歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~
医療法人社団 翔舞会 エムズ歯科クリニック 荒井 昌海 理事長
荒井昌海理事長が最初にエムズ歯科クリニック東中野を開院したのは2003年。
以来、6年間で7つの高収益医院を立ち上げた。その立地をみると、横浜市磯子及び能見台、弘明寺、港南台、新宿区下落合、目黒区祐天寺、川崎市元住吉である。いずれも大都市近郊の住宅街ないしは古くからある商店の町だ。「地域医療、高齢者医療を担う歯科診療のレベルを高めたい」との思いが伝われるような立地である。「望む医療を展開するためには、まず経営基盤を固めること」。そんな決意で挑んだのが治療の標準化だった。誰がやっても一定水準以上の患者接遇、治療内容を担保するために徹底的なマニュアル化を行い、自費率50%の経営システムをつくりあげた。東中野を含め8つの高収益医院を開院させた今、荒井理事長は第2ステージに向かって歩きだそうとしている。
医療法人社団 翔舞会 エムズ歯科クリニック 荒井 昌海 理事長
プロフィール
- 1974年 神奈川県生まれ
- 1999年 東京医科歯科大学 歯学部 卒業
- 2003年 エムズ歯科クリニック 開院
- 2004年 医療法人社団 翔舞会 理事長 就任
開業に至るまで
歯科医院を目指された経緯についてお聞かせください。
高校3年の時に将来について考えなければならない場面で、親の職業以外でなりたい仕事は何かと考えてみたんです。ちょうどその頃、少子高齢化が始まろうとしていました。大学受験は私にとって将来の職業選択にかかわる問題でしたから、少子高齢化時代のニーズはなんだろうと考えた時に、カルチャースクールや旅行会社などいろいろありましたが、その中に高齢者医療があると思ったのです。そこで調べてみると東京医科歯科大学に高齢者歯科学講座というのがあることを知り、迷わず受験しました。
先生が高校生の頃は団塊の世代が働き盛りの頃ですね。
ベビーブーマー達が若かった頃の時代のニーズは学習塾や住宅産業、医療の分野では小児科でしたが、私が大学受験を目前にしていた頃はすでに少子高齢化が始まっていました。時代のニーズに応えられる職業として歯科医をめざしたので、憧れだけでなりたい職業につけるという幻想はもっていませんでした。それより私が生きた時代に役立つ職業人になりたかったのです。
大学に入っての6年間はどのような学生生活でしたか。
大学時代の印象で残っているのはスキューバダイビングですね。
インストラクターになりたくて、資格をとるためにトレーニングをしたりアルバイトをしたり、それはもう一生懸命でした。そして大学にスキューバダイビングのサークルを立上げました。
サークルの立上げは先生の組織構築の第一歩だったわけですね。
まさにそう言うことになりますね。
インストラクターの資格をとったこと、サークルを立ち上げたことは、その後の私に大きな力を与えてくれました。
ダイビングでは「人称」という言葉を使います。海の中で自分のことしか考えられないレベルは「一人称」、バディと自分のことを考えられるようになると「二人称」、さらに潮の流れ、航行する船の動向、水中にいる仲間のことなどあらゆることに配慮できるようになると「三人称」になります。この考え方はチーム医療を行う上で大いに役立っています。
全てを含め、ダイビングショップで働くと言うことは人命に係わる仕事なので、歯科医師としての自分にとって大学の授業では学べない大切なものを身につけたと思っています。
勤務医として働いていますが、それらの歯科医院を選んだポイントは何でしょうか?
勤務医生活は4年くらいになるでしょうか。最初に務めたのは川崎市にある梶が谷歯科医院でした。無痛治療、レーザー歯科など当時としては新しい歯科治療を行っているクリニックでした。次が同じ川崎市にある久世歯科医院です。若い院長で、開業しようと考える私に近いポジションだったので勉強できると思ったのです。最後が南つくしの歯科です。50代の院長でしたが、ここでは開業までじっくりと歯科診療にとりくむのが目的でした。
大学を卒業したときから、あるいは在学中から開業を目指していたわけですね。
そうです。そのために学ぶべきことは何かを考えて行動しました。
自分が考える地域医療を実践したいと考えていましたから、勤務医生活も開業するための準備期間としてとらえていました。
開業して実感されたことがございますか?
ほぼ4年間の勤務医生活の後、2003年に自分の医院をもちました。ドクターは私1人、衛生士2人、ユニット3台の小さな医院です。患者さんも順調に増え、経営も軌道に乗りましたが、その一方で仕事量が激増し、1日の大半を医院で過ごす毎日が続きました。これでは体がもたないと思い、代診をお願いすることにしたのですが、人を増やせば楽になるというのが思い込みに過ぎないことを知りました。
クリニックとして誰がやっても一定水準以上の診療を行い、経営を安定させるためには通常の診療に加えて管理、教育の問題をクリアしなければなりませんでしたから、私の生活は相変わらず多忙を極めました。
そこで、勤務医時代から考え、温め続けていた歯科業界で通用するマニュアル管理の導入を決意しました。すなわち、すべての業務を高水準の品質で標準化するマニュアル管理です。そうすれば新人もベテランと同じように活躍できると考え、日々マニュアル作りに没頭しました。
マニュアル管理 どのようなマニュアルを作ったのですか。
医院での過ごし方や専門用語など知識の定着をはかる試用期間中に用いる「ベーシックプログラム」、就業規則や福利厚生など医院で働く上で基本となる「レギュレーションマニュアル」、治療方針や治療の流れなど、歯科医師として基本をおさえた「DRマニュアル」、治療計画の立て方や治療方針など歯科衛生士に必要な事項をまとめた「DHマニュアル」、さらに治療準備や補充、片づけ、滅菌、消毒、アシスト方法など実践的内容をまとめた歯科助手のための「ADマニュアル」、接遇や会計、アポイントの埋め方、カルテ発行など患者様対応を中心にまとめた「REマニュアル」など、現在では32種類のマニュアルがあります。
これらのマニュアルを使って接遇、診療内容を標準化することにより、医療の水準を高いレベルで保つことができるようになりました。
組織が大きくなったからマニュアルをつくったのですか?と聞かれることが多いのですが、マニュアルをつくったから短期間で複数の医院を開院できたのだと思っています。
マニュアルには標準化というメリットが期待できる反面、マニュアルに頼りすぎてしまう危険はありませんか。
どんなに優れたマニュアルをつくっても、現実にはマニュアル通りにいくとは限りません。マニュアルはあくまでも基本であり、そこから先は現場での応用問題です。マニュアルは迷ったときに立ち戻れる羅針盤のような存在だと考えてください。治療方針に関する診療ガイドラインが学会から発表されていますが、新しいエビデンスがでてくればガイドラインは改訂されます。同じようにマニュアルも更新されるのです。私たちの組織にはマニュアル管理委員会というのがあって、スタッフなら誰でも参加できるのですが、そこで改訂作業が行なわれ、より使いやすいマニュアルに更新されます。
重要なことはマニュアルをつくることではなく、マニュアルを機能させることです。十分に機能させるためには、個々のクリニックにふさわしいマニュアルがあるはずです。仮に私たちのマニュアルを参考にしたとしても、そのまま流用するのではなく、自分の医院にふさわしいマニュアルに作りかえる努力をしなければ機能しないでしょう。
クリニックのマニュアルというより、企業マニュアルという完璧さですね。
最初にクリニックを開いたときに苦労したという個人的な体験もありますが、日本の歯科経営のあり方に疑問を感じたからでもあります。学生時代、歯科医院を経営するということは大変なことだという思いがありました。しかし実社会にでてみると多くの院長先生が自らの経験に基づいて歯科医院を経営していらっしゃることに気づきました。経験則は重要ですが、それだけでは普遍化、一般化することはできません。すでに述べたように誰がやっても一定水準以上のものを提供するというわけにはいかない。標準化するためにはシステムが必要だと実感しました。
EBMの時代といわれ、治療には大規模臨床試験の結果やメタアナリシスをふまえた根拠が求められていますが、私は診療だけでなく経営にもEBMの考え方を採用しました。つまり、なぜ、そういう経営方針なのかを他人に明快に説明できるような経営が今までの歯科経営には欠けているように思われ、私はそこをなんとかしたかったのです。一言でいうなら「根拠」のあるシステムを構築したらこのような形になりました。
経営理念
経営理念についてお聞かせください。
地域医療に貢献する「mind」、患者様本位の治療をする「masterpiece」、すべてのスタッフに責任をもつ「membership」。これらを理念として経営しています。昔からある日本の言葉では「心・技・体」ということになりますが、エムズ歯科の由来は3つのMを表しています。
そして、この3つのMを実現するためにはマニュアル管理は重要だと思っています。
開業地の選択にも地域医療への貢献への志が現われているように感じられます。
はい。高層ビルが乱立する新宿や横浜の中心地や繁華街を診療圏とした場合の患者層とそこから少し離れた住宅地や小さな商店が軒を連ね、人々の生活の息づかいが感じられる場所での患者層を考えたとき、小さなお子さんからお年寄りまでいる診療圏でこそ地域医療ができるのだと思います。
そうした地域の患者様に真摯な心で向きあい、確かな治療技術で医療をおこなうために開業地の選択も重要なポイントでした。
診療方針
経営理念をお聞きして診療方針も自ずからわかってきますが、改めてお聞かせいただけますか。
患者様の満足度を最優先に考えます。極端なことを言えば、患者様が「抜いて欲しい」と言ったら、いかに安全に正確に抜歯することができるか。これが歯科医の技術です。医師が治療法を押しつければ問題が生じます。
治療法にいくつかの選択肢がある場合、それぞれの治療法のメリットとデメリットを正確にわかりやすく説明し、患者様が決定する。医師は患者様が誤った決定をくださないようインフォームド・コンセントする責任があります。
そしてインフォームド・コンセントが正しく行なわれれば自費率はおのずと上がるはずです。すなわち保険診療でも十分満足していただける治療法と自由診療でなければ十分な満足が得られない治療法があり、私たちが情報を正確に伝えることによって、患者様はご自身に最適な治療法を選んでいただけます。
エムズ歯科はどの施設も自費率50%以上だそうですね。
昔、何人かの患者様に保険診療の義歯と自由診療の義歯をつくって試していただいていたことがあります。それでどちらがいいか患者様に決めていただきました。結果的に自由診療の義歯を選んでいただけたので、内心ホッとしました(笑)
全ての患者様にそのような比較を実感していただければ一番良いのですが、なかなかそこまではできない現実があります。ではどうしたらよいのか。言葉で表現できて、患者様にうまく伝えられることが大事だということになります。
22時までだった診療時間を19時に変えた思い切った決断をしました。1日100人程度あった患者数は60人程度に絞り込まれ、不安な思いもありましたが、意に反して利益率は1.5倍に増えました。
集中力って凄いですね。短時間の間にいかに患者様にわかりやすく納得していただけるインフォームドコンセントをしようと一生懸命に考える。コミュニケーション能力がどんどん向上していくのです。
その結果、保険診療と自由診療の比率は50:50という実績が生まれました。
増患対策
多くの歯科医院がHPを増患対策として活用したいと考えていますが、先生はHPをどのようにとらえていますか。
東京の場合、ホームページを見て受診する割合は30%程度、横浜は20%です。ホームページによる受診率には地域差があるので、それが増患対策に結びつくかどうかは地域によって異なりますが、どこのクリニックに行こうか迷っている方にとってホームページは有用なツールであることは確かです。外観や院内の様子を知り、その施設でどのような診療が行なわれているかを知ることによって、いくつかのクリニックを比較検討することができます。問題は比較検討に耐えられる内容を持ったクリニックでなけらばならないということです。
スタッフ教育
マニュアル管理を徹底しているのであらためてスタッフ教育の必要はあまりありませんか。
そんなことはありませんが、採用9割、教育1割といわれるように採用時の印象は大事だと考えています。よい先生、よいスタッフと仕事をしたいので採用面接は大切です。私が考える「よい先生」は、単に診療技術が優れているだけでなく、第一印象で好感がもてる先生です。次にコミュニケーションスキルです。痛みや不安を感じている患者様にとっても重要なことです。
そしてスタッフに良い環境を与えてこそ、人材は育っていくと思います。組織構築をし、システムの中で動くのは人ですから、自分では出来得ない海外の研修なども法人がバックアップすることも必要です。
今年は10名のドクターを連れてスウェーデンに研修に行ってきました。
独自のシステムであるスターシステムについてご説明いただけますか。
スターシステムというのは、年功序列によらない人事評価システムです。さまざまな業務を遂行することによりポイントがたまり、一定のポイントがたまるとスター昇格の資格が与えられ、ポイント数と内申点を合わせて法人が評価し審査を通過するとスターが獲得できます。ランクは1スターから3スターまであり、ランクがあがると役職名が変わり、仕事内容もより重要なものになって給与にも反映されます。ドクターの最上位はインストラクターで、インストラクターになると院長としての活躍の場が与えられます。
このような年功序列ではない人事評価システムは、サービス業界などでも注目されている制度であり、これによりスタッフのモチベーションは高くなります。組織には70名ほどのスタッフがいますが、僕も含めてすべてスターシステムによりどのレベルにいるのかが決められます。公平なシステムでなければ全体の和が保てません。
今後の展開
人は成功者として先生を見ると思います。すべきことはすべてやったという見方もあろうかと思いますが、今後の展開でお考えがあればお聞かせください。
医院の開設は当分しないつもりです。経営基盤ができたので、これからは医療の質をさらに高め、これ以上はないというレベルまでもっていきたい。地域医療に貢献するという目的で始めた歯科医療なので、地域医療にもさらなる努力を傾けたいと考えています。
これからは深く進行していきます。全てにおいてトップレベルを目指します。
開業に向けてのアドバイス
これから開業しようとする若い先生にアドバイスをお願いします。
医院経営に迷いを生じ、なんとかしたいとお考えの先生には一点突破全面展開していただきたいですね。どんなことでもいいからまず行動を起してそこからブレークスルーする何かを見つけることが大切だと思います。
一方、これから開業をめざす先生にはまず経営基盤を確立していただきたい。経営に不安を抱いていたのでは、歯科診療に対する高い志も無に期するのではないでしょうか。とにかく組織作りに力を注ぐことが成功の近道だと考えています。
プライベート
休日はどのように過ごされているのですか。
たまにダイビングには行きます。先日は伊豆に行きました。休日は1人になってゆっくりしたいという方が多いと思いますが、私は人がたくさんいるのが好きだからスタッフや友人と会話を楽しんでいます。
仕事で、いわゆるストレスを感じることはほとんどありません。心身に悪影響を及ぼすストレスの大半は人間関係の軋轢ですが、スタッフを含め私のまわりにいる人にストレスを感じることはありません。結局組織というのは人と人との関係性で成立しているところがありますから、その意味では非常によい関係性が築かれているといっていいかもしれません。