歯科経営者に聴く - ヨリタ歯科クリニック 寄田幸司 院長

歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~

やべ歯科クリニック 矢部あづさ 院長

今年春の医療報酬改定により、歯科医療の現場では混乱が起きているといわれる。今月ご紹介するやべ歯科クリニックの矢部あづさ院長は「06年歯科診療報酬に係る緊急要請書」をまとめ、国会議員に要請を行い、また国会行動にも参加している。矢部院長は改定の問題点について「算定にあたって、治療計画や指導内容などの文書の提出の義務化されたが、急患の患者さんに治療前にサインを頂くことは難しいし、領収書の交付義務も現状に合わない。」と語る。 一方で、カルテ記載の簡素化などの活動が実を結んだ実績もある。
大阪府八尾市のやべ歯科クリニックにお邪魔して、お話を伺ってきた。

やべ歯科クリニック矢部あづさ院長は1964年に東京都品川区で生まれ、大学入学までを東京で過ごした。お父様は同区内で歯科医院を営まれ、現在はお兄様が跡を継いでおられる。そして父親方、母親方のおじいさまも山梨県内で歯科医をされていたという。

矢部院長が小学生の頃、お父様は東京歯科大学で口腔解剖学を学ばれていた。上條雍彦先生が教授の時代である。上條先生は歯科、医科のダブルドクターとして草分けの存在であった。

「子どもながら、解剖学の研究室には独特の雰囲気があるなあと思いましたね。ほんものの頭骸骨などがありますし。そういう雰囲気で勉強することに憧れて歯科医を目指しました。」

1990年に奥羽大学歯学部を卒業し、大学院では迷わず口腔解剖学を学んだ。大学院時代は郡山市内の開業医で一般診療を研修したという。

「8ヶ所の歯科医院に行きました。院長の出身大学もばらばらでしたし、人によって治療の進め方や道具の使い方など差があると感じましたが、その後、開業にあたって必要なことを一から勉強させて頂きましたね。」

1994年に大学院を修了後、奥様の実家がある大阪府に居を移した。まずは大阪市生野区の岡歯科で2年間勤務医としての経験を積む。1996年には大阪市中央区の鳳友会平野町歯科に移った。

「岡歯科では地域医療とインフォームドコンセントについて勉強しました。それから鳳友会では野洌秀孝院長のもと、保険制度、技術、患者さんへの対応など幅広く教えて頂きました。技術はそのうちうまくなりますが、患者さんへの対応はそうはいきません。鳳友会で新卒の先生に教える役目もしましたが、インフォームドコンセントの重要性には改めて気づかされました。」

2000年1月に八尾市内にやべ歯科クリニックを開業する。近鉄大阪線恩智駅から徒歩1分の好立地である。

やべ歯科クリニック「当時は車を持っていなかったので、自転車で土地を見て回りましたよ(笑)。お陰で街の様子がよく分かりました。土地の取得にあたっては、やはり資金繰りで苦労しましたね。」

設計はバリアフリーにこだわり、患者さんの動線には全て、車椅子用の手すりを設けている。また車椅子のまま入れる大きなトイレも印象的だ。チェアは当初は3台だったが、現在は歯科衛生士用のチェアを導入し、4台の体制になっている。

「無理すれば5台は配置できるのですが、それでは手狭になってしまい、車椅子の患者さんにも迷惑をかけてしまいます。介護の方がいなくても、できるだけご自分で車椅子を動かして頂きたいですしね。」

スタッフは歯科衛生士3人、歯科助手3人を雇用した。スタッフ教育ではコーチングの手法を取り入れている。また大阪府歯科医師会の助手コースでも勉強させ、認定資格を取らせている。

「自分がされて嫌なことは人にしないということが基本です。そこから患者さんの立場に立った、ものの見方ができるようになるのではないでしょうか。一般企業で行われているような電話での対応も取り入れています。電話は3コール以内に出て、出られなかったときには『お待たせしました』のひと言を添えるなど、細かく指導しています。講習会への参加も促し、名刺を持たせ、もちろん交通費も支給しています。私だけの指導だと偏りが出てしまう恐れがあるので、水準を上げるために必要な教育方法だと思っています。」

診察室の横にはキッズルームを完備している。6畳ほどの広さを持ち、安全なおもちゃや絵本などが置いてある。子どもの患者さんは靴を脱ぐなり、キッズルームへと駆け込んでくるそうだ。笑気麻酔での無痛治療を行ったり、また子どもが納得するまで辛抱強く待つ姿勢を心掛けている。

高齢の患者さんも多いため、AEDも設置し、歯科衛生士は全て操作を行うことができるという。さらに患者さんの癒しのために、待合室には月ごとに異なるアロマオイルがたかれている。矢部院長はアロマテラピー学会にも所属し、癒しを歯科にどのように取り入れるべきか模索している。また、障害者歯科では静脈内鎮静などの全身管理が必要なことが多く、大学院で学んだ内容を生かせる場の一つであろう。

現在、1日平均の外来患者数は35人で、矢部院長一人ではクオリティーを保ったままで診療をこなしていくことが難しいため、常勤医師を1人迎えたところである。開院以来、順調に増患してきたわけだが、その対策としては「口コミ」であるという。ターゲットマーケティングを行い、女性に喜ばれそうな内装、インテリアを配し、また雑誌の選定にも気を配っている。媒体として「ぱどタウン」なども用いてはいるが、ホームページも充実した内容になっている。また携帯電話での予約サービス「e-お知らせ」も開始し、予約日時の前には患者さんの携帯にメールを送信し、予約確認を行う。

インプラントにも力を入れている。現在のところ、月に1本のペースであるが、施術中は医院を締め切り、集中して行う。

やべ歯科クリニック「インプラントには解剖学的な特徴が全て表れます。静脈を確保し、心電図を確認し、酸素飽和度を測りながらという、全身管理が必要ですね。最近では麻酔科の先生にも来て頂いています。」

また、矢部院長は東洋医学の考え方も導入している。このため鍼灸の学校で、鍼の勉強をしている。

「顎関節症、舌痛症、不定愁訴などは、ストレスが引き金です。首に鍼をしたり、電極を当てて、筋肉をほぐしていくことが必要です。そのうえでマウスピースなどを作ることもあります。」

今ホワイトニングは人気が高い。簡単に歯を削って、詰め物をしないホワイトニングは抵抗が少なく、このホワイトニングの手軽な感じが患者さんに好評のようだ。そのため歯科衛生士専用のチェアを導入し、ネイルサロンのような雰囲気づくりをしている。

しかしながら、矢部院長は「保険診療が基本」との信念を強く持っている。その診療報酬を守るための政治的な取り組みをしている。今回の改正で義務付けられた患者さんへの文書提供は、結局患者さんを待たせることにつながってしまう。これは1400件以上の歯科医にアンケートをとった結果、文書作成に1日94分ほどかかっているとの調査結果を得て分かったことである(日本歯科新聞調べ)。

またブリッジに関しても、6歯以上の場合、模型の3年間の保存が義務付けられたが、これも歯科医院によってはスペースに余裕がないところもあるなど実情に合わない。こうした現場の歯科医の声を届けるために、国会行動を行い、白衣を着て、国会へ赴き、座り込みなども経験した。一部は、簡素化された内容になったが、矢部院長らの努力はまだ続けられそうだ。

最後に、将来への展望を伺った。

「小児歯科も標榜していますので、母親教室の内容を充実させ、予防歯科に力を入れていきたいですね。院内新聞も発行したいと考えています。」