歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~
医療法人社団 コンパス コンパスデンタルクリニック 三幣 利克 理事長
要介護高齢者が増え続ける時代。歯科医院に通えないお年寄りや、障害を持って生きる人を支える歯科医師不足に警鐘を鳴らすのが、医療法人社団 コンパス コンパスデンタルクリニックの三幣利克理事長だ。自身の訪問診療の体験からその重要性を認識、「世に訪問歯科診療を広めたい」という使命感から、勤務医を続けながら社会人大学院生として事業の研究に励んだ。そして3年前に、要介護高齢者に最適な口腔トータルケアを行う「訪問歯科診療」のクリニックを開業し、現在は3拠点で展開している。爽やかに、そして笑顔でその使命感を熱く語っていただいた。
医療法人社団 コンパス コンパスデンタルクリニック 三幣 利克 理事長
プロフィール
- 1974年 東京都生まれ
- 1999年 東京歯科大学 卒業
- 1999年 天野歯科医院 勤務
- 2001年 石井宏歯科診療所 勤務
- 2002年 医療法人 健友会 勤務
- 2007年 コンパスデンタルクリニック赤羽 開業
- 2008年 コンパスデンタルクリニック横浜 開業
- 2009年 コンパスデンタルクリニック立川 開業
【開業に至るまで】
■歯科医師を目指されたきっかけを教えてください。
ごく自然に選択していました。父が歯科技工士で、自営だったため幼い頃から父親の背中を見て育ち、歯科に関する環境や歯科業界の人々に触れていたからでしょうか。幼稚園の文集に将来の夢として「歯医者さん」と書いていましたし、中学生の頃には歯科医師になる決意をしていました。その後、大学へ進むときも、開業するときも、迷いはありませんでした。
■大学時代はどのような学生生活でしたか。
水泳部での活動に力を入れていました。勿論、勉強も真面目に取り組んでいましたよ。当時、東京歯科大学の水泳部は6連覇を達成していて、キングと称される強豪チームだったんです。水泳は基本的に個人競技ですが、オールデンタルはポイント制での学校対抗なので、団体競技としても戦っていました。「個人が活躍することが団体の優勝に繋がる」、この体験は現在も大いに役立っています。また、上下関係の厳しい体育会の中で、人間関係の築き方を学んだほか、キャプテンにも指名されたことで組織をまとめる力を身につけられたと思います。
■勤務先を選ばれた時の基準をお聞かせください。
大学に残るより、学べるものがあるところで早く仕事がしたいという思いがありました。当時アメリカで補綴を学んで帰って来られたばかりの天野先生から学びたい一心で、先生の門を叩きました。それから、自分には自立が必要だと思っていたので、一年目から生活ができるお給料をいただけるという生活重視の基準もありました。とにかく自立したくて、国家試験が終わって合格発表を待たずに飛び出し、卒業式の翌日には助手として勤務していました(笑)
3年間、自費診療を含めた歯科の基礎を学んだ後、地域に根ざした診療を目的に、郊外の歯科医院に移りました。
■訪問歯科専門で開業を決心されたのはなぜでしょうか。
川越の医院に勤務したときに、要介護者向けの歯科診療・口腔ケアに出会いました。これまでの一般の歯科と診療の形態も違いましたし、何より、そこで働く人たちの雰囲気が良く、忙しい中でも生き生きと意欲的に仕事をする姿が印象的でした。同時に、歯科診療・口腔ケアを必要とする要介護者が多くいるにも関わらず、提供側の人手が足りていない現実を目の当たりにし、自分が訪問歯科診療をもっと世の中に広めようと思うようになりました。
■開業前にビジネススクールへ通われたのはなぜですか。
お客様目線に立ち、正しく訪問歯科を広めていくため、複数医院展開を考えたからです。社会福祉事業や医療連携について学ぶために社会人大学院生となり、社会ニーズに基づくビジネスモデルを研究しました。そのときの「要介護高齢者にとって最適な歯科医院を一から構築する」というコンセプトが、とあるビジネスコンテストで優秀賞を獲得し、コンパスデンタルクリニックの活動をスタートさせることにしました。
■開業にあたってのコンセプトを教えてください。
「コンパス」デンタルクリニックという名前は、コミュニケーション・プラットフォーム・アンド・スマイルサポートの頭文字を取っています。それともう一つ、健康の羅針盤でありたいという願いを込めています。
開業場所を決める上でのエリア設定に関しては、全国を対象にマーケティングリサーチを行い、16ブロックに絞り込み、最終的に赤羽をスタート地に選びました。そして、エリア効率性等を考慮して、横浜と立川にも拠点を置き、東京・神奈川のエリアでサービスを展開できるようにしました。
■訪問歯科がなかなか普及しない理由をどうお考えでしょうか。
疾病のみならず、障害を持つ要介護者の数は既に500万人近くに上り、今後益々増えていきます。それでいながら、歯科業界の多くがいつまでも欠損補綴の域で仕事をしていることに、大きなギャップを感じています。疾病の治癒のみがゴールなのではありません。「生活できる」状態を支えることが重要だと考えます。そのための指導・管理や、緩やかな向上を目指す機能訓練など、「内科的思考」「リハビリ的思考」による診療をやってしかるべきだと思います。
【経営理念】
私たちは、要介護高齢者に対する「口腔トータルケア」の普及に尽力し、高齢者が疾病予防と口から食べる楽しみを追求できる、さらには高齢者と関わるすべての方が「笑顔創造」と「自己実現」を追及し続けられることを目指し、明るく、活気のある高齢者社会の未来に貢献したいと考えています。
ここで重要なのは、お客様は患者さんだけではないということです。そこに関わる家族の方も、介護施設の職員の方も、皆、笑顔にすることを目指したいのです。患者さんがどうありたいのか、家族の方はどうあってほしいのか、あるいは介護施設の方はどうしたいのか。三者がマッチしないことも当然あります。そういう状況で私たちがいかにコミュニケーション・プラットフォームとなり、お客様の羅針盤として、道筋を示してあげられるかにかかってきます。
【診療方針】
十分な歯科診療・口腔ケアを受けられずにいる要介護高齢者の方は本当に大勢いらっしゃいます。放っておけば口腔環境は悪化します。だから、できる限り多くの方に口腔トータルケアのサービスを提供し、お口の健康管理をずっと安心して託していただけるようになりたいと考えています。
まず、口腔ケアを行い、お口の中をきれいにすることには、肺炎等の疾病予防が意図としてあるでしょう。しかし、それだけではありません。口腔ケアは本来、何のために行うのかを考える必要があります。ケアは手段の一つであって、その人のご臨終まで栄養状態を担保し、生活のクオリティを維持・向上させることこそが目的なのです。そういった視野を持って診療に取り組める歯科医師、歯科衛生士であるべきと考え、実践をしています。
例えば口腔内の状態が劣悪な場合、私たちは何をすべきでしょうか。シンプルに考えることが大切です。仮に慢性の齲蝕があったとします。一般の歯科医師であれば「カリエスがあった。さあ形成だ」となるかもしれません。しかし、そもそも患者さんは困っているのでしょうか。正しく所見を取って診断することが必要であり、もし将来的に困る可能性があるならば、それを未然に防いでいく。患者さんの体力や状況、診療側の技量がマッチするならば、私たちが介在して改善すればいいけれども、患者さんに体力がなく、介在することでストレスになる、血圧上昇、血管が破裂する恐れがある場合には「ちょっと待て」という判断になります。
また私たちは、主治医ではなくて担当医の立場にあります。例えば嚥下内視鏡検査を受けさせたいという方がいた場合、在宅主治医が軸となって私たちにオファーが来ます。こうした関係を構築していく動きが進んでいます。これまで、歯科からこういった働きかけをすることはあまりなかったことだと思いますが、私たちはチャレンジしていきます。
■満足を提供するために、器材を充実させていくべきでしょうか。
いえ、まったく逆になります。例えば、一次医療機関、二次医療機関、三次医療機関があるとすれば、私たちは一次医療機関です。毎週、かかりつけ医として診ていく中で、たとえば全身疾患により歯科治療の介在がリスキーならば、すべてを訪問診療の場で解決しようとせずに、しかるべき医療機関に受けていただくべきなのです。
■つまり病院の機能連携を歯科に持ち込むということですね。
困っている人の機能的な部分を埋めていくのが私たちの仕事だと考えています。高齢になれば身体のあちこちに不具合が出てきます。病院であれば一人の患者さんに対し、医師やナース、作業療法士、場合によってはSTがいるでしょう。役割分担をして患者さんを支えているわけです。ところが訪問診療の場合はそうはいきません。少しずつクロスしながら皆で機能を担い、患者さんを支えていくしかないのです。
■訪問歯科の魅力について教えてください。
とにかく必要とされているところです。要介護者の数は年々増え、それに合わせて介護施設の数も増え続けています。しかしながら、今ですら需要が供給に追いついていないことを、現場に出ていると痛感させられます。実際に、コンパスデンタルクリニックは、3年前に赤羽でスタートしてから順調に拡大し、2年目には立川、横浜にも医院を設け、首都圏に訪問先を増やしています。
また、お客様目線で考え行動するようになると思います。患者さんは高齢者、また介護を必要とされる方であり、素直に会話をすることが難しい場合もあります。ですから、まずは相手を受け入れないと始まらないという意識が働きます。その結果、患者さんのことを真摯に受け止めるという行動が自然と行えるようになります。そういった意識は、医院の雰囲気も良くしますよ。
それに、患者さんは人生の先輩たちです。これだけ人生経験豊富な方々と関われる機会は、なかなかないと思います。明治生まれの方、大正生まれの方、戦争体験者にもますます会えなくなっていく。そういう方たちと直に接し、歩んできた哲学や文化といったものに触れさせていただくというのは、人間の活動としてとても有意義なことだと思います。
ぜひ志のある方と仕事を通じて一緒に意義を感じていきたいですね。興味のある方は、お問い合わせください。訪問先に同行して現場を見学いただけば、自身の仕事場としてのフィット感や、ご自身から溢れ出る熱い思いを感じ取っていただけると思います。
【増患対策】
すでにお話しましたとおり、訪問歯科のニーズは間違いなくありますが、ただ待っていても患者さんは来てくれません。介護施設や居宅介護支援事業所への広報活動が必要です。また、介護関連の報告資料や、介護施設の職員の方々とのコミュニケーションなど、外来ではなかった業務もたくさんあり、自分たちだけでは手の回らないことも多々あります。当院では、その辺りの大変さを、メディパスという会社にサポートしていただいております。
コンパスデンタルクリニックとしては、最適な患者数以上に患者さんを増やしていくことはないと思います。ただ、困っている方は多くいらっしゃいますから、訪問診療をやりたいけれど良く分からない先生たち・歯科医院とのプラットフォームをメディパスが担っていくことが考えられます。1つの歯科医院としての拡大には限界がありますし、拡大に伴うクオリティの低下の恐れがあります。だからこそ、キーとなる先生・自立されている先生たちと連携していけるかが成功の鍵だと考えています。
【スタッフ教育】
訪問歯科未経験の方や多少のブランクのある方にも参画いただいています。最初は、既に訪問診療に慣れているスタッフについて学んでいくことから始まります。そもそも一人ひとりがプロフェッショナルの集団であり、学びは自分で取りにいくものという前提はありつつ、医院で研修日を設けて症例検討・発表等にも取り組む準備を進めています。また現在、スタッフが70~80名ほどになってきましたので、今後はさらに研修体系や教育ツールの整備が必要かと考えています。
【今後の展開】
拡張路線でも、質の面は担保しなくてはなりません。今後、当面は分院を増やすことよりも、深掘りして、訪問歯科の水準を上げていくことに重点的に取り組むつもりです。今後は、世の中の欲している先生たち・歯科医院と力を合わせて、訪問歯科・口腔ケアをより普及させて参りたいと考えています。
■往診の多い地方からのお問い合わせはあるのでしょうか。
お問い合わせは受けています。訪問診療をどう始めたらいいか分からないというケースや、訪問診療を始めたけれど上手くいかないというケースがあります。なぜ当院にアクセスいただいているのかリサーチを行っています。何が行われていて何が起こっていて、何に困っているか。当院が提供できる部分・ノウハウを構築している段階です。
【開業に向けてのアドバイス】
訪問歯科の経験を積むことは、ご自身のキャリアを広げるうえでも、お仕事の可能性を広げるうえでもプラスになると思います。将来独立を考えている先生でも、訪問歯科の経験をしておけば、自分が開設したクリニックに往診機能を持たせることもできます。現在も勉強がてら勤務されている開業医の先生もいらっしゃいます。
【プライベート】
プライベートは家族と過ごしたり、友人と過ごしたりしています。仕事を楽しんでいますから、ストレスが溜まるということはありません。仕事もプライベートも充実した毎日を過ごしています(笑)