歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する理事長から学ぶ~
医療法人 さくら歯科 院長 田苗 正夫
福岡県小郡市は福岡県の中央部に位置し、西日本鉄道天神大牟田線や甘木鉄道が通っていることから、福岡市や久留米市のベッドタウンとなっている街である。
さくら歯科は西鉄天神大牟田線の三沢駅から徒歩7分、三国が丘駅から徒歩11分の場所にある歯科医院である。さくら歯科では予防プログラムであるメディカルトリートメントモデルを治療に取り入れ、歯をできるだけ長くもたせる診療を特徴としている。
今月はさくら歯科の田苗正夫院長にお話を伺った。
医療法人 さくら歯科 院長 田苗 正夫
プロフィール
院長 田苗 正夫
2000年 福岡歯科大学 卒業
2000年 福岡歯科大学 口腔外科 入局
2004年 医療法人社団徳治会 吉永歯科医院 勤務
2008年 さくら歯科 勤務
2009年 さくら歯科 院長就任
開業に至るまで
歯科医師を目指されたきっかけはどのようなものだったのですか。
父が医師、祖父が歯科医師という家庭で育ちました。
祖父は熊本県の松橋町で歯科医院を開業していたのです。今は宇城市になっているところですね。
祖父の自宅は歯科医院と一緒になっていましたから、私もよく診療室に出入りしていました。
そうした経験から、進路を選択するにあたっては自然と歯科医師の道を選びました。
学生時代に思い出に残っていることはありますか。
補綴をはじめ、口腔外科の勉強を頑張っていました。
卒業後に大学病院に就職されたのはどうしてですか。
補綴に進むか、口腔外科に進むかで少し悩んでいたのです。
ただ補綴は歯科医師をやっていく以上はどこかで必ず学ばなくてはいけない分野ですので、卒業してすぐは大学病院でしか勉強できないことを勉強しておこうと思い、口腔外科を選びました。
勤務先で学ばれたのはどういったことですか。
最初の頃の全身麻酔下手術では小間使いのように働いていました(笑)。
しかし、本来の目的は歯科と全身の関わりに気づくということにありましたので、そのうち全身管理を学べるようになっていきました。
開業しようと決断されたいきさつはどんなことだったのでしょう。
さくら歯科に勤務医として就職したのですが、私が就職したときに院長を務めていた先生が別の場所で開業されることになったのです。それで私が院長のような立場になり、独立を打診されたのがきっかけです。
既に患者さんとの関係性もできていましたし、歯科医院のロケーションも良かったので、「ここでやっていこう」という決断をしました。
継承にあたって、内装などは変えられたのですか。
予防歯科をやっていくことになりましたので、歯科衛生士専用のユニットを新設したり、個室を作ったりしました。
個室は現在4室あり、歯科衛生士が担当制で使用しています。
開業にあたってはどんな苦労がありましたか。
予防歯科をやろうと決めてからは色々な苦労がありました。いつもピンチでしたし、今もピンチなのです(笑)。
開業してからの苦労はスタッフが安定しないことですね。特にメディカルトリートメントモデルを始めるにあたっては歯科衛生士のスキルが求められますから、それがスタッフの入れ替わりの原因になることもありました。
開業にあたってのコンセプトなどをお聞かせください。
予防歯科に力を入れることです。
私はさくら歯科に就職するまでは1カ所で長く患者さんの経過を見ることがありませんでした。さくら歯科に勤務するようになって2年ぐらい経ったときに私が治療した歯の再治療をすることになったのです。
そのときに、こんな短期間に治療を繰り返すようでは患者さんの歯を守ることはできないのではないだろうか、患者さんの歯を守るために何かほかに必要なことがあるのではないかと悩んだことがきっかけで、予防歯科に取り組むことにしました。
開業後はメディカルトリートメントモデルを取り入れています。これは山形県酒田市にある日吉歯科診療所の熊谷崇先生が提唱する予防プログラムで、検査から治療、定期的なメンテナンスに至るまでの流れです。
私は2011年に日吉歯科診療所のセミナーを受け、勉強してきました。
私どもでも初期のリスク評価から、個々の患者さんに合わせた予防プログラムの立案、最小侵襲治療などを行い、定期的なメンテナンスに至るまでを丁寧に行っています。
経営理念
経営理念をお聞かせください。
歯科医療を通じて、地域住民の健康に貢献することです。
他院との差別化は意識していません。「うちはここがこう違う」というのではなく、私が「こうしたい」と考えていることを行っています。
それが結果として、他院と違っていることもあるかもしれません。
診療方針
診療方針をお聞かせください。
初診で来られたときは色々な治療が必要な人がどうしても多くなります。予防歯科と聞くと、「削らない」、「なるべく手をつけない」と考えていらっしゃる人が少なくないのですが、そうではありません。
私どもでは患者さんの状態をリスクも含めて把握し、リスクコントロールしながら、必要な治療を行っています。そして治療が終わった状態をできるだけ長く維持していくのが大まかな診療の流れです。
あくまでも治療後の状態を長く維持させることが目的ですから、治療が終わったときが終わりなのではなく、そこが始まりなのだと考えています。
患者さんの層はいかがですか。
現役世代の方も高齢の方々もどちらもいらっしゃいます。
現役世代の方は女性が少し多いようですが、高齢になると男女差はありませんね。
自費と保険の割合について、お聞かせください。
予防歯科の患者さんを完全に取り出してしまって算定することは難しいのですが、患者さんの数としては増えています。
治療の患者さんの数は自費と保険では同じぐらいです。売上で申し上げると、自費が3割、保険が7割となっています。
増患対策
どのような増患対策を行っていらっしゃいますか。
ホームページのほかは何も増患対策と言えるようなことはしていませんが、新規の患者さんは月に10数人いらっしゃっています。自然に増えていったように思います。
ホームページには予防歯科をしていることを大々的に出していますので、ホームページを見て来院される患者さんもいらっしゃいます。
そういう患者さんは最初から理解してくださっているので、治療を進めやすいですね。そういう患者さんには「こういう歯科医院を探していたのです」と言われますし、メンテナンスを求められることがほとんどです。
でも、問診票に来院動機をチェックする欄があるのですが、「ホームページを見た」にチェックを入れていない患者さんも少なくありません(笑)。
スタッフ教育
スタッフ教育について、お聞かせください。
特別な教育をしているわけではありませんが、治療の精度を向上させるためのアドバイスをしています。
私どもはスタッフが揃っているので、社会保障完備ですし、有休も取りやすい環境です。
夜遅くまでの営業時間にするとシフトを組まなくてはいけなくなりますが、私どもにはシフトはありません。
営業時間が週38時間しかありませんので、朝と夜の後片付けの時間を足して、週40時間労働になるようにしています。
その意味で働きやすく、勉強もしやすい歯科医院なのではないかと思います。
歯科衛生士、歯科助手への教育はいかがですか。
メディカルトリートメントモデルについての教育は2012年から行っています。
最近は少し間隔を空けていますが、最初は毎月、日吉歯科診療所で熊谷先生の教えを受けた歯科衛生士の方に来ていただき、講習をしていただいていました。
技術や知識はもちろん、気持ちの部分まで話してくださいますね。したがって、私からの直接の指導はあまりしません。
日常業務などの基本的な部分での教育は既存のスタッフが新人スタッフに対して、マニュアルに則った形で行っています。
今後の展開
今後の展開について、お聞かせください。
壮大な話になりますが、最終的には歯を削るような修復治療はなくなってしまえばいいと思っています。一番いいのは誰も虫歯にならない、あるいは既に治療が終わっている人がさらなる治療を必要としないことです。
そのためには歯科医療従事者だけが治療の精度を上げたりなどで頑張るだけでなく、患者さん教育もして、患者さんにも意識を変えていただかないといけません。
例えば、歯ブラシしか使っていない患者さんに歯間ブラシやデンタルフロスを使うように推奨したときに、患者さんが「言われたから仕方なく」ではなく、自分でそれらを必要だと感じ、「やらなければ気持ち悪いよね」と自然に思ってもらいたいのです。
その教育は1回でできるものではありません。私自身も歯間ブラシやデンタルフロスが習慣になるまでは時間がかかったので、とにかくメンテナンスに来ていただき、習慣にしていただけたら嬉しいです。
回数については諸説ありますし、リスク次第ではありますが、年に3回ほど来ていただき、教育を受け、毎日でなくても歯間ブラシやデンタルフロスを使う生活をしていれば、どこかが極端に悪くなることはありません。
患者さんにそういった情報提供をしつつ、一緒に頑張っていくスタイルを作り上げる中で、患者さんとともに頑張れる診療ができたらいいですね。
一方で、ほかの歯科医院が行っているように、治療の精度を上げていけるような勉強もして、設備投資を行いたいとも考えています。
開業に向けてのアドバイス
開業に向けてのアドバイスをお願いします。
若い歯科医師の皆さんには好奇心、向上心、チャレンジする心を大切にしてほしいとお伝えしたいです。
昔は卒業して数年で開業する人が多かったですが、今は開業までの期間が延びてきています。
私は卒業後9年で開業しましたが、本人のやる気さえあれば、卒業後4、5年といった時期でもいいと思います。