歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~
歯科衛生士 藤倉さん
歯科衛生士になって四年目の藤倉さん。彼女のキャリアは少し変わっている。週に一回、大学附属歯科衛生専門学校でインストラクターをするとともに、総合病院の歯科で衛生士を勤めているのだ。
優しそうな笑顔が印象的な藤倉さんだが、「人と違うことがしたかった」と挑戦的な一面ものぞかせる。まずは、歯科衛生士の道を選んだきっかけから伺った。
1.衛生士学校時代
「中二の時から矯正をやっていたのですが、その時の大学病院の先生が、とても良い方だったのですよ」
高校時代の進路選択でも、この先生にアドバイスを求めた。「歯医者になれよ」という言葉に、はじめは歯科医師の道を考えた。しかしいざ調べてみると、学費の点などで難しいことがわかった。少しでも歯科医師に近い職業として、歯科衛生士を選んだ。
衛生士学校に入学し、授業の量に驚いた。
「一教科が百分あり、最初は座っているのも辛かったです。普通の大学に行った友達に比べると、明らかに忙しすぎましたね」
それでも、後期に入り専門分野が始まると、目指す歯科の世界が身近に感じられるようになった。「早く実習が始まらないか」と胸が躍った。
二年になり、実習が始まった。始めは緊張したが、実習の終わる十二月には、「もう終わってしまうのか」と名残惜しむほどになっていた。
志を持って入った衛生士学校時代は、時間の流れが速かった。
2.就職活動
歯科衛生士の就職活動は、立ち上がりが遅い。国家試験が三月にあり、本格的な活動はその後になりがちだからだ。就職未定のまま卒業、というケースも珍しくない。
大病院の募集は比較的早く、十一月頃から一次試験がある。しかし、実習と国家試験対策の狭間で、活動もままならない。藤倉さんも、一件の不合格で総合病院は断念してしまった。
「それでも、就職活動の時は他の学校より有利だと思いました。就職先自体はたくさんあり、選ぶことができましたから。
普通の大学等ですと、就職活動の時になって『自分がやりたいこと』がわからず悩んでしまう人もいます。逆に、衛生士も、予防や歯周病、口腔外科や小児といった、たくさんある歯科医療の中で『何をやっていきたいのか』をはっきり持っていたほうが、活動しやすいと思います」
国家試験が終わり、求人票を見て就職先を探した。条件から絞り込んで見学に行くと、思っていたのとは違う場合が多かった。結局、知り合いの先生からの紹介で、ある医院への就職が決まった。
3.診療所での勤務
就職時のこだわりは、「色々やらせてもらえること」だった。
「最初に勤めたところは、認めてもらえればどんどん任せてもらえるところだったのです。PMTC、スケーリング、ブラッシング指導、後々はフラップでのスケーリングもやらせてもらえるはずでした。また、歯周病治療としての外科処置にも興味があり、そういうチャンスがあるのも魅力的でした」
しかし、就職してすぐに体調を崩し、一ヶ月の入院を余儀なくされてしまう。翌年にもまた健康を損ない、仕事の継続を断念した。
一ヶ月のブランクの後に勤めた次の医院には、最初の診療所とはまるで違う世界があった。
「体調が悪いことを受け入れて頂いたのは大変ありがたかったのです。ただ、歯科衛生士を雇うのが初めて、というところだったので、どうしてもすれ違いが多くなってしまいました」
翌年、この診療所を退職する。衛生士学校卒業から、丁度二年が経っていた。
4.インストラクターとして
母校を訪れ、仕事を探した。たまたま立ち寄った教員室で、インストラクターの仕事を持ちかけられた。
「変わったことにチャレンジしてみたかった、というのもありますし、大学という組織に残ることにも魅力を感じていました」
予防歯科という学生のみによる診療科で、学生のスケーリングなどをチェックする役目を負った。治療計画に対し指示を出したり、評価やアドバイスを与えるのも仕事だった。
教えることで初めて気づいたことも、たくさんあった。
「実際に医院で仕事をしていると、技術がいい加減になったり自己流になってしまうことが多いのです。人に教えようとすると、その度に基本に帰りますので、新鮮さを失わないでいられます」
インストラクターの仕事は週に一回だけだったので、残りの日はまったく別分野のアルバイトにも通った。
接客のアルバイトから学んだことも多かった。
「歯科という閉じた世界から、違う世界をのぞくことが出来たと思います。患者さんとお客さんという違いはあっても、人と接する仕事には共通することも多かったです。掛け持ちすることで、人間としてのバランスをとっていたのかもしれません」
それでも、衛生士の仕事を捨てたわけではなかった。ブランクが空きすぎることへの不安もあり、求人は探し続けていた。広尾病院の仕事を見つけたのは、そんな時だった。
「月16日勤務ということで、大学の仕事と両立するのに丁度良いと思いました。ですが、実際はそんなに都合良くいくわけがないですし、結局落とされてしまいました」
ところが、不合格通知から半年後、思わぬ知らせが来た。
「十月から非常勤枠が空くのだけれど、やってみないか、というものでした。やりたくて申し込んだ仕事ですから、すぐに飛びつきました」
5.総合病院での歯科衛生士
歯科衛生士で、総合病院で働く人の数は多くない。「人と違うことがしたい」「色々やらせてもらいたい」と望んできた藤倉さんには、ぴったりの仕事だったのようだ。
「口腔外科では、開業医ではまず見ることのできない外科処置等も学ぶことができます。水平埋伏歯の抜歯から、交通事故での骨折、癌の患者さんもいらっしゃいます。珍しい方では、舌肥大の患者さんもおられました」
主な仕事は外来だが、病棟を回って入院患者さんの口腔ケアにもあたる。学生時代に特別養護老人ホームで一日だけ研修を受けてはいたが、ほとんどの経験は初めてのものだった。
「寝たきりの患者さんのケアをするのですが、慣れなくて大変でした。口呼吸しかできない患者さんは、口腔内が乾燥して、唾液もネバネバにくっついてしまいます。それをスポンジブラシで丁寧に拭き取っていくのです」
「『口を開けてください』と言って開けられる患者さんばかりではありませんから、アングルワイダーや開口器などを使うこともあります」
そんな経験を重ねるうちに、介護への関心も芽生えてきた。
これからは、一般歯科でも寝たきりの老人を治療しなければならない機会が増えるだろう。五年以上の実務経験が必要になるが、ケアマネジャーの資格取得も視野に入れている。
「歳をとっても衛生士を続けようと思ったら、ただ衛生士をやっていました、というより、幅広い勉強をして資格をとっておいたほうが有利なのでは、と思うのです」
6.後輩に
最後に、丁度就職活動にとりかかる時期に当たる、後輩衛生士さんにメッセージを頂いた。
「仕事を探す時、給料や勤務時間といった条件につい目がいってしまいますが、数字に表れない要素も多いです。実際にどんどん見学にいって、そこの雰囲気などをよく見てくることが大切だと思います」
「『自分が何をやりたいか』をしっかり持つことが大事です。漫然としていては採用する側にも心象が悪いし、自分でも動きにくいでしょう。目指すものを言葉にできたほうが良いです」
「大切なことですが、人に言われて動くようではいけません。自分から食いついていく姿勢が必要です。わからなければ、『何をしたらいいですか』と尋ねても良いでしょう。やる気があることは伝わりますから」
歯科衛生士に限らずどんな職業でも、受身の姿勢では周囲に喜ばれないし、何より自身のスキル向上にマイナスである。仕事を楽しむことも難しいだろう。また、ルーチンに陥らず、常に自分を見直し、新鮮さを求めていくことも大切だ。
まだお若い藤倉さんの、これからが楽しみである。