歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する理事長から学ぶ~
フローラデンタルクリニック 院長 菊池 貴明
千葉県市原市の飯香岡八幡宮は日本武尊ゆかりの神社として知られ、本殿は国の重要文化財に指定されている。最寄り駅であるJR内房線の八幡宿駅の命名の由来は飯香岡八幡宮である。
フローラデンタルクリニックは、八幡宿駅から徒歩3分の場所に2006年に開業した歯科医院である。菊池貴明院長は日々の診療と並行して、海外で研鑽を積んできた。現在はOBI JAPANなどで若手歯科医師の教育も積極的に行っている。
今月はフローラデンタルクリニックの菊池貴明院長にお話を伺った。
フローラデンタルクリニック 院長 菊池 貴明
プロフィール
院長 菊池 貴明
1973年 千葉県 生まれ
1999年 日本大学松戸歯学部 卒業
1999年 千葉県成田市内の歯科医院 勤務
2001年 千葉県船橋市内の歯科医院 勤務
2006年 フローラデンタルクリニック 開設
開業に至るまで
歯科医師を目指されたきっかけはどのようなものだったのですか。
両親は市原市でスーパーマーケットを経営しており、医療関係者ではないのですが、産婦人科医の伯父から影響を受けました。両親からの勧めもあり、医療関連の仕事に携わりたいと思いましたね。私自身は手先が器用だと過信していたので、歯科医師を選びました(笑)。
学生時代に思い出に残っていることはありますか。
歯科医師の子弟が多い大学でしたので、ギャップを感じながら、アルバイトに打ち込んでいました。あえて異業種の仕事をしてみたくて、ツタヤの店員や飲み屋のボーイをしていたのです。勉強になりましたね。人はお酒を飲むと乱れてしまう、恐ろしいものだと知りました(笑)。
勤務先を選ばれた理由をお聞かせください。
研修施設であるという謳い文句に惹かれたからです。確かに基本的な技術を教えていただいたのですが、当時のことですから「見て覚えろ」という研修スタイルでした。そのため、私が開業するときには手取り足取り教えたいと思うようになりました。
転職なさったのはどうしてですか。
自分の実力を出していきたいと考え、2軒目の勤務先は歩合制のところを選びました。その稼いだお金で勉強会に行きたかったのです。歯科治療が大好きでしたし、有名な歯科医院に勉強に行くことが楽しみでした。
勤務先で学ばれたのはどういったことですか。
勤務先での学びはもちろん大きいものでしたが、外部のセミナーでの多くの先生方との出会いがありました。噛み合わせや補綴などのスタディグループに入り、勉強を重ねました。特に内藤正裕先生によるくれない塾は素晴らしい経験になりました。開業後に留学したのもここで学んだことがきっかけになっています。
開業しようと決断されたいきさつはどんなことだったのでしょう。
好きな治療をしていきたかったからです。タイミングを図っていたわけではなく、勢いで決めました(笑)。勤務医時代も早く開業して、トップレベルの歯科医師を目指したいと思っていました。
開業地はどのようにして探されたのですか。
本当は東京都内で開業したかったのですが、地元である市原市に決めました。両親が経営していたスーパーマーケットの近くで開業し、違うビジネスで実家を盛り立てようと思ったのです。このビルは新築の状態で空いていました。八幡宿駅から徒歩3分の場所なのは良かったのですが、私が思い描いていたような患者さんがいらしてくださるのか、気になっていました。
開業にあたってはどんな苦労がありましたか。
苦労というよりも不安でした。このあたりは地元意識が強いのです。私自身は頑張ってきたつもりですが、地元では「あそこのスーパーの息子」でしたし、高校までは生意気な子どもでしたから、「あいつが歯医者になったのか」と思われるのが嫌でしたね(笑)。
スタッフ教育については2軒目の勤務先で経験していたし、妻が歯科衛生士で、最初は手伝ってくれていましたので大丈夫でした。しかし、開業後に妻が産休に入ってからが大変でした。経営やマネジメントを勉強してから開業したわけではなかったので、苦労しましたね。
どのような苦労だったのですか。
開業して4、5年が経った頃、スタッフが次々に辞めてしまったのです。私が受付をして、トイレ掃除までしました。そういう状況だと、誰でも採用してしまうことになります。雇っては辞められることの繰り返しで、トラブル続きでした。私は32歳で開業しましたが、40歳になるまでにあらゆる治療をコンプリートしたいと考えていました。開業すれば収入があるのだと思っていましたから、2カ月に1回はアメリカで勉強をしていたところ、赤字を計上してしまったのです。実家を盛り立てようと開業したのに、両親からお金を借りる羽目になりました(笑)。
開業にあたってのコンセプトなどをお聞かせください。
1回治したら、生涯残るような歯にすること、私どもの治療を受けて良かったと思っていだだけるようにすること、地域の皆さんと一生に渡るお付き合いをすることです。
設計、レイアウトの工夫などをお聞かせください。
私は建築や美術が好きだったので、設計は自分で行いました。白とガラスを多用することで、清潔感と透明感を強調しています。個室にはこだわらず、開放感を大事にしていますが、パーテーションは設けています。ユニットのスペースは平均的な歯科医院の1.5倍あります。チェアは最初は3台でしたが、5年前に1台増設しました。予防歯科を本格的に始めたかったのと、勤務医や歯科衛生士のレベルアップのためです。
経営理念
経営理念をお聞かせください。
患者さん、スタッフ、私の全員を幸せにすることです。「俺が俺が」という姿勢で、私だけ幸せになるのは良くないですから、バランスを取ることを心がけています。
診療方針
診療方針をお聞かせください。
若い頃は正義感に溢れていて、正しい治療はこれだと押し付けていましたが、今は患者さんの視点を持てるようになりました。患者さんにとって歯科医院は怖いものなのに、「これをしましょう」、「あれをしなさい」では嫌になってしまいます。患者さんが私どものファンになってくだされば、予防に繋がりますし、レベルの高い歯科治療へと自然にシフトしていきます。たまに患者さんの方から「あれをやりたい」とおっしゃることもありますから、患者さんの目線に合わせることが大切です。
先生はOBI JAPANでも活躍なさっていますが、どのようなグループなのですか。
もともとはアメリカのスタディグループで、世界のトップクラスの歯科医師が200人ほど集まっています。私はアメリカでこの治療を知り、感銘を受けました。これを是非マスターして、日本に広めようと考えたのです。バブルの頃は日本からツアーを組んで渡米していたようですが、私が参加を始めたときはそういうツアーは既になくなっていたので、単身で渡米しました。オレゴン州の大学の施設を借りて、顎関節や被せ物の治療を学びます。
日本の歯科治療では「噛んでください」と言って、歯が当たるところで治します。しかし、起きているときには筋肉に支えられている下の顎は寝ているときなどの無意識下では本来の位置に移動してしまうのです。筋肉に支えられているときとそうでないときでは上の歯と下の歯が強く当たる位置が違うために、治療をしても同じ場所の被せ物がすぐ取れるし、取れたら神経も取って、また被せたり、究極はインプラントになってしまいます。
一方で、OBIの考え方は本来の位置で治そうというものです。理想の噛み合わせの場所で顎を安定させ、夜だけマウスピースをはめて、顎を矯正していきます。私は「最初は1カ月だけはめてみましょう」と言っています。歯並びと顎関節の2つを矯正することで、生涯なくならない歯になるのです。証明写真などを撮ったときに、どちらかの肩が上がる方や顔が真っ直ぐにならない方がいますが、この治療で矯正されるのですよ。
最近は日本でもスタディグループが増えてきましたので、私もインストラクターを務めていますが、今年はOBI JAPANのレベル4の認定にチャレンジするつもりです。
患者さんの層はいかがですか。
開業当初は国保の患者さんがほとんどで、噛み合わせの治療をしようにも歯がなく、入れ歯のケアをしていました(笑)。今は高齢の患者さんは減っており、20代から40代の方がメインとなっています。お子さん連れなど、ご家族での受診も多いですね。
自費と保険の割合について、お聞かせください。
自費が30%ですが、40%ぐらいが望ましいと考えています。できれば「OBIの日」を設けられるような環境にしていきたいです。
増患対策
どのような増患対策を行っていらっしゃいますか。
ホームページを開設していますが、口コミの方が多いです。口コミでいらっしゃる患者さんは「こういう治療を受けたくて来ました」と分かっておられるので、やはり有り難いですね。一時は「EPARK」もしていたのですが、こちらは今一つでした。
スタッフ教育
スタッフ教育について、お聞かせください。
開業した頃は私も若手でしたし、困ったことが色々とありました。その経験を活かして、若手歯科医師には技術面のみならず、医療人としてのあるべき姿勢やマーケティングなどのマネジメントなど、開業後に役立ちそうなことを伝えています。患者さんにとっても、歯科医院にとっても、私にとってもの「三方よし」を目指したいです。
歯科衛生士、歯科助手への教育はいかがですか。
こちらも技術面に走らず、医療人や女性としてという観点から話すことが多いですね。月に1回ずつ、ミーティングと個人面談を行っています。予防歯科全般を歯科衛生士に任せていますし、歯科衛生士が増えてきたら、考え方や患者さんへの話し方にばらつきが出るので、ミーティングで意志の疎通を図っています。
日本の予防歯科は北米スタイルが基本で、それに誇りを持っている歯科衛生士は少なくありません。ただ、SRPは良いものまで取ってしまう危険性があります。そこで私どもが取り入れているのは北欧スタイルです。これだと目に見えないものを傷つけないのです。北欧スタイルに統一し、この教育を徹底するためには新卒か、卒後2、3年目の歯科衛生士を採用する方がいいですね。
私どものスタッフは年末に次の年の目標を設定します。そして、毎月の個人面談で自己評価を聞かせてもらっています。
今後の展開
今後の展開について、お聞かせください。
海外のトップクラスの治療を目の当たりにしてきたことが私のモチベーションです。海外での勉強は人生観も変わりますし、高い視点が持てるようになります。私自身はいくらでも頑張れますが、これからは若手に頑張ってほしいと思っていますし、頑張れるスタッフを育てていきたいです。教育に力を入れているところですが、最近は涙もろくなってきて、若手の姿を見てはよく泣いています(笑)。
開業に向けてのアドバイス
開業に向けてのアドバイスをお願いします。
今の若手歯科医師は賢くなり、「こうやって、こうやって、5年後に開業します」のように、きちんと開業の計画を立てていますね。しかし、治療が無難で穏やかなのです。テクニックに乏しいと、世界のトップレベルから置いていかれます。1日100本を目指して、激しく練習してほしいです。訴訟のリスクもありますが、誰でも治せるもので勝負するのではなく、顎関節の治療など、100人のうち1人しかできないことで勝負するのです。患者さんの見極めも大事ですが、保険診療から自由診療に自然と移行できるようになるためにも保険診療の際にしっかりコミュニケーションを取り、人間性を磨いていきましょう。
プライベート
プライベートの時間はどんなことをして過ごしていらっしゃいますか。
趣味は絵、合気道、ギター、ムエタイです。これらは全て仕事に繋がる趣味です。絵はもともと好きでしたが、顎関節の治療には顔のデッサンが必要なので、渋谷のスクールで習っています。合気道は呼吸法を習うことで、物事を冷静に捉え、受け流すことができるようになりました。ギターは指先のトレーニング、ムエタイは健康管理のためにやっています。ムエタイは千葉市内の道場に5年以上、通っています。