歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~
山田歯科医院 山田 一郎 院長
加古川市は兵庫県南部に位置し、東播磨地域の中核都市として発展してきた。街の東西をJR山陽本線が通り、交通の便が良いため神戸市や姫路市のベッドタウンとして栄え、大阪駅からでも約1時間のアクセスとなっている。
今回、ご紹介する山田歯科医院はJR東加古川駅から徒歩5分ほどの場所である。1984年の開業以来、増患を続け、現在は常勤医師3人、チェア6台の規模の歯科医院に成長している。また、介護保険制度の開始前から訪問診療に力を入れ、山田一郎院長は加古川市介護認定審査委員、高齢者福祉計画・介護保険事業策定委員などの要職にも就いている。一方、2003年には歯科医師臨床研修施設に指定されるなど、若手歯科医師の教育にも積極的に取り組んでいる。
「心豊かに健康な毎日を」と掲げる山田歯科医院の山田一郎院長にお話を伺ってきた。
山田歯科医院 山田 一郎 院長
プロフィール
- 1955年に兵庫県加古川市で生まれる。
- 1982年に岐阜歯科大学(現 朝日大学)を卒業後、大阪大学歯学部第二補綴講座で非常勤研究生となる。
- 1982年4月から兵庫県高砂市の小林歯科医院に勤務する。
- 1984年3月に加古川市に山田歯科医院を設立し、1990年3月に医療法人山田歯科医院を設立する。
- 2003年に歯科医師臨床研修施設に指定される。
開業に至るまで
歯科医を目指したきっかけからお話しください。
加古川市に住居を構えて、私が5代目になりますが、父をはじめ、兄弟や親戚は農業をしながら、役場に勤めたり、学校の教員や警察官をしたり、NTTに勤めたりしています。それで私も漠然と公務員になろうかなと思っていました。ところが中学3年のときに、交通事故に遭い、生死の境をさまようという経験をしたんです。それまで健康優良児だったのに、はじめての入院生活で人生観が変わったのか、その入院生活を支えてくださった医師に憧れの気持ちを抱くようになりました。ただ、医学部受験は難しかったので、歯科に進路変更しました(笑)。
卒業後は小林歯科医院に勤務されていますが、こちらを選ばれた理由をお聞かせください。
大学に残って、研究したいという希望もあったのですが、岐阜は実家から遠いです。長男ですし、実家に近い大学がいいと思いまして、大阪大学の第二補綴講座で勉強させていただくことにしました。同時に勤務先として、実家の近くの歯科医院を10軒以上、見学に行きました。そこで小林院長の仕事ぶりに圧倒され、お世話になることにしたんです。
小林院長はどんなお仕事ぶりだったんですか。
神業のような感じですね。歯科医師は学問的に積み上げていったものよりも手仕事の方が評価される面もあるのに、国家試験は全てペーパーテストですから、中にはとんでもなく不器用な先生もいるんです。しかしながら、小林院長は天性の器用さをお持ちで、ものすごい手さばきが、患者さんの間でも評判になっていました。小林歯科医院で学んだことは一生のプラスになっています。
卒後3年目での開業は当時としても早いですよね。
ちょうど父が定年退職を控えていましたので、開業を急いだんです。場所は最初から今の場所です。JRの東加古川駅から歩いて5分程度ですし、立地の良さが気に入りました。チェア4台で開業し、現在は6台になっています。
予防歯科
予防歯科に力を入れていらっしゃいますね。
日本人の歯がなくなる理由は半分が歯周病です。しかし、痛くない時期に治療すれば、今の治療技術で骨がなくなることを予防できます。私どもではリコールの葉書なども出しながら、予防の大切さを訴えています。スタッフにも、定期健診にいらっしゃる方に密にコミュニケーションをとるように話しています。歯を含めた全身の相談に乗れば、患者さんはずっと継続してくださいますよ。
資料などの配布も積極的ですね。
データを集め、説明のためのオリジナル資料を何種類も作っています。訪問診療と合わせて、1日約80人の患者さんを診ますので、お一人ずつ、何かの資料をお渡ししていますね。印刷用のプリンターはフル稼働していますよ(笑)。高齢の方も多いので、字を大きくして読みやすくする工夫を凝らしています。
子どもの患者さんも多いですか。
平岡北幼稚園の園医をしていますし、近隣の子どもさんは多いですね。子どもさんにはフッ素塗布がメインですが、間食がいかに虫歯になるのかといったことを説明する資料をお渡ししています。
訪問診療
訪問診療も随分前から取り組んでいらっしゃいますね。
20年程前に始めましたから、早い方でしょうね。行政側も介護保険の開始前から歯科医院に通院できない寝たきりの患者さんが多いことは掴んでおり、住民の福利厚生を充実させたい行政側から歯科医師側に働きかけがありました。歯科医師側も日常の診療で手一杯でしたし、「訪問診療中に患者さんの体調が悪くなったら、どうするんだ」という不安もあり、当初はそういったやりとりを繰り返しましたね。そこから居宅メインで少しずつ始まっていったんです。
最近は施設の方が多いですか。
2000年に介護保険がスタートしてからは社会での認知度も上がりましたし、施設がメインになっていますね。半径16キロ以内ですから、姫路や明石も範囲に入りますし、診療圏の人口は多いですね。私どもには私を含めて常勤医師が3人、歯科衛生士が7人おりますが、その中でチームを組んで、訪問診療用の車で伺っています。車は毎日稼働していて、毎日12、3人を診ています。
情報の共有が大変ではないですか。
どんなことでもカルテに書いて、皆で情報を共有しています。カルテにきちんと書くことは若い先生方の勉強になりますし、様々な歯科医師が関わるチーム医療の基本ですね。
加古川市の介護認定審査委員や高齢者福祉計画・介護保険事業策定委員もお務めになっていらっしゃいますね。
長く訪問診療に携わってきたからではないでしょうか。地域の理解も進んできたとは思いますが、少し物足りないところもあります。特に認知症の患者さんを持つご家族の方が患者さんの歯の様子に気づいていないことが多いんです。保険も効きますし、きちんと治せることを知っていただけるよう、広報には力を入れていきたいと思っています。
インプラント
インプラントの年間の症例数を教えていただけますか。
年間50~60本といったところです。経営的には増やした方がいいのでしょうが、私どもでは予防を中心に考えていますし、ホームページにも「インプラントを第一選択肢にはしていません」と謳っています。インプラントをメインに据える気はないですね。昔に比べますと、いい製品ができていますが、それでもリスクはあります。リスクを伝えずに、積極的に手掛けていく姿勢には違和感があります。
山田歯科医院でのインプラント治療の特徴はどういったことでしょうか。
1本でもCTを撮っています。iCatシステムを導入していますので、CT撮影のデータをもとにサージカルガイドを作っています。1本では赤字なんですよ(笑)。それでも、きちんと行っています。また、10年間保証をつけています。患者さんには8項目からなる保証書を渡していますが、8番目には「万一、院長が病気あるいは死亡した場合、保証はできませんので、ご了承のほどよろしくお願いいたします」との文言を入れ、サインを頂いています。
患者さんの反応はいかがですか。
この保証書と説明で、心配な点は減っているようですね。「失敗したら、お金は返しますが、まだ失敗はありません。だけど、あなたが最初の失敗かもしれません」ということも話しています。目先のお金を追求するよりも、患者さんとの信頼関係を持とうとする方がトータルとしてはプラスになると信じています。
経営理念
経営理念はどのようなものですか。
こういう経営をしたいと特に考えているわけではありません。患者さんに真摯に向き合っていれば、結果的に経営にもプラスになると思っています。あまり経営という面にとらわれてしまうと材料などにも歪みが出てきそうです。それは患者さんのためになりませんから、あくまでも患者さんに誠実でありたいです。
診療方針
診療方針をお聞かせください。
「山田歯科医院は患者さんのためにあり、スタッフとともに栄える」ということを基盤にチーム医療を徹底しています。武田信玄の「人は城、…」ではありませんが、一人の優秀な歯科医師がいるよりも、情熱のある普通の歯科医師が多くいた方が組織も、医療サービスも安定します。私どもではスタッフの勤務年数が長いことが特徴です。手前味噌ですが、院長の魅力かなと思っています(笑)。
どんなスタッフ教育をしていらっしゃるんですか。
私が教育するというより、教育してもらっている毎日ですよ。ただ、研修会などの参加費用は惜しまないですね。新しく入ってきたスタッフには「給料は決して高くはないけれど、楽しんで働いてほしい」と話すようにしています。それから私が率先して、患者さんの立場を考えようとする姿勢を見せています。「どこに行っても、高いものを勧められる」と嘆いていらっしゃる患者さんも少なくありません。そこで患者さんの立場に立って、患者さんの希望の範囲内で最高の医療サービスを行わなくてはいけません。スタッフはそういった場面を見ているんです。院長がお金のことばかり考えていると、スタッフも気づいてしまいますよ。
2003年に臨床研修施設の指定を受けられたんですね。
大学の友人から勧められたことがきっかけで、臨床研修施設としての指定を受けました。もともと若い先生方に来ていただくことが好きでしたし、楽しくやっていますよ。これまでに30人以上の先生方が私どもを卒業していきました。研修医には治療技術の優れた名医より、良医になることを期待しています。良医になるのは心がけ次第ですね。歯科医師として、人間としての考え方を醸成してもらえたらと願っています。
増患対策
増患対策について、お聞かせください。
東加古川駅周辺に何枚か道案内を兼ねた看板を何枚か出しているほかはホームページが中心ですね。開業して25年経っていますので、患者さんも口コミで私どものことを聞いて、来てくださる方が大半です。統計を取ったわけではないので、主観なのですが、主婦のネットワークはすごいですね。子どもさんがいらっしゃる方は特に熱心に情報を集めていらっしゃるようで、最近は明石市からも来院されています。有り難いですね。受付で「ご紹介カード」なども配布してはいますが、口コミのためには今いらっしゃっている患者さんの満足度を上げていくことが大事です。患者さんとコミュニケーションを密にして、満足して帰っていくことの大切さをスタッフにも話しています。
今後の展開
このほど改装を行い、玄関周りをバリアフリー設計にしました。設計段階から行政の基準に照らし合わせ、この地域で公的に認定された初めての歯科医院となりました。これをきっかけとして高齢者の予防歯科、訪問診療にさらに力を入れていきたいと考えています。 「地域一番」と言っても、売上や患者数など基準は様々ですが、私どもでは患者さん満足度の地域一番を目指します。これからも新しい変化に対応していける歯科医院であるために、常に勉強を欠かさないでいたいですね。
開業に向けてのアドバイス
自分がどんな歯科医師になりたいのか、明確で具体的な目標を紙に書いたり、きちんと話すことができない若い先生方が少なからずいらっしゃいます。「インプラントや矯正のエキスパートになりたい」などと言うのは簡単ですが、そうではなくて、開業した地域で患者さんにいかに満足していただくかを考えてほしいものです。目標もないのに、「7、8年勤務したから開業しようかな」という方もいますが、勤務医を何年やったかという時間ではなく、勤務医時代に何を得たかということが大事です。そういう開業の仕方には違和感がありますし、人生までも無駄にしているように思えます。若い時代にアドバイスを受けたことで、琴線に触れたかのようにガラッと変わる先生もいますが、アドバイスが心に入っていく先生は日頃、考えている方なんですね。
プライベート
勉強が好きで、勉強会や研究会は全てチェックしています。週末はほとんど勉強会に出席し、志を同じくする歯科医師に会って、勉強会後に食事に行ったりすることも楽しみの一つです。それから身体全体の健康情報収集が趣味です。患者さんから歯科以外の相談を受けることが多いんですよ。花粉症や喘息は口の中にも関係してきますし、知識を付け、少しでもアドバイスしたり、いい医師を紹介できればと思っています。