歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~
医療法人 健寿会 いたさか歯科医院 板坂 健一 理事長
神奈川県相模原市中央区田名は相模川沿いに広がる地区で、田名向原遺跡などの史跡に恵まれている。近年、さがみ縦貫道路相模原愛川インターチェンジが開設されたり、地域開発による住宅地の形成などで人口増加率が向上し、発展が期待されている。
いたさか歯科医院は田名バスターミナルの近くに2001年に開業した歯科医院である。保険診療はもちろん、カウンセリングルームやオペルームを完備し、インプラントなどの自費診療にも力を入れている。
今月はいたさか歯科医院の板坂健一院長にお話を伺った。
開業に至るまで
歯科医師を目指されたきっかけはどのようなものだったのですか。
父は証券会社に勤めていて、母は美容師として美容室を経営していました。私は母の仕事が楽しそうに見え、高校の先生に「美容師になりたい」と言ったのですが、先生から「美容師になるためには専門学校に行かなくてはいけないが、この高校は進学校だから専門学校に行った人がいない」と言われたのです(笑)。まだカリスマ美容師が出現する前の時代でしたし、先生も戸惑ったのでしょう。
一方で、私は虫歯に悩んでいて、幼稚園の頃から歯科医院に通っていました。慣れていたからか、歯科治療の痛みも感じなかったですね(笑)。歯科医師の使う器具に興味もありましたし、子ども心に「歯医者さんになりたいな」という気持ちもあったのです。両親から「歯科医師は手先の器用さを活かせる仕事だ」と勧められたこともあり、歯科医師を目指すことになりました
学生時代に思い出に残っていることはありますか。
高校でやっていたハンドボールを大学でも続けました。ハンドボール部での活動が一番の思い出ですね。昭和大学はとても強く、医科歯科リーグでも常に優勝争いをしていました。強い部は練習も厳しいものです。監督はおらず、キャプテンが全ての指示を出していましたが、本当に鍛えられましたね。部活動に熱中していたので、勉強の思い出はほぼありません(笑)。
卒業後、勤務先を選ばれた理由をお聞かせください。
大学の同窓会長のご紹介で、東京都町田市にあるはぎわら歯科医院に勤務しました。萩原得弘院長は東京医科歯科大学のご出身ですが、昭和大学と医科歯科は関係が深く、そういったご縁があって、勤務することになりました。
勤務先で学ばれたのはどういったことですか。
1日100人以上の患者さんがいらっしゃる歯科医院で、いきなり「1日20人、診てください」という洗礼を受けました(笑)。社会人になったばかりで、カルテも書けないのに、患者さんは私を一人前の歯科医師だと思っていらっしゃいますから、「早く治療して」とおっしゃいます。半年で5キロ痩せましたよ。
しかし、萩原院長がご自分の昼休みを潰して、毎日、勉強会を開いてくださいました。その勉強会は技術的なことよりも診断に力を入れたもので、「カルテを持ってきて、説明して」と言われるのです。患者さんごと、症例ごとの教育を受けましたね。今、私が同じことを若手歯科医師にしてあげられるかとなると自信がありません。有り難い教えを受けました。
開業しようと決断されたいきさつはどんなことだったのでしょう。
3年目になると、いわゆる独り立ちをして、患者さんを任せていただけるようになりました。そのうち、自分の理想の歯科医院を経営してみたいと考えるようになったのです。美容師の息子ですから、雑誌などが置いてある、お洒落な歯科医院を作ってみたかったのですね(笑)。勤務先で丁寧な教育をしていただいたので、診断や技術についての知識を得ましたが、問題は経営面での知識のなさでした。それは開業後に何とかしようと、まずは物件を探すことにしました。
開業地はどのようにして探されたのですか。
当時は貯金が100万円しかなかったのです(笑)。銀行からも断られたので、都心の歯科医院で非常勤勤務をしていました。半年後に銀行の融資が決まったので、物件探しも本格化しました。はぎわら歯科医院が町田市ですから、町田市以外の場所を希望していたところ、業者さんからこの物件を紹介していただいたのです。
開業地の第一印象はいかがでしたか。
業者さんは「失敗しない場所ですよ」と言っていましたが、品川に住んでいた私には田舎に感じられましたし、交通の便も良くないので半信半疑でしたね。ただ、町田市に勤務していたので、相模原市には土地勘もありましたし、相模川ではバーベキューをしたり、夏の相模原納涼花火大会も楽しんでいましたから、前向きに捉えていました。
結果として、折り込み広告しかしなかったにも関わらず、初日から患者さんに来ていただけました。近所に団地がありますから人口も多く、中小企業の社長さんといった富裕層が多く住んでおられることも良かったですね。
この場所はもともとコンビニエンスストアだったのです。今でこそ、もとコンビニエンスストアの歯科医院は珍しくなくなりましたが、私どもはその走りではないでしょうか。コンビニエンスストアの大きさは歯科医院にはちょうど良いし、駐車場があるのも利点ですね。私どもでは建物の前に6台、後ろに10台の駐車スペースを確保しています。
開業にあたってはどんな苦労がありましたか。
資金調達です。怖いもの知らずのまま、開業した感じですね。自転車操業でしたが、最初から患者さんに恵まれたので、半年で軌道に乗せることができました。
開業にあたってのコンセプトなどをお聞かせください。
患者さんとのカウンセリングを重視することです。患者さんは「麻酔してほしい」、「麻酔は嫌だ」、「待ち時間は短い方がいい」、「1回の診療は何分以内で」などとご要望をお持ちです。かつての歯科医院では歯科医師が主導で、保険か自費かといった説明もなく、患者さんは「今日は何をしてもらったのだろう」と思いながら帰途に着かれたこともあるでしょうが、私どもでは患者さんとのコミュニケーションを大切にしたいと考えていました。
設計、レイアウトの工夫などをお聞かせください。
最初はチェア3台からスタートしましたが、半年で5台になり、3年後に6台となりました。壁紙の色などはお金を出せば、様々な選択肢があるのですが、資金がなかったのです。そこで、画家の友人にカラーコーディネートを頼みました。無料でしたね(笑)。その友人が「白をベースにして、青をアクセントカラーにすれば、安っぽく見えない」とアドバイスしてくれたので、その通りにしています。2年後にリフォームを行い、パーティションを設置しました。このときにCTを導入し、カウンセリングルームも新設したのです。また、床を人造大理石に変えました。
経営理念
経営理念をお聞かせください。
私どもで働いてくれているスタッフが勉強できたり、働き甲斐があるような経営を心がけています。スタッフがやりたいことを聞き、勉強会にも連れて行っていますね。収入に関しては頑張ればあとからついてくるものですから、あまり気にしていません。時代の流れに沿った設備投資を重視しています。難しいのは歯科医院の収入が上がらない中でも、スタッフの人件費を上げていかないといけないことですね。そこで、スタッフには歯科材料を無駄遣いしないように伝えています。細かく言い過ぎると、スタッフからは「姑みたい」と言われていますよ(笑)。
診療方針
診療方針をお聞かせください。
コミュニケーションを重視しています。患者さんから「今までは歯医者さんに行くのが嫌いだったけど、今は嫌いじゃなくなった」、「○さんに紹介されて来ました」と言われると、嬉しいですね。紹介が多い分、診療に手を抜けません。プレッシャーもありますが、一人一人の患者さんに全力投球で丁寧な診療を行っています。
患者さんの層はいかがですか。
満遍なくいらしていただいています。この辺りは子どもさんが3、4人いるご家庭が多いのです。そのお子さん方とご両親がいらっしゃるので、ファミリー層が中心になりますね。そのため、キッズルームを完備しています。駄菓子屋の友人がいるので、ガチャガチャなどのおもちゃを仕入れています。子どもさんはすぐに見つけて、「あれが欲しい」と言いますね。高いものをプレゼントするのは良くないですが、安いものを差し上げて、治療へのモチベーションを上げてもらうことは悪いことではないと思っています。
自費と保険の割合について、お聞かせください。
毎朝の症例検討会のほか、毎週金曜日は「悩み相談室」のように、難しい治療の相談を受けています。1カ月に2回、私が経験した全ての全顎治療を教える勉強会もあります。
新卒の歯科医師は3年計画で、インプラントを含めた外科、一般の歯科治療、補綴治療などを全てマニュアル化した院内のコースで教育します。4年目になりますと、SJCD、JIADSなどの学会にも参加してもらいます。費用は当院が半額を負担しています。私はほとんどの勉強会に繋がっていますので、勉強会に行く意味があるかどうかを伝え、そのうえで希望する歯科医師に行ってもらっています。ただ「勉強しに行こう」ではなく、「この症例を勉強したい」という希望に対し、「であれば、この勉強会に行ってください」という感じですね。
院内教育は屋根瓦式で、スタッフ全員に対し、外部の講師による能力開発を行っています。また、当院は歯科医師と歯科衛生士の診療を完全に分離しており、完全担当医制をとっています。
増患対策
どのような増患対策を行っていらっしゃいますか。
ホームページのほかはバスの車内アナウンス、バス停での院名表示を行っています。また、近隣の電柱10本にも出稿しています。分院に関してはJR相模原駅の構内に看板を出したり、相模原市役所内の地図広告を行っています。
スタッフ教育
スタッフ教育について、お聞かせください。
これまで何人かの新卒の歯科医師を教育してきましたが、まずは接客からですね。ぶっきら棒に「どこが痛いの」と尋ねるのではなく、初対面の患者さんには必ず敬語を使って、「どうされましたか」と尋ねるなど、話の仕方や礼儀についてはうるさく言っています。自己責任であれば、自分でどんな治療でもできますが、あとで恥ずかしいことがないよう、プライドを持って、しっかり取り組んでほしいです。
それから姿勢ですね。治療中の姿勢が悪いと腰痛や肩こりになりますし、仕事ができなくなった歯科医師もいますので、患者さんと歯科医師の椅子の間隔や向きも注意します。姿勢がいい歯科医師はいい治療をしているものです。
そして、歯科衛生士に仕事をしやすくさせることも大事ですね。歯科衛生士が横からバキュームを入れたりするときに、歯科衛生士が患者さんの口の中を見えないのはいけません。歯科衛生士が何も見えなければ、次々に器具を用意することができなくなります。そうしたチームワークがうまくできないときは歯科医師の責任です。
歯科衛生士、歯科助手への教育はいかがですか。
患者さんの口の中を触る仕事ですから、やはり挨拶とコミュニケーションが大事です。何かする前に「~しますよ」や「熱いものが入ります」、「唇を触りますね」、「お鼻でゆっくり息をしてください」という声をかけないと、いきなり「型を取ります」では驚かれますよ。患者さんがトラウマにならないような心配りが求められます。
今後の展開
今後の展開について、お聞かせください。
5年前にJR横浜線の相模原駅前に分院を出しました。評判のいい分院長がいますので、私は週に1日、行くだけで済んでいます。ほかのスタッフも本院からの異動ですから、任せておける人たちなのです。そういった理想の人材を確保できない限り、次の分院は難しいですね。1人で3つを回るのも大変です。
私どもはスタッフの勤続年数が長く、10年以上、勤めてくれている人たちが何人もいます。スタッフの高齢化に備えて、退職金の積立やがん保険などの社会保険の見直しを行いましたが、そういったスタッフをこれからも大切にしていきたいと考えています。
開業に向けてのアドバイス
開業に向けてのアドバイスをお願いします。
「いい場所があったから開業する」のは良くないです。「そこまで開業したくないけど、いい場所があったから」では開業へのヴィジョンが足りません。それに、その場所でうまくいく保証もないのです。「開業したい」という気持ちがピークになったときが開業のチャンスであって、それには立地は関係ありません。「どこでもいいから開業したい」という気持ちがあれば、ひどい治療をしない限り、患者さんはいらっしゃいます。3割負担になった今はかつての1割負担の時代のようにはうまくいきません。「儲けたいから開業する」ではなく、「開業したいから開業する」と考えてください。
開業に向けてのアドバイス
プライベートの時間はどんなことをして過ごしていらっしゃいますか。
35歳のときにピアノを習い始めました。プロで活躍するピアニストの先生につき、たまに発表会にも出ています。今はリストの「愛の夢」を練習中です。凝り性なので、スポーツジムでは個人トレーナーをつけています(笑)。機械を使わず、ボールを持ったままスクワットをしたりといった体幹トレーニングに励んでいます。
海外旅行も好きですね。アメリカ人の友人の家がカウアイ島にあるので、毎年、お邪魔しています。