歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~
KNBデンタルオフィス(小延歯科) 小延裕之 先生
歯科医院激戦の都心、新日本橋駅近くのビル内にあるKNB Dental Office(小延歯科)。ここを主催するのが、歯周病のスペシャリスト小延裕之先生だ。
先生は92年に日本歯科大学歯学部大学院歯周病学専攻を終了、日本歯科大学付属病院歯周病科に勤務。同大学インプラント診療科を経て有楽歯科に勤務後、小延歯科を開設した。
歯科医院は一般に清潔なイメージのあるものだが、小延歯科は別格だ。塵一つない診察室に新品のようなユニット、その脇にはApple Computerの大型液晶ディスプレイが据え
られ、洗練された空気が漂っている。
フランクな服装で出迎えてくださった小延先生は、ホームページでのイメージ通り、冷静沈着な研究者と熱い臨床医の印象を兼ね備えた人物だった。
KNBデンタルオフィス(小延歯科) 小延裕之 先生
KNBデンタルオフィス(小延歯科)のホームページ
1.歯周病治療の道へ
歯科医療とは無関係の家庭に育った小延先生は、歯科大に進んで初めて日本の歯科医の実情を知った。そこで感じたのは『日本の歯科臨床における科学的根拠のあいまいさ』だったという。咬合とペリオに関心があったので、六年間の教育後は迷わず進学の道を選んだ。
「ペリオというのは、歯を失う原因として非常に大きいものです。ところが当時の日本では、その予防や治療についてよく理解していない歯科医療関係者がほとんどでした。有効な治療法といわれるものがあっても、なぜそれが上手くいき、本当に他の方法より良いのか、という辺りが実に曖昧でした。そしてどんな勉強とトレーニングが必要なのか、誰も教えてくれませんでした。今で言うEBM(科学的根拠に基づいた治療)ですね。なんとかして必要な勉強をしなければ、このままではどうにもならないと思いました。」
歯周病治療の専門家である先輩の診療室に、四年間に通った。週末は泊りがけだった。一日中,歯周病とインプラントの手術だけの環境でアシストをし、その日の夕方は当日の症例についてたくさんの質問を繰り返した。大学病院でも臨床の経験を積んだ。一方で、基礎研究にも携わった。選んだテーマは、「若年型歯周病の原因菌」だった。臨床と基礎医学の膨大な文献を読破していった。
文献や海外の知人より欧米を中心とする歯周病臨床について学ぶうちに、日米の歯科医療の違いを痛感するようになった。
「欧米の歯科医療が完璧ではないでしょうし、決して欧米礼賛な訳ではありません。経済的弱者に厳しい医療という側面もあります。ですが、相応のコストを負担するならば、きちんとそれなりの医療を受けられます。『最低限やるべきこととその品質評価』というベースラインがあるのです。そこでは日本のような不明確さが排除されています」
先生が学んだ90年代は、歯周組織の再生の発展とベーシックな歯周病の治療法の確立、インプラントにおけるオッセオインテグレーションの概念と臨床的有効性が浸透した時代だった。インプラントも『もうひとつの新しい歯周組織』として勉強をしてきた。ここでも日本の歯科医療の現実に厳しい言葉が飛んだ。「他院からお見えになった患者さんの中には、計画性もなくインプラントを入れられている例がいくつもあります。口腔内全体を考えないで治療しているのです。欧米では考えられないことです。
日本ではインプラントを巡る訴訟が少なくありません。ところが訴訟大国のアメリカでは、歯科を巡る訴訟の中でインプラント関連は少数派であるそうです。『インプラントは専門医がやるもの』という見識が確立しているためでしょう。ですからGPは歯周病あるいは口腔外科の技術に詳しい専門医を紹介してくれます。
インプラントはそれだけで独立した治療ではなく,口腔内全体を考えた治療計画の一オプションに過ぎません。良好なインプラント埋入のためには、カリエス、ペリオ、咬合等の問題が解決されていること、そして十分なフォローアップが必要不可欠です」
理路整然と高い理想を語るだけに、小延歯科の運営方針は潔い。
「一日の数十人もの患者さんを治療することは技術的に不可能です。もし,私が患者であれば、これだけ歯科医師が多い大都市で,数をこなす為に限界で働いているドクターに診てもらいたくはありません。
診療室はゆったりと作ってありますが、待合室は重視していません。待たせるのは嫌ですし、そもそも予約しているのに待たなければならないのがおかしいでしょう。
看板も出しませんし、積極的な宣伝もしていません。なぜなら『たまたま近所だから』という理由で御来院頂いても、日本における旧来型の歯科医療のみを求めておられる場合には、お役に立てないからです。診療方針の情報公開という意味で
ホームページを持っているくらいです。
医療を受けるということは、服を買うのとイコールではありませんが、『自分で望んで自分で選ぶ』ものである点では変わらないでしょう。そして歯科というのは、すぐに死に直結する分野ではありませんし、QOLが全てといっても過言ではないでしょう。つまり,治療そのものより予後の成績と管理の方がはるかに大切です。それだけに、患者さんはよく考え判断して医師を選ぶべきです。
患者さんの主訴を理解し,利益を最適化して治療という形で提供します。これが医療技術者としての使命でしょう。そして現在の高水準な歯科なら、複雑な治療を必要とする機会が極力少なくなるよう、健康な歯を失うことのないよう、一生の間守っていくことが可能になってきています。医療人として、そういった科学的治療を実行しています。今東京で先駆的にやっていることが、将来は日本中で当たり前になるよう、先達に負けぬ努力をしていきたいです」
2.歯周病治療と歯科衛生
ペリオを治療の中心に据えると、歯科衛生士にかかるウェイトも違ってくる。
「歯科衛生士は、歯科医師とは独立した仕事です。ユニットも違うものを使い、別個にアポイントをとって仕事ができる人が求められます。一般医にとっての歯科衛生士は、予防・管理が仕事です。もちろん歯周専門医にとってもそうなのですが、歯周専門医での衛生士は、これプラス重症の患者さんに対する診断やフォローができなければなりません」
「治療についてもある程度の知識が必要ですね?」と尋ねると、先生は強い調子でおっしゃった。
「『ある程度』ではなく、ほとんどドクターと同じレベルの知識が必要です。確かに治療をするわけではないですが、レントゲンが読めて、ミラーとプローブがあれば、診断が出来ます。専門医でも同じものを使うわけで、魔法ではないのです。知識に基づいて判断することが大切なのです。スケーリングやルートプレーニングとなれば、ドクターより速く上手なくらいであってこそプロフェッショナルなスキルです。
また、衛生士さんには患者さんへの説明能力が求められるものですが、自分で深く理解していないものは、伝わるように説明できません。口腔衛生についての患者さんのモチベーションを上げることは、歯科衛生士さんの大事な仕事です。そのためには高い説明能力が求められるのです」
もちろん、平均的な教育水準にある大部分の衛生士さんには、最初から完全な形で仕事をしてもらうのは難しい。必要な研修あるいは指導を受けてから働いてもらう必要があるという。
「現在の歯科医学の最大原則は, 疾患に対するリスクを適切に評価し,それをコントロールする事にあります。スタート時点において緻密な治療計画を作成して,検討する事がとても大切です。衛生士さんも、その本質について充分理解できるような勉強をすべきでしょう」
3.歯科衛生士に求めること
先生の衛生士に求めるグレードは高いが、それは期待の大きさの裏返しだ。衛生士にメンテナンスの専用ユニットまで与えて任せてくれる医院は、そう多くはない。
歯科衛生士に求めることを、先生に伺った。
「まずは、英語の文章が苦労なく読めるようになることですね。語学自体が大切というより、これができないと論文が読めませんし、勉強していく上で不都合が多いでしょう。
学校の勉強だけでは不十分ですから、そういう仕事ができるところを見つけて就職することです。また、衛生士さん同士のつながりも大切にして、情報を取り入れることですね
お勧めの本を尋ねると、『ペリオドンタルインスツルメンテーション』(医歯薬出版株式会社)と『クリニカルカリオロジー』(同)を机に積み上げた。
ただ単純に知識があればよいということではなく、過程について考えることが大切です。結論だけを丸のみするのではなく、なぜそういう結論になったのか、どうやって確かめるのか、といった、目的・方法・結果・検証方法です。そのためには、こういった本を入門として使い、レファレンスから原本に当たる必要があるのです。
もちろん、臨床とのつながりも知らなければなりませんし、テクニックも重要です。そのためにはよくできる人について見せてもらうしかありません。手を動かすことは大切ですが、自己流で闇雲にやってもダメです」
アカデミックな知識と技術。そして最後に、人間性についても先生は強調された。
「患者さんとは、基本的には何十年ものお付き合いになるのです。お互いの信頼に基づいた良好な関係を築くためには、私は初診のときに患者さんに伝えた内容を術後の結果として過不足なく実現し続けなければいけませんし、衛生士さんはそれを最大限にサポートしてくれる必要があります。その結果として信頼が生じるのです」
歯周病治療に情熱を抱く歯科衛生士さんにとっては、最高の仕事場かもしれない。
そんな気持ちにすらさせられる、「クールで熱い」小延先生だ。