限の時間や労力しか掛けなくなってしまい、怠け心が顔を出します。それでは結局、患者さんが離れていきます。
医師として常に勉強して知識の引き出しを増やし、新しい技術を修得していくことです。もし診療所を流行らせたいと思ったら、条件が整っていたとしてもそれなりの努力をしないと難しいでしょう。経営者の本当の実力とは、あるレベルとスタンスを継続していくことだと思います。大きなものを一つ作り、完成したから終りだというのは、本当の実力ではないのです。そして最初から大きなものを継続していくのは大変ですから、まずは小さなものを作ってそれを継続していく中で、少しずつ大きくしていくことが良いと思います。あとは日々、一生懸命やることだと思います。これは親交のある、かなり目上のある会社の社長に、私が日々言われてきたことで、また日々意識していることです。