歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~
はまわき歯科医院 浜脇 康信 院長
さいたま市緑区は旧浦和市の東部にあたり、見沼田んぼや疎水百選の一つである見沼代用水で知られている。区の南部にJR武蔵野線が通っており、東浦和駅は武蔵野線の中の乗換駅でない駅としては一番の乗降車数を誇るなど、ベッドタウン化が進んでいるエリアである。はまわき歯科医院はその東浦和駅から徒歩2分ほどの場所に2003年に開業した歯科医院である。開業以来、保険診療を中心にした姿勢を貫き、幅広い患者層を集めている。今回は「普通の町医者でありたい」と語る浜脇康信院長にお話を伺った。
はまわき歯科医院 浜脇 康信 院長
プロフィール
- 1969年 神奈川県 生まれ
- 1993年 神奈川歯科大学 卒業
- 1995年 医)港会 港歯科 勤務
- 1998年 医)潤成会 南田園歯科 勤務
- 2003年 はまわき歯科 開設
【開業に至るまで】
■歯科医師を目指されたきっかけはどのようなものだったのですか。
父は会社員ですが、親戚に医師が数人いましたので、医療に全く関係がない家庭で育ったわけではありません。でも、私には医療職は雲の上の仕事のような気がしていました。進路に関しては高校3年生になるまで具体的に定まっていなかったのですが、担任の先生から医学部や歯学部の推薦入試の受験を勧められたのです。「受験するなら、先生が願書を受け取りに行ってくるよ。願書の締切はあさってで、試験は来週だ」と言われ、その勢いで受験しました(笑)。医学部を本命にしていて、受験日の早い歯学部は雰囲気に慣れるために受験するつもりでしたが、歯学部に合格したのです。推薦入試はお断りができないので、そういう成り行きで入学しました。ですから、歯科医師になれたのは偶然という感じですね。
■大学時代はどういう学生生活でしたか。
友達と遊んだり、ごく普通の歯学部生の生活でしたよ。ただ、アルバイトは色々と経験しました。私は親に学費を出してもらっておらず、学資ローンを組んでいました。実家から通ってはいましたが、生活費や教材費などは全て自分で払っていたので、宅配の仕分け作業や配送、飲食店での仕事など、アルバイトに打ち込みましたね。週末はもちろん、平日も徹夜で働いたり、お金を稼ぐことの大変さを身にしみて理解しました。学業との両立を目指して頑張っていたことが今では良い思い出です。
■最初の勤務先である港歯科を選ばれた理由はどんなことだったのでしょうか。
大学の先輩の紹介です。先輩も港歯科に勤務していた経験があったので、紹介していただきました。院長先生以下、歯科医師が3人の職場でしたが、院長先生の技術がとにかく素晴らしいのですよ。厳しく、細かいところまで指導してくださいましたね。私の基本や歯科医師としての骨格、患者さんに対する考え方などは港歯科で身につけたものです。特に、「こうしたら、患者さんが嫌がる」というような技術については今も大事にしていて、若い歯科医師に伝えています。
■南田園歯科に転職された理由をお聞かせください。
こちらも紹介されたのがきっかけです。分院長を経験させていただけるとのことで、転職を決意しました。港歯科は横浜市中区のいわゆるみなとみらい地区にあるのですが、南田園歯科は東京都福生市にありましたので、初めて神奈川県を離れました。都心部の歯科医院に勤務していると、週末は休みですし、高齢者や子ども、主婦の方々を診る機会に乏しくなります。その意味で、郊外の歯科医院に勤務し、保険診療を中心に学んだ経験はとても良かったと思っています。都心で自費診療、郊外で保険診療など、都心と郊外で全く異なる患者層に触れることができたのは開業にあたっても大きく役に立ちました。
■分院長という経験はいかがでしたか。
勤務医時代には後ろに院長先生や先輩の先生がいらっしゃるという安心感がありましたが、分院長は全て一人でやらなくてはいけません。治療の結果が良くも悪くもダイレクトに出るので、厳しいですね。高齢者や子どもの診療も最初は難しかったのですが、遣り甲斐がありました。南田園歯科での経験は郊外で開業することのきっかけになりましたね。
■開業しようと決断されたいきさつはどんなことだったのでしょう。
南田園歯科を経て、埼玉県で少しの間、勤務医をしていたのですが、勤務医としての限界を感じたので、開業したいと考えるようになりました。南田園歯科時代にも開業は念頭にあったのですが、保証人や担保などの資金的な問題がクリアできなかったのです。勤務医としての経験を積むうちに、資金繰りも問題がなくなり、開業できる状況になってきました。
■開業地はどのように選ばれたのですか。
業者さんからの紹介です。私は東浦和に住んでいましたので、馴染みのある土地だったのです。住みやすくて、気に入っていましたし、知り合いも増えていましたので、ずっとここに住みたいと思う気持ちが強かったのですね。
■開業地の第一印象はいかがでしたか。
ここは学習塾だったのです。オーナーさんが塾を入居させるために建てたビルで、今も3階、4階に教室がありますが、2階の教室をクローズすることになり、そこに入ることになりました。スケルトン状態でもありませんでしたので、最初は塾の面影がありましたよ(笑)。第一印象は広いなということでしたね。33坪あるのです。最初は家賃が気になりましたが、郊外ですので、さほど高くもなく、安心しました。
■設計、レイアウトの工夫などをお聞かせください。
こだわりというほどのものは特にありません。チェアは2台でスタートしましたが、5台分の配管はできていたのです。私としては3台までの歯科医院しか経験がありませんでしたし、そんなに必要ないと考えていましたが、お蔭様で今は5台が稼働しています。ビルの2階ですから、窓が大きくて、光と風が入ってくる開放的な雰囲気が気に入っています。したがって、個室などは設けず、スペースを広く使っています。
■開業にあたってはどんな苦労がありましたか。
スタッフ集めにも苦労しませんでしたし、苦労よりも不安の方が大きかったです。患者さんがいらっしゃらなかったら、どうしようという不安がありました。私はバックボーンがありませんし、私一人ならまだしも、養わなくてはいけない家族もいます。でも、それまでの患者さんが最初からいらしてくださるという恵まれたスタートを切ることができました。お蔭様で初月のカルテは300枚を越しましたよ。運転資金を使うこともなかったですし、この場所を開業地に選んで本当に良かったと実感しました。
苦労といえば、当初は年中無休で、夜10時までの診療を一人でやっていたので、全く休めなかったことですね。しばらくして後輩が来てくれるようになり、やっと休めるようになりました(笑)。
■開業にあたってのコンセプトとはどのようなものだったのですか。
色々なものに手を出さないということでしょうか。インプラントなどの高度医療に特化するよりも、普通の町医者でありたいと思いました。そういった技術をそれを専門にされている歯科医師と取り合う気持ちはありませんし、10年以上、それを専門にやっておられる先生には勝てないですしね(笑)。患者さんのニーズに応えながら、自分の役割に徹する気持ちを強く持っていました。保険診療を中心にするということと、歯科医院といえば来たくない場所の一つではありますが、患者さんが気楽に来られる歯科医院を目指しました。
【経営理念】
■経営理念をお聞かせください。
自費診療に頼らない経営を行うことです。これは勤務医時代に受けた教えでもあります。自費診療は水もの的な要素があり、安定しません。ですから、ボーナスという位置づけになります。確かに、自費診療は材料や診療そのものの魅力もあり、そこに頼らないといけない現状があることも理解していますが、患者さんに闇雲に勧めたり、コンサルトを行うのは違和感があります。患者さんに「この場合は自費診療の方がいいですか」と聞かれた場合に、「自費は勿体ないですよ」と言えるような基盤を築きたいと思っています。保険診療は薄利多売の世界でありながら、安定性があります。この地区は歯科の激戦区なのですが、その中で患者さんを維持し、リピーターにお越しいただく努力をしていきたいです。
【診療方針】
■診療方針をお聞かせください。
自費診療は魅力もありますし、否定する気持ちはありません。しかし、積極的にコンサルトを行うことは避け、患者さんのニーズに合うものを提供しています。そのためには最初の診断が大事ですしここで間違うことは許されません。そういった基本を大切にしています。
現在、若い歯科医師の学ぶ環境は充実しています。しかし、まずは基本です。基本ができてから、インプラントや歯周病、矯正の勉強を始めた方がいいでしょう。虫歯で痛がっている患者さん、歯が欠けてしまった患者さんを前に何もできない歯科医師では困りますので、基本に忠実な診療を心がけ、そういった教育も行っています。
■患者さんの層はいかがですか。
偏りのない患者層ですよ。9割が保険診療ですね。矯正は専門医にお願いしていますし、インプラントでも難しい症例であれば、積極的に紹介状を書いています。私どもとしては営利目的の背伸びをせず、患者さんに質の高い治療を受けていただきたいと思っています。
【増患対策】
■どのような増患対策を行っていらっしゃいますか。
ホームページを作成しているほか、東浦和駅から私どもの方への曲がり角に看板を1枚、出しています。そのほかはタウンページや「患者の気持ち」という歯科医院検索サイトに出稿しています。しかし、患者さんの来院動機は口コミがほとんどですよ。一人一人に時間をとって、インフォームドコンセントを行うことを重視しています。
また、私どもは夜間診療を行っていますので、ほかの歯科医院に通院している患者さんが応急処置にいらっしゃることも少なくなりません。そんなときは必ずもとの歯科医院にお返しすることも心がけています。スタッフにも「うちに誘うな」と厳命し、選択は常に患者さんにあることを伝えています。
【スタッフ教育】
■スタッフ教育について、お聞かせください。
診査や診断といった基本、インフォームドコンセントを行い、簡単な治療を大事にするという姿勢を教育しています。社会に出たばかりの歯科医師は患者さんの立場をなかなか理解できないことがあるので、「こういうことをしたら、患者さんは嫌がる」などと、具体的に教えるようにしています。患者さんへの思いやりの気持ちが持て、TPOやQOLを考えることのできる歯科医師になってほしいと願っています。
それから「安くやれ」というのも繰り返し言っていますね。たとえば、月に1万円の治療費を安く思える患者さんの数は決して多くありません。私どもとしては無駄な治療をしないように取り組んでいます。
若い歯科医師とは食事をしたりするときにコミュニケーションをとることが多いですね。また、それぞれの歯科医師が担当している患者さんについては私が必ず確認し、アドバイスを行っています。
■歯科衛生士や事務スタッフなどの教育についてはいかがですか。
患者さんへの気配りを重視しています。私どもには合わせて10人以上の歯科衛生士や助手がいますから、一人一人を教育していくのは難しいので、リーダーを決めて、ピラミッド式に教育しています。私どもではあえてミーティングの時間は設けておらず、気付いたことを積極的に伝えていますが、教育に関してはまだ課題ですね。
【今後の展開】
■今後の展開について、お聞かせください。
分院の展開を視野に入れていますが、歯科医師の確保が先決です。そのうえで、骨格が揺るがない組織作りを目指しています。分院を展開するとなると、最初は患者さんが少なく、大変でしょうから、私がいなくても運営できる歯科医師に来ていただきたいです。利益を上げることや大規模に拡大していくことよりも私どもでなくてはできない歯科医療を行っていきます。
【開業に向けてのアドバイス】
■開業に向けてのアドバイスをお願いします。
開業に関しては大変な時代になりました。現代の歯科医師には社会人としての視野の広さと思いやりの気持ちを持ち、しっかりした治療が求められています。若い歯科医師の皆さんには技術を焦って吸収していこうとするのではなく、そのときに必要なものを必要だと認識したうえで勉強していってほしいです。そうすれば、必ず身につくはずです。
卒業して何年経ったから開業するというよりも、自分を信じられるものを持って開業した方がいいですね。開業したら、フォローしてくれる人はいません。根管治療や形成など、基本をきちんと習得しておきましょう。痛みの原因を分からないで済ませてはいけません。経験をしっかり積み、技量を向上させることが必要です。技術に人間力が備わったら、歯科医師の仕事が天職だと思えるはずです。
【プライベート】
■プライベートの時間はどんなことをして過ごしていらっしゃいますか。
車が好きなので、ドライブに行くことが多いですね。または家族でショッピングなどに出かけることもあります。