歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~
ヒグチ歯科医院 樋口真弘 理事長
大阪府岸和田市は勇壮なだんじり祭りで知られている。この地で生まれ育った樋口真弘理事長はヒグチ歯科医院を開業する際、その治療理念・経営理念を「正しきにて滅びる病医院あれば滅びてよし、断じて滅びず」と掲げた。知る人ぞ知る、そのヒグチ歯科医院は「年中無休・8時~22時まで・チェアー18台・一日来院450人」というケタはずれの規模である。
一体どんな医院なのか?ひとたびヒグチ歯科に足を踏み入れると、とても歯医者とは思えないそこはまるで「異空間」であった。まず100台収容可能な駐車場を通り抜ければ、手入れの行き届いた日本庭園がお出迎え。ホテルのフロントを思わせるような受付サービス。メインロビーには大型プラズマが設置され人々の目を癒してくれる。目を見張るのは夜7時から10時までの予約のないフリータイムである。4つあるそれぞれの待合室には、あふれんばかりの患者様でごったがえしている。待ち時間に外出したい患者様にはなんとPHSを貸し出し、順番が来たら呼び出すサービスまで行っている。
そんな歯科医院をわずか十数年で築き上げた歯科業界の風雲児”樋口真弘”の素顔に迫ってみた。
ヒグチ歯科医院 樋口真弘 理事長
東京から岸和田へ
樋口理事長は1983年に大阪歯科大学を卒業後、奈良県内の歯科医院に勤務する。1年後には東京の霞ヶ関納富歯科に移った。当時の霞ヶ関納富歯科は各界のVIPが訪れる最先端の歯科医院であり、全て自費診療を行っていた。また、こちらでは霞ヶ関 ポストグラデュエートセンターを併設し、若手歯科医師を育成していた。樋口理事長も様々な講習会に出席し、新進気鋭の歯科医師たちと切磋琢磨しながら技術の向上に努めたという。週に2日は医院のある霞ヶ関ビルに泊り込んで寸暇を惜しんだ。その講習会で活躍するインストラクターに将来の自分の像を重ねてもいた。しかし一番勉強になったのは技術ではなくソフト面であったと語る。
「診療するという姿勢、粗相をしないということ、診療室をきれいにすること・・細かいことを徹底的に教わりました。」
1986年にいよいよヒグチ歯科医院を開業する。場所はJR阪和線の久米田駅から徒歩7分の府道30号(旧国道13号)線沿いである。最初はチェア3台からの出発であった。「最終的に患者様が喜んでくださること、自分のしてほしいことを患者様にもしてさしあげよう。もし患者様を怒らせてしまったらこの次挽回に努めよう。」と極めてシンプルな目標を持ち、自費診療をメインに据えるのではなく「東京の真似をしても仕方がない。岸和田には岸和田のやり方がある。」と保険診療を重視していく姿勢を貫いた。
訪問診療を経て
樋口理事長は高校時代、将来はお父様が経営される不動産会社の後継者となることを漠然と考えていたという。しかし、その頃お祖母様が病に倒れ自宅療養を余儀なくされてしまう。闘病中のお祖母様が望んでいたのが歯科の訪問診療であったが、当時はまだ一般的でなかった。そこで樋口理事長はお祖母様の志を継ぐべく歯科医師を目指したという。その初心のため、開業後半年で訪問診療を開始した。訪問診療用のポータブルユニットを購入したのは全国で3番目という早さであった。
「当時の訪問診療は非常に『やりがい』がありました。なぜなら、当時は訪問診療も保険診療と同じ点数でしたので、全く採算を度外視して診療をおこなってきたわけです。今、保険点数が上がって猫も杓子も往診しているという感がありますね。外来で患者様が来ないから訪問診療に頼らざるをえない、患者様の取り合いになっているそういう側面は医療に携わる者として恥ずかしいです。」
現在のヒグチ歯科医院での訪問診療は麻酔科の認定医、口腔外科の認定医がチームを組んで行う専門的な体制を採っている。寝たきりのお年寄りは服薬が多く、歯科の薬との飲み合わせの問題を抱える。容態が急変した際に内科医と直接対話ができるだけの内科的知識と、点滴などの技術が備わっていてはじめて本来の訪問診療が可能になるわけである。
外来に関しては特に増患対策を行ったわけではないが、チェアは3台から1年後に5台、2年後には9台と順調に増え、現在は18台を抱えている。1日の平均外来患者数は450人を越える。2年前、車椅子用のリフトを搭載した送迎バス「ふれあい号」も完備し、岸和田市内はもとより、和泉、泉大津、貝塚の各市内を無料で循環し、通院が困難な患者様から喜ばれている。またヒグチ歯科医院の拡大化と並行し、医療法人清真会も成長を遂げてきており、現在大阪府下に6つの分院と今春、和歌山に1医院を開業する規模となった。
患者様第一
『なぜこんなに大きくなったんですか?』とよく聞かれますが、「ベースはあくまでも患者様本位です。患者様が夜間の診療を望まれたから10時までの診療を、お昼の時間帯の診療を望まれたからお昼休みをなくしました。日曜日の診療を望まれたから年間365日の診療を行っているだけなのです。」「待ち時間が長いから何とかして欲しいという要望に対しては、チェアーを増設・ドクター、スタッフの増員をはかりました。その他にも患者様のご要望にお答えしてきた点は数え切れません。難しいことは抜きにして、ただひたすら『患者様を第一』に思い診療を続けてきた結果が、現在のヒグチ歯科医院そのものなのです。
患者様の意向を探るために、かつて久米田駅と隣の和泉府中駅前で1000人を対象に「あなたはどんな歯科医院を望みますか?」というアンケート調査を行ったことがある。その結果は「院内がきれいであること」「スタッフが優しいこと」「院内が広いこと」「駅に近いこと」などが上位を占め、歯科医師の技術に関しては7番目であったという。
「この結果から歯科衛生士や歯科助手の重要性を学びました。人のために優しくしてあげようという職種ですから、本当に優しい人でないといけません。それは人から優しくしてもらって育った人が身につけている資質だと思います。躾とは身が美しくなると書くでしょう。きちんと躾けられている人は美しいですね。」
樋口理事長は将来的には衛生士養成の専門学校を作って、そこで一流の歯科衛生士を育てたいというヴィジョンまで持っている。
「しかし時代も変わっていますし、これからの患者様は治療の質も求めていると思います。全てのことに説明が必要でしょう。小さい虫歯の治療で来院した患者様にも、現状から裏づけとなるところまで説明し、椅子を倒しますよ、麻酔を打ちますよと一つ一つ丁寧に声を掛けて臨んでいかないといけませんね。」
患者様のニーズも多様化し、高度治療を求めて来院する人も多い。ヒグチ歯科医院ではインプラントを1本10万円で提供している。この価格設定は、大量購入によりコストダウンが図れるからこそなせる技である。インプラント治療を始めて3年ほどであり、「特に勧めているわけではないですよ、まずは入れ歯からと思っていますから。」とのことであるが、現在樋口理事長お一人で月に70~80本、年間900本ほどの実績を持っている。
また最先端のIT技術も診療を支える。18台の全てのチェアにモニターを設置しているほか、電子カルテ、デジタルレントゲン、口腔内カメラを完備している。そして電子カルテ、予約システム、カルテ管理システム、プラズマテレビの配信サービスなど、診療環境は全て「患者様第一」の視点で整えられている。
ドクターへの要望
樋口理事長は「1週間40時間という与えられた時間の中で、人の3倍働いて倍の収入を獲る」発想の持ち主である。
「プロ野球の世界では<グラウンドに銭が落ちている>と言われますが、私ども歯科医師でもそうです。<診療所にお金は落ちている>と思います。患者様が来なくて暇だからといって休憩室に行ってジュースを飲んだり、タバコを吸ったりだと何にもならないわけです。1日20人の患者様しか診られないというドクターもいますが、きちんと段取りをすれば40人も可能です。私はひとりで120人を診ていたこともあります。私が出来ることは皆に出来ますよ。」
ヒグチ歯科医院では現在、歯科医師を募集中である。樋口理事長に求められる歯科医師像をお聞きした。
「衛生士のところでもお話ししましたが、やはり優しさと誠実さが必要ですね。診療時間を延長することもありますし、自分の用事より患者様のことを優先して考えられる人であってほしいというのは当たり前のことではないかと思います。はっきり言って技術面は後からついてきますよ。歯を削ること自体は小学生でもできますから。嘘やごまかしがなく、自分のしてほしいことを患者様にしてあげられるかどうかに尽きますね。歯医者である前に人間であれ、ということです。」
「夢」
樋口理事長はここ数年休みを取っていないと言う。「趣味は仕事ですよ。人生の99.9%を仕事に費やしています。診療が苦しいと思ったことはありません。仕事が楽しいと、この世は天国です。」
将来の夢を伺った。
「理想は一部負担金無しの医療です。無医村に行きたいですね。本当に必要な人に必要なことを無料でしてあげたいのです。患者様とか歯医者とかは関係ないです。たまたま歯医者だから治療するだけで、人との触れ合いを大事に生きたいですね。そして生きているのではなく、生かされていることを感じ、必要とされている以上は精一杯の気持ちで努めていきたいと思っています。」
そう熱く語る樋口理事長の瞳の奥には、厳しさの中に優しさを感じることができた。