歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~
医療法人社団 タニダ歯科医院 谷田 英輔 理事長
タニダ歯科医院の谷田英輔理事長は関西学院大学法学部に通いながら夜は国家試験対策のための法律学校へ、しかし、お父上への思いから医療の道に進む夢を捨てずに歯科医師の道を選び、夢を実現した。スキルを積み、開業準備も整い、いよいよ工事初日という日に阪神大震災の被害に遭う。しかし、大きな苦難を乗り越えて無事、開業に漕ぎつけた。「愛と感動と笑顔があふれる歯科医院」の理念は谷田理事長の心から発せられる真実の言葉である。その思いが患者さんにも伝わり、多くの信頼を得て、地域医療に貢献している。
愛と感動と笑顔を得るには何が必要なのか、谷田理事長のお話を伺った。
医療法人社団 タニダ歯科医院 谷田 英輔 理事長
プロフィール
- 1961年 兵庫県生まれ
- 1984年 関西学院大学法学部 卒業
- 1990年 朝日大学歯学部 卒業
- 1991年 シーサイド溝井歯科医院 勤務
- 1996年 タニダ歯科医院 開設
- 2000年 第一次増改築
- 2002年 法人化
- 2007年 第二次増改築
- 2011年 第三次増改築
【開業に至るまで】
■歯科医師を目指したきっかけをお聞かせください。
祖父が芦屋市で法律事務所を経営していました。父は銀行員でしたが、祖父の跡を継ごうかとしていた矢先、私が2歳のときに過労がもとで亡くなったんです。一代飛んでしまったわけですから、祖父や母からは「早く資格を取ってくれ」と言われて育ち、法学部へ進学しました。そして資格の勉強のために、夜は法律の専門学校に通いました。自分の進む道を家族に支えてもらっているのは恵まれた環境だったと思います。一方で、父を早く亡くしたことから、医療の仕事に就きたいという思いがありました。人に喜んでもらえて、それが直接実感できるような仕事に就きたいと思っていました。既に大学4年生でしたので、就職活動と並行しながら受験勉強して、歯学部に入学しました。
■大学時代のエピソードをお聞かせください。
母一人子一人でしたので、学費の負担を減らそうと、まずは特待生の資格を得るために必死で勉強しました。結果、特待生の資格を得て、学費は全額免除になりました。あとは塾の講師をしたり、テニスのコーチをしたりして学費の足しにしていました。
■関西学院大学時代の経験は今、どう役に立っていますか。
周囲も全く歯科とは関係ない世界だったので、患者さんの目線に立てることができるようになったということでしょうか。自分の仕事を「お医者様」だとは思わず、歯科業界を客観的に眺めることができるんですね。最近、自費専門の歯科医院がありますが、患者さんの目線に立てばおかしいことだと思います。「本当の医療」を追求しようと思えば、自費だけにこだわる姿勢には違和感があります。
■就職先として、シーサイド溝井歯科医院を選ばれた理由をお聞かせください。
学問的に興味があったので、大学院で口腔外科を学んでいましたが、早く患者さんのために臨床で働きたいという思いから1年で帰郷し、地元の歯科医院に勤務しました。
シーサイド溝井歯科医院は芦屋市の実家の近くで、院長先生は以前から知り合いだったことと、多くの症例に当たりたいという希望があったので、患者さんが日に100人ぐらい来院されていることが決め手となり、お世話になることにしました。シーサイド溝井歯科医院では、的確な診断のもとに、悩める患者さんの痛みをいかに取っていくかということを徹底的に学びました。
■開業時期に関しては予定通りでしたか。
35歳ぐらいになっていましたし、どんな患者さんでも診断をつけられるという自信も出てきて、自分なりに今が開業のタイミングだなと思いました。
■開業にあたって、開業地の選定などはどうされたのですか。
芦屋市の自宅を改装して開業しようと考え、勤務先も辞めて、準備に追われました。地鎮祭も行い、地元の歯科医師会に挨拶も済ませましたが、「今日から工事だ」という日の早朝、阪神大震災に遭ったのです。阪神高速道路が倒壊したところからすぐの場所ですから、自宅が全壊するなど、大きな被害が出ました。母と妻と、命だけは助かったという感じですね。しかし、その地域は被害が甚大であったため震災後の区画整理の対象となり、2年間は工事ができないことになってしまいました。勤務医に戻ろうとは思わなかったので、そこから開業地探しです。避難所に住んで、炊き出しのおにぎりをいただきながら、途方に暮れてしまいました。
■この場所はどのように決められたのですか。
んなときに、たまたま都市公団が開発した土地で、クリニックを集めたエリアでの歯科医院公募があるという情報を得ました。JR福知山線の西宮名塩駅が最寄り駅で、そこから斜行エレベーターに乗り、2階で降りてすぐの場所ですが、当時はまだ斜行エレベーターしかなく、ほとんど誰も住んでいないような場所でした。そのため誰も希望する人がいなかったそうです。
■診療圏調査はされたのですか。
調査をするも何も、ほとんど人が住んでいないんですから、皆から猛反対されましたよ(笑)。西宮名塩は駅に入る前も、出てすぐのところもトンネルがあり、このエリアの後ろ側はゴルフ場です。その程度の診療圏で、駅のすぐ横に歯科医院ができたら、誰も斜行エレベーターの上にある私どもには来ないだろうとも言われました。でも私たちは当時避難所暮らしでしたし、他に選択肢はなかったのです。
また、問題は場所ではなく最後は自分の腕次第という考えもありましたので。
■このエリアはほかにどんな診療科のクリニックができたのですか。
私どもが一番先に開業し、それから内科と薬局ができました。当初は整形外科も開業予定でしたが、人口が伸びないこともあって断念されたようです。そのため、私どもがその区画も買って、増築しました。お蔭様で、来院患者さんの数は順調に伸び、チェアも2台、4台、6台、8台、10台、12台と増えていっています。神戸市北区や宝塚市などから車で来院される患者さんも多いので、駐車場も14台分確保しています。
■資金調達はどうされたのですか。。
「自己資金はゼロでしたので、全て銀行からの融資と住宅金融公庫の災害復興の貸付に頼りました。チェアは新品でしたが、レントゲンやコンプレッサーは最初の一年くらいは中古品でした。なぜ、キング工業のチェアにしたかというと、震災の日、真っ先に駆けつけてくれて、一緒にがれきの山を取り除いてくれた営業マンがいたからなんです。彼がずっと親身になってくれていたので、チェアはキング工業から買おうと思っていました。やはり人間最後は心の結びつきが大事ですね。
■内装のこだわりについてもお聞かせください。
歯科医院を得意にしていらっしゃる設計士さんだと、歯科医院だという既成概念が入ってしまいそうだったので、あえてお願いをせず、福田浩明さんにお願いしました。先日、「大改造!!劇的ビフォーアフター」で、「ひだまりのシンフォニスト」として紹介されていた方です。福田さんには「人の痛みが和らぎ、気持ちが和むような内装をお願いします」と伝えました。バリアフリーで、キッズコーナーも作り、床暖房も設置しています。
■スタッフの採用にあたって、ご苦労はありましたか。
ありがたい事に歯科衛生士不足の歯科界の状況の中で、特に苦労はしていません。特別な広告はしていないのですが、今では11人の衛生士が勤務しています。その後の採用に関しても、全て口コミでしたが、4、5年前からホームページでの採用活動も行うようになりました。でも、基本は「人が人を呼ぶ」ということですね。
■ITの活用についてはいかがでしょう。
開業して10年ぐらいはホームページもありませんでしたが、患者さんが増え同時にスタッフの総数が30人以上の規模になり、私の思いや医院の理念をサイトに載せていこうと考え、3年前からようやくホームページや携帯サイトを作りました。
■それでもこれだけの患者さんが来院されるのはどうしてなんでしょうか。
サイトなし、リコールもなし、マーケティングに興味なしで10年ぐらいやってきて、医療にマーケティングはあまり必要ないのかなと感じています。場所が悪くても、宣伝をしなくても、口コミで患者さんはいらっしゃいます。もちろん場所が良いに越したことはないかもしれません。しかし、立地条件や診療時間で患者さんが来院されてもそれは一時的な事であり、長続きはしません。やはり中身だと思います。来院された患者さんに一期一会の精神で全精力を傾けることですね。私どもでは初診に2時間近くかけることもあります。妥協は一切しません。そして、院長がいい応対をすれば、スタッフもいい応対をするようになります。その積み重ねが必ず口コミにつながるんです。
【経営理念】
理念は「愛と感動と笑顔があふれる歯科医院」です。
まず「愛」とは「自分の家族を治療するように愛をもって診療する」が基本になっています。周りの人全てに愛を持って自分の家族に接するように真剣に治療したいです。
次に「感動」ですが、患者さんに感動を与えて帰っていただきたいんです。歯科医院に来て感動とは違和感があるかもしれませんが、我々はそれを目指しています。そのためには、患者さんの痛みを止めるのは当たり前のことですね。応急処置はせず、初診で必ず痛みを取ります。受付やスタッフ、私の対応、内装やアメニティなどにも気を使います。徹底したインフォームドコンセントも感動につながります。
最後に「笑顔」ですが、これは誰しもができることであり、これができない人は医療人ではありません。特に新人が仕事で貢献できるようになるのは先のことですから、入職1日目でできる社会貢献が笑顔なんですよ。「笑顔を作って、愛を持って、そして感動させる」ことを営業目的でなく、本心からやっていかなくてはいけないと思っていますし、そうスタッフには教育しています。私の口癖は「マクドナルドの店員の笑顔に負けるな!!」(笑)
【診療方針】
虫歯や歯周病の治療をすることだけが大切だとは考えていません。歯の大切さを理解していただき、そうなった原因を改善していただけるように努めています。
インプラントも行っていますが、あくまで治療法のひとつです。あらゆる治療法の選択肢を提案して患者さんに選択していただきます。
矯正は矯正専門医2人が月に5回くらい来てくれています。患者さんは子どもさんが非常に多いです。
すべて治療が終わった後も、快適な状態を維持できるように予防に対しても、万全の体制を整えています。
■矯正以外でも子どもの患者さんが多いのですか。
開業当初は予想していなかったですが、開業してみますと、子どもの患者さんが多いことに驚きました。もともと子どもが好きですので、嬉しい限りです。そのため、予防歯科には力を入れています。子どものうちから歯ブラシやフロスの習慣をつけることが大切ですし、北欧諸国のように予防を習慣づけたいですね。12歳までの子どもたちの予防クラブであるカンガルークラブも3,000人以上の会員がいらっしゃいます。ずっと頑張って通ってきている子どもにはおもちゃのプレゼントをしています。おもちゃは私が大阪の松屋町の問屋街まで仕入れに行っているんです(笑)。キッズコーナーも充実させています。
■それで歯科医院のロゴマークもカンガルーなのですね。
生涯、自分の歯で噛むことを可能にするためには子どものときからの予防が大切ですが、子どもには自分の歯を自分で守る術も意識もありません。そこで大事なのは親御さんです。少なくとも小学校高学年までは子どもの歯を守るのは親御さんの仕事ですから、子どもの虫歯予防は親子の二人三脚であるという意味を込めて、ロゴマークをカンガルーの親子にしました。
【増患対策】
口幅ったい言い方になりますが、一人の患者さんに全力を尽くすことが増患対策だと考えています。JR西宮名塩駅やロードサイドに看板を出していますし、ホームページや西宮名塩駅に発着する阪急バスの車内アナウンスなどの広告もしていますが、問診票で来院のきっかけを尋ねますと、9割以上が口コミなんですね。そういった宣伝はあまり効果がなく、歯科医院の本質そのものが最後の決め手になっているのではないでしょうか。
また、私どもの待合室には常時20種類以上の雑誌を置いています。ゴルフや健康、ファッション、グルメ、若者向けの雑誌などで、これを目当てに来院される患者さんもいらっしゃるようですよ(笑)。子どもさんを連れてこられたお母さんたちに特に人気です。新刊が出たら、古いものはスタッフルーム行きですね(笑)。
【スタッフ教育】
新卒の歯科医師の応募が多くなってきましたので、2009年に臨床研修施設の認定を取りました。新人教育にはものすごいエネルギーがいりますね(笑)。スキルとマインドの両面から徹底的に教育をしていますが、スキルに関しては模型実習を徹底的にやっているほか、患者さんに対するインフォームドコンセントのとり方や治療法の説明も各段階ごとに試験をし、私が納得したところで次の段階に進むというふうに、段階的に教えています。私とほかの歯科医師の間でスキルの差が出過ぎるのは患者さんにとってもよくないことですので、スキルをある程度、平均化するのが狙いです。マインドに関しては私の座右の銘でもある「病気を診るな、人を診ろ」ということですね。勤務医には人を診るためには医師の人間的な成長も大切だと教えています。
■歯科衛生士への教育についてはいかがでしょう。
先輩が後輩を教えるというシステムができあがっていますので、私が口を出すことはあまりありません。以前、歯科助手として勤めていたスタッフが「先輩のようになりたい」と言って、歯科衛生士の学校に入学し、この4月より歯科衛生士として私どもに帰ってきます。これは院長冥利に尽きましたね。
【今後の展開】
このほど2階を増築し、将来的にはチェアが15台になる予定です。2階は全て個室で、寛げる雰囲気のアジアンテイストでまとめてあります。エレベーターも設置しました。私の目を行き届かせることが大事だと考えていますので、分院を展開するつもりはないですね。今後は臨床研修施設として、それから若手の歯科医師の教育の場として、「働くことの意義」を伝えていきたいと思っています。歯科診療の理想はいつか治療がなくなる日が来ることです。予防だけで成り立つような口腔環境の国にしていくために、患者さんへの教育も力を入れていきたいです。
【開業に向けてのアドバイス】
普通のことを普通にすることです。と言いましても、これがなかなか難しいんですね。高度な治療は最初からはできませんし、まずは患者さんと同じ目線に立つことを心がけてください。患者さんと同じ目線で見ることとはどういうことなのかを突き止めたら、患者さんは来院されますよ。最近では「歯科医院はコンビニの1.2倍もある」ですとか、「保険の点数が落ちた」ですとか、ネガティブなことをよく聞きますが、私どもで修業した後に開業した先生方の医院は初日から40人ぐらいの患者さんが来られていますし、1年ぐらいで歯科医師を増員しています。患者さんとのコミュニケーションを大切に、一期一会という気持ちで頑張ってください。
【プライベート】
休みは学会やセミナーで潰れてしまいますね。新しいことを勉強するのが好きですし、経営者なんですから趣味を持っているようではやっていけません。あえて言えば仕事が趣味でしょうか。今、勉強が楽しい分野はインプラントでしょうか。未完成な分野ゆえにスタンダードが変化していく過程にありますし、学問的にも面白いです。ストレス解消は患者さんの笑顔ですね。私どもの若い医師を指名してくださったり、歯科衛生士に感謝の言葉をくださっているのを見たときも、スタッフの成長を感じて嬉しくなります。