歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~
本田歯科クリニック 本田顕哲 院長
「歯医者の本田です、ではなく、私は本田です、歯医者をしています。」というスタンスでありたいと語る本田歯科クリニックの本田顕哲院長をお訪ねした。このスタンスに込められた源となっているのは「医師である以前に社会人でありたい」という思いであるという。その思いは院内での治療、訪問診療、スタッフ教育へと枝分かれして繋がっている。
本田歯科クリニック 本田顕哲 院長
恐くない歯医者さんを目指して
京阪電鉄の墨染駅から徒歩2分ほど、昔ながらの商店街と静かな住宅街が程よい調和を見せる京都市伏見区にある本田歯科クリニックがこの地に開業したのは1998年11月であった。それまでは京都市南区で3年ほど、いわゆるビル診で開業の形態を取っており、業務拡張にしたがって当地に移転したという。
一見、レストランかカフェかのような外見の建物で、中に入っても待合室には、患者さんがリラックスできるようにと炭があしらわれ、ドールハウスが美しくディスプレーしてある。これらは全て、奥様の佐和子さんのアイディアだという。
佐和子夫人は梅花女子大学で児童文学を専攻され、川村たかし教授のゼミで創作指導も受けていた。小さい頃から「歯医者さん」に恐怖感を持っていた夫人が、卒業記念に制作した絵本のタイトルはその子ども時代の思いを凝縮させたかのような「歯医者さん、大きらい」だったそうだ。しかし、縁とは不思議なもので、その大嫌いだったはずの歯科医である本田院長と出会い、結婚となる。ここから、佐和子夫人がご自分の思いを生かしながら「恐くない歯医者さん」を演出する様々なサポートをされていったという。本田院長も「妻には本当に感謝しています」と語る。なお、この絵本も美しく装丁され、待合室の書棚に納められている。
本田歯科クリニックでは2004年4月に本格的に訪問診療を始めた。この「本格的」でない訪問診療でよく見られるのは、午前診療と午後診療の合間の時間に患者さんの自宅に訪問するもので、そのような限定された時間のもとで行うと、午後の院内診療のことも気になりながらになるため「どっちつかず」になってしまうという。 本田院長は「医療は最高のサービス業です。しかし、ずっと院内にいたまま、椅子に座って、患者さんがいらっしゃるのを待つよりも、自分で動いて患者さんのもとに伺いたい」と話す。そのシステム構築のために、何度も東京などに足を運び、セミナーに参加して勉強の機会を持ったり、実際に訪問診療をされる歯科医師に同行して、実地での研修も積んだという。 このシステムで瞠目するのは「コーディネーター」の存在である。現在、男性二人がその任にあたっている。訪問診療では患者さんご自身がうまく話をすることができないケースも多く、ご家族、ヘルパー、ケアマネージャーとの強い連携が必要である。コーディネーターはパイプ役としてそういった患者さんの周りでサポートする方たちと、歯科医師、歯科衛生士とのコミュニケーションを円滑にする。これにより、医師は治療に、衛生士は口腔ケアに専念できる体制となった。 午前中は施設に行き、午後からは居宅の患者さんを診るなど、患者さんの要望に積極的に応えた結果、訪問車も半年後には2台に増え、順調に増患している。本田院長自身、その反響の大きさに驚く。また衛生士が入れ歯の扱い方などを教える口腔ケア教室も好評で、そういった啓蒙活動も重要視する。あくまでも「押し付け」にならないかたちで、無料検診を行い、その後、希望した患者さんにのみ治療をする方針を貫く。そういうときも医師が先頭に立つより、コーディネーターによるリードが功を奏す場合が多いという。 今年4月には5名の新卒衛生士が正社員で入社する。今後はその社員教育を徹底し、訪問診療部門をさらに充実させていくというビジョンがある。 「将来的には、訪問診療は現在のような子会社的な扱いではなく、独立採算が可能な企業体として成功させたいですね。」 本田院長が歯科医を目指したのは高校生の頃で、小さい頃から絵を描くことが得意で、手先が器用なことをよくご存知だった親御さんからの勧めがきっかけという。その際「どんな仕事でも辛いことは多いけど、お医者さんは患者さんからありがとうと感謝してもらえるいい仕事だよ。」と言われたそうだ。 本田院長は、朝日大学を1988年に卒業後、京都市伏見区の歯科医院に就職する。この歯科医院では患者さんへのサービスなど経営面を主に教わったという。2年後には、京都市東山区の歯科医院に転職する。今度は「技術面を磨きたい」という希望を叶えるための勤務先選定だった。ここでは、インプラント、審美歯科など、自費診療となる治療について広く学び、開業への準備を整えていった。 「歯科医師に求められていることを全部兼ね備えているドクターはなかなかいるものではありません。私の場合は失礼な言い方ながら、いいとこ取りで勉強させて頂きました。最近、勤務先を合わないからといって半年程度で辞めてしまう若いドクターが多いと聞きますが、やはり2年から3年、自分にある程度の自信が付くまで腰を据えて勉強することが大切だと感じます。勝ち組という言葉が流行っていますが、これから伸びていくであろうドクターについていく姿勢が望ましいですね。」 先述のように、95年に最初の開業をしたときからインプラントに取り組んでいる。本田歯科クリニックが掲げる「ベストな治療サービスを提供し、お口の健康だけでなく、心の健康へも貢献していく」という理念のもと、インプラントの治療後にはよく噛めることで、楽しい食事を可能にし、心まで健康にしたいという考えである。また、今年は居宅部分であった2階を改築し、研修スペースや、PMTC用のチェアを置くことも検討している。 「患者さんとのコミュニケーションにおいては、人間同士ですし、合わないということだってあります。そういうときこそ、他の歯科医師、衛生士、助手、受付などスタッフ皆のチームワークが必要なのです。その和を保つのも院長として、ドクターとしての技量なのかなと思っています。」 小学5年生と3年生の男のお子さんがいる。最近、子どもさんたちと「機関車先生」を読み、さらにDVDでも見て感動したそうである。 「旅の楽しみは、現地の人と話すこと、その土地の景色を見ること、そしておいしいものを頂くことの3つです。この3つのうち2つが”口”によることですから、やはり歯の大切さを感じる旅とも言えるのです。」 また、高校、大学とバレーボール部に所属し、大学では主将も務めたほどのスポーツマンでもある。現在は月に一回ほど歯科医師仲間とゴルフをしながら、コミュニケーションを図っているという。 これからは歯科医院の経営は非常に厳しい時代になると思います。固定観念にとらわれずに貪欲に勉強していくこと、そして人間の幅を広げることにこだわりつづけたいですね。医療業界は公的なサービスの側面があるために利益を上げることを目標にするのが憚られてきたところもあります。しかし、やはり会社組織なのですから利益を上げ、その分を患者さんへ還元するサービスをしていかなくてはいけないと思います。 勤務医をしている若い先生方には「どこから自分のお給料が出ているのか」謙虚に考えてほしいと思います。そして「そのお給料の分を勤務先へ還元するぞ」という強い気持ちがなければ、開業してもうまくいかないのではないでしょうか。開業して、自分の気持ちが180度変わることはありえませんから、勤務医のときに「自分が院長だったらどうすべきか、どう動きたいのか」を常に考える姿勢を持ってほしいですね。訪問診療
開業まで・・
「自信過剰かもしれませんが(笑)、当時から技術面でも、それから患者さんとコミュニケートできるハートの部分でも、自分には両方の部分がそこそこ揃っているのではないかと直感めいたものがありました。どうしても組織での行動が求められる医師より、個人で動きやすい歯科医師を選んだのも、今思うとよかったです。」充実した院内診療
今年1月、法人化をきっかけに新しいロゴマークも策定した。これは「人と人との和」を具案化したものである。趣味やプライベート
読書は「年に100冊が目標」で、教育や経営など多岐に渡る内容の本を読んでいる。本田健さんの著作にも感銘を受けることが多い。このほか年に一回の学会で旧友との交友を温めることも楽しみにしている。このときは旅行もかねて自分を見つめ直す時間にしているという。メッセージ