歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~
医療法人孝陽会 戸谷歯科クリニック 戸谷 孝洋 理事長
医療法人孝陽会 戸谷歯科クリニックは大阪市営地下鉄御堂筋線中津駅、阪急神戸線・宝塚線の中津駅からいずれも徒歩5分の場所にある。中津はターミナルである梅田から1駅しか離れていない都心部である。梅田から連続するオフィス街の一方、下町的な風景も広がるが、近年は高層マンションが次々に建設されるなど、人口が増加している地域でもある。戸谷歯科クリニックでは一般歯科・小児歯科・口腔外科を診療科目とし、虫歯・歯周病の治療、インプラント、ホワイトニング、審美歯科、口腔衛生指導、口臭治療、矯正相談などを行う。インプラントに関しては2008年4月に、メデントインスティテュート高等クリニックに認定された。インプラント専門クリニックとして、あらゆる症例に対応できるシステムを導入している。一方、訪問診療を積極的に行い、口腔ケアや摂食・嚥下障害への取り組みに力を入れている。
医療法人孝陽会 戸谷歯科クリニック 戸谷 孝洋 理事長
プロフィール
- 1967年に大阪府豊中市で生まれる。
- 1992年に長崎大学を卒業後、兵庫県宝塚市の石田歯科医院に勤務する。
- 1993年に神戸市の磯島歯科、1996年に大阪市のオクノ歯科を経て、
- 1998年に大阪府岸和田市のヒグチ歯科医院グループに勤務し、三田分院の分院長に就任する。
- 2000年9月に大阪市北区で戸谷歯科クリニックを開業する。
開業に至るまで
まず、歯科医師を志したきっかけからお話しいただけますか。
中学、高校と関西学院に通っていまして、その頃、通院していた石田歯科医院の石田院長が偶然にも関学の先輩だったんです。時々、ご自宅にも遊びに伺ったりして、「こういう道もいいな」と思うようになりました。また母方の親戚に歯科医が多く、そういう影響もあったのかもしれません。大学に入ってからも石田院長のところによく伺っていましたので、卒業後もお世話になることになりました。
石田歯科医院で学ばれたことで、印象に残っていることをお聞かせください。
結果を求めるのではなく、どれだけ社会に貢献するかを一番に考えれば、おのずとうまくいくという教えですね。それから患者さんの一生涯を見て、どんな治療を行うかを決定する「生涯歯科」という考え方です。石田院長は居宅や障害者施設への訪問診療も積極的にされており、私も同行させていただいていました。訪問診療に対してまだ点数も評価もない時代です。関学のマスタリーフォーサービスの精神が感じられる社会奉仕を間近で勉強できたのは貴重な経験でした。
2年目に磯島歯科に移られたのは何故ですか。
石田歯科医院は自費メインでしたので、どうしても見学する場面が多くなります。私としては実際に患者さんを診て、保険ベースでオーソドックスな治療を学びたかったので、移ることにしました。磯島院長は口腔外科を得意にしていらっしゃり、様々なことを教えてくださいましたね。3年目に副院長にしていただいたのですが、阪神大震災で医院が全壊してしまったのです。そこで梅田の阪急ターミナルビルのオクノ歯科に入職しました。
阪急ターミナルビルだと、サラリーマンの多い患者層ですか。
そうですね。ですから自費の患者さんも多いんです。歯科医院としては審美に力を入れていましたし、レーザー治療にも積極的でしたね。チェアサイドでのセレックシステムをいち早く導入しましたし、健康保険の仕組みについてもかなり深いところまで勉強しました。それから奥野院長は新地がお好きなんですよ。私もよく連れて行っていただいて、お酒の席での身のこなしも学びましたし、ゴルフも教わりました(笑)。
最後に勤務されたヒグチ歯科医院グループは訪問診療で有名ですね。<
外来に加えて、訪問診療のチームにも入れていただき、訪問診療のノウハウを学びました。現在の私どもの訪問診療のシステムの基礎は全てヒグチ歯科のシステムを踏襲しています。
医療法人孝陽会 戸谷歯科クリニックを開業
いつから開業を考えていらっしゃったんですか。
ヒグチ歯科に勤務していた頃、歯科医としての経験年数から言っても「そろそろかな」と思って、物件を探し始めました。
現在地に決めた理由をお聞かせください。
知り合いから紹介された物件なんですが、中津は場所がよかったですね。人口が多く、ニーズが高そうだと感じました。訪問診療も予定にはありましたが、まずは外来が軌道に乗ってからにしようと決めていました。お蔭様で外来が順調に増患し、半年後に訪問診療を始めることができました。
訪問診療も順調でしたか。
当時はこのあたりで訪問診療を行っている歯科はなかったんです。そのため早々と介護事業所からオファーをいただきました。通常は院長が外来をして、勤務医が訪問に行くという歯科医院が多いですが、私どもでは逆で私が訪問に行っていました。そして徐々に忙しくなったので、ドクターの人数を増やし、外来と訪問の兼任制にしたのです。ところが兼任だと情報伝達がうまくいかないんですね。より行き届いたサービスにするために2004年に訪問診療センターを立ち上げました。
現在の体制について、教えてください。
訪問診療センター専属のドクターが2人います。私を含めてそれ以外の5人のドクターは外来と訪問を兼務しています。また非常勤ドクターが1人おり、阪大の補綴科から外来に週3回来てもらっています。歯科衛生士は外来と訪問の兼任が5人、外来専門が5人です。
どういったところに訪問されているんですか。
訪問先の割合は施設7割、居宅3割ですね。エリアとしては西側が西宮市、尼崎市、北側は豊中市、南側が大阪市の大正区、港区といったところです。中でも尼崎市が多いですね。私どもの近隣は高齢者が多い地区ではないので、対象はドーナツ型になっています。
訪問診療の難しさはどんなところにありますか。
前例がないことでしょうか。報告書一つとってもそうですし、アポイントをいかに約束通りに実行できるか、事業所とのコミュニケーション、患者さんが体調を崩された場合の対応をどうするかなど、毎日毎日、いろんな壁に当たりますよ。そのたびに皆で話し合って、改善し、実行するようにしています。こういった試行錯誤を繰り返しながら、システムが洗練されていって、全体のレベルが向上すればと思っています。今はまだ発展途上ですね。
インプラント
インプラントの症例数をお聞かせください。
開業直後の2001年から行っていまして、件数はあまり変化なく、年間約70症例です。2008年4月にはメデントインスティテュート高等クリニックに認定され、インプラント専門クリニックとして様々な症例に対応できるシステムを整備しています。2008年7月からはインプラント10年保証書を発行しています。今後は専門分野にして、センター化したいという構想を持っています。
上顎、下顎ともに100%の成功率を誇っていますが、この成功率の原因はどんなところにあるのでしょうか。
レントゲンとCTで事前のシュミレーションをかなり綿密に行っていることですね。あらかじめCT画像上で植立シュミレーションを行い、そのデータをもとに精度の高い植立手術を行っています。手術中も「step by step」でエラーが起こらないようにゆっくり取り組んでいます。「スピーディーよりもじっくり」を心がければ失敗要因が減少するようです。また手術中にもレントゲンを撮り、方向性をしっかり見極めています。さらに、ブリッジやクラウンなど最終的な補綴装置をそうするのか、空間的なイメージを掴むことで正確性が増すと考えています。
歯周病治療
歯周病治療にも力を入れていらっしゃいますね。
歯周病は歯を失う原因ですから、最重点対策としてやっています。歯科衛生士が多いのもこの理由からです。必要な人数をしっかり配備し、リスクを察知して、早めの対処を目指しています。
歯科衛生士への教育はどのようにされているのですか。
積極的にセミナーに参加させ、学んだ内容を次の日のミーティングで他のスタッフに説明させています。そして学んできた内容をクリニックでの診療にどう落としこめるかをスタッフ全員でディスカッションしています。この繰り返しで常にバージョンアップしていきたいものですね。
患者さんのモチベーションをどう向上させていらっしゃるのですか。
オーラルケアの自動診断システムとしてOHISを導入しましたが、これが有効のようですね。何が必要なのかということを患者さんが認識してくださっており、メンテナンスの割合も向上しています。
メンテナンスは経営的にも重要ですね。
私どもでは原則として全員メンテナンスに移行しています。口コミも発生しやすくなりますから、メンテナンスは大事ですね。またメンテナンスをしっかり行える歯科医院は自費率も高くなります。メンテナンスはそういった自費の掘り起こしにもつながっているんです。私どもでは現在、自費の割合は20~30%といったところです。
経営理念
経営理念について、お聞かせください。
患者さんのニーズは多様化しており、十分な勉強と適切な資本投入が必要です。3階に予防・インプラントセンターを立ち上げたときも大きくキャッシュフローを動かしたのですが、患者さんの選択肢が増え、満足度も上がりました。コストカットすれば、患者さんの選択肢が減るのです。設備に力を入れると、患者さんはすぐ気付きます。そして「大事にしてもらっている」という実感を持ってくださるのですから、患者さんのためだと思って資本投入しています。
「クリーンネス」もモットーにしていらっしゃいますね。
クリニックは衛生観念が必要です。私どもでは共有部分の清掃は専門のスタッフが行っています。これにより歯科衛生士や歯科助手は本来の歯科医院業務に集中できますから、より快適な職場環境になります。そして他院と比べて仕事をしやすいと思ってもらえれば、スタッフのやりがいも出てくるのではないでしょうか。
増患対策
増患対策について、教えてください。
情報が多いほどいいサイトだと思っていますので、ホームページを充実させているところです。患者さんが歯科の最新情報を仕入れるためのツールであり、歯科事典でありたいですね。患者さんの疑問に対してホームページ上で答えられるためには情報が多くないといけません。
広告はどのような媒体に出稿されていますか。
電柱の看板広告は6本出しています。そのほかは地域の回覧板やゲートボールや老人クラブの便り、町内会の地図といった細かいスペースですね。神社の方など、地域の方から出稿をお願いされた場合には必ず出すようにしています。お願いに来られた方を大事にするのはまさにプラシーボ効果ですね。そして地域の方々がいろんなシーンで私どもの広告を目にしていただいて、来患につながることを期待しています。
今後の展開
まずインプラントを専門特化していきたいと考えています。現在もメデントインスティテュートの伊藤正夫先生にお越しいただき、難症例の手術をスタッフ一同で勉強させていただいています。最新の情報やトレンドを積極的に取り入れ、すぐに患者さんに提供できる体制をさらに構築していきたいですね。それからホワイトニングを中心にした審美歯科でも、従来のホワイトニングに加えて、最新のマニキュアタイプのホワイトコートを取り入れていきます。そして訪問診療では今まで以上の治療とサービスの向上に努めます。特に摂食や咀嚼に関連する筋肉マッサージなどの嚥下リハビリに取り組む予定です。いい義歯を作るだけではなく、快適に食事ができるところまで貢献し、ご家族との絆を深められるような訪問診療を行うことが理想ですね。
開業に向けてのアドバイス
開業当初から審美歯科を標榜するなど自費中心の診療を狙って、患者さんを選ぼうとする歯科医院を最近たまに見かけます。しかしながら、まずは保険診療をしっかりやって、保険診療の多くの患者さんの中から自費の患者さんを抽出していけるようにした方がいいでしょう。最初は保険診療のみというぐらいの気持ちで、患者さんに情報を伝え、デンタルIQを高め、自費の大切さを理解してもらうことが結局は一番安全で将来性の高い開業となるはずです。保険診療の患者さんを増やすにはニュースレターを発行したり、新しいシステムを導入したときにはお知らせのハガキなどを発送して、歯科医院の活気が伝わるような情報発信をしていくのもよいでしょう。最初は名前を知っていただくことから始めないといけませんので、地域の小さな媒体や電柱看板などに広告を出すのもお勧めです。広告は先行投資としてできるだけ惜しまずに出稿し、有効に活用されるといいと思います。
プライベート
趣味は音楽です。大学時代は軽音楽部に入っており、今もアコースティックギターとエレキギターをやっています。弾き語りやカラオケも好きですね。夏フェスなどのライブにもよく行きますよ。それからテニスですね。もう20年以上やっています。大学時代に映画の「ハスラー2」にはまり、ビリヤードもずっと続けています。最近、自宅にビリヤードテーブルを買ってしまいました(笑)。