歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~
医療法人社団 誠幸会 阿南歯科 阿南 治 院長
神奈川県藤沢市は湘南地方の中心都市で、42万人の人口を有する。藤沢市は全国的に有名な江の島をはじめ、片瀬、鵠沼、辻堂海岸を有し、観光都市としても知られているが、多くの大学キャンパスを持つ文教都市でもある。そのキャンパスの一つが日本大学生物資源科学部で、最寄り駅は小田急江ノ島線の六会日大前駅である。
阿南歯科は六会日大前駅のロータリーに面したビルの2階に1990年に開業した。阿南治院長は義歯を得意とし、質の高い歯科医療に邁進してきた。2011年に同じロータリーに面しているビルの1階に移転を行ったが、駅前という利点を活かし、遠方からの患者さんも多く来院している。
今月は阿南歯科の阿南治院長にお話を伺った。
医療法人社団 誠幸会 阿南歯科 阿南 治 院長
プロフィール
- 1958年 大分県 生まれ
- 1985年 神奈川歯科大学 卒業
- 1985年 鶴谷歯科 勤務
- 1988年 阿部靖彦コンプリートデンチャーコース 修了
- 1990年 医療法人社団 誠幸会 阿南歯科 開設設
- 1992年 Dr.シュライヒ ナソマットフルデンチャーコース 修了
- 2011年 医療法人社団 誠幸会 阿南歯科 移転
【開業に至るまで】
■歯科医師を目指されたきっかけをお聞かせください。
曽祖父、祖父ともに医師で、大分県で開業していました。父の代からは関東に移り、東京都町田市で内科医院を開業しています。そのため、医療関係の仕事は私にとって最も身近な職業でした。一方で、私は手先が器用で、小さい頃から模型飛行機などを作るのが好きだったのです。手を動かしているときが一番、時間を忘れて没頭できるのですよ。人からも器用だと言われていましたし、父の勧めもあって、歯科医師の道を志しました。
■大学時代のエピソードをお願いします。
大学入学後、すぐにスキー部に入りました。18歳の頃に始めたサーフィンにも夢中になっていまして、サーフィン同好会も掛け持ちしていました。友達が3LDKのマンションに一人暮らしをしていたので、月に1万円で、ほかの友達と一緒に間借りをさせてもらっていました。今、流行りのシェアハウスですね(笑)。合宿のようでしたし、毎日がイベントのようでもありましたね。大きな鍋にカレーを作って、1週間ぐらい、朝晩ともに食べ続けたこともありますが、最後の方はまずかったです(笑)。
■アルバイトはなさいましたか。
ほかの4年制大学の学生と比べると、忙しいですし、時間は少なかったのですが、暇を見付けてはお中元やお歳暮の配達、サーフボード工場、塾の講師、お弁当の配達などの様々なアルバイトをしました。アルバイトでは社会の仕組みや厳しさを学べましたね。 アルバイトをすることなく歯科医師になっていれば、井の中の蛙になっていたかもしれません。アルバイトをしたことにより、挨拶や名刺交換といったビジネスマナーや常識を知ることができたように思えます。
■勤務先を選ばれた理由をお聞かせください。
大学の先輩の紹介で鶴谷歯科に勤務しました。今は横浜に移転されているのですが、当時は神奈川県藤沢市の長後にありました。鶴谷先生も神奈川歯科大学出身ですが、とても器の大きな方で、物事を大きく捉える視野の広さをお持ちでした。治療の事から患者さんへの対応までその頃は本当に毎日が勉強でした。そして、色々と勉強したかいがあり、私は患者さんから説明が丁寧で分かりやすいという評価をいただくようになりました。また、歯を削ることについては上手だと言っていただく事が多く、自信がつきました。技工士さんや衛生士さんからも形成がうまいと言われ、治療を依頼される機会も多かったですね。勤務医時代に院長はもちろんですが、そういったスタッフや患者さんから学んだことが開業後もとても役に立っています。
■勤務医時代を振り返って、忘れられない出来事はどんなことでしょうか。
勤務して2、3年が経って、仕事にも慣れてきたとき、「総入れ歯が合わなくなったので作ってほしい」という依頼がありました。そこで、私がその頃、勉強していた、既存の義歯を改造する方法を行ったところ、技術が未熟だったために、以前よりも悪くなってしまったのです。患者さんに「前の義歯に戻してくれ」と怒られましたが、一度、改造したものを戻すのは困難ですし、それ以来、その患者さんはいらっしゃらなくなりました。
自分の浅はかさに落ち込み、眠れない日が続きましたね。でも、患者さんが必ず満足してくださる入れ歯を作れるようになろうと決心しました。北は仙台から南は九州まで、総入れ歯の大家と言われる先生のところに修行に行く日々が続き、総入れ歯の猛勉強を始めたのです。採算が合わなくても、勉強のために、患者さんに喜ばれる義歯を作ろうと必死でした。その甲斐あって、何とか満足していただけるものができるようになりました。
■開業しようと決断されたいきさつをお聞かせください。
駅前という立地にこだわりがありました。自費診療専門の歯科医院に見学に行くごとに、私も質の高い治療を行いたいと思うようになっていたのです。そうすると、遠くからいらっしゃる患者さんのために、アクセスが良くないといけません。しかし、バブルの頃でしたので、駅前はどこも空いていませんでしたし、高かったですね。私としては馴染みのある湘南近辺がいいなと思っていたところ、小田急江ノ島線の六会日大前駅の駅前にようやく物件を見付け、開業しました。現在地とは100メートル足らずの距離で、同じロータリー内に面しているビルの2階です。
■そちらで20年間、診療なさったのですね。
駅前という条件にぴったりの物件でしたね。駅前の良さは、歯科医院の存在自体が広告になりますので広告費がかからないこと、スタッフを集めやすいことにありますね。ところが、私どもが開業したあとで、こちらのビルができ、1階にスパゲティ屋さんが入ったのです。スパゲティをいただきに行くたびに、いいなと憧れていました(笑)。そのスパゲティ屋さんはビルのオーナーでもあったのですが、そのうちにお店を閉めると言われ、開業の依頼を受けたので、移転する事になりました。お話をいただいてから半年後、2011年6月に移転を終えました。私は義歯を得意にしていますので、高齢の患者さんが多く、2階での開業は申し訳ないと思っていましたので、同じロータリー内のビルの1階に入居できて、本当に良かったです。
■開業にあたってのコンセプトやこだわりなどをお聞かせください。
日本大学の湘南校舎のある街ですので、日中は学生さんが多いのですが、一般的な住宅街です。平らな土地ですので、住環境は良く、診療圏としては申し分ないですね。
最初の開業のときは何も分からなくて、業者さん任せでしたが、移転開業にあたってはデザインの力で目立たせたいと考えていました。そこで、歯科専門ではなく、他業種を多く扱い、かつデザインセンスが私の好みに合う設計士さんに依頼しました。質の高い治療を行っているという雰囲気を出してくれるデザインで、しかしながらデザイン先行ですと疲れてしまいますので、リラックスできるようにと要望しました。さらに、清潔感があって、心地よくという、理想通りの設計になりました。
ITに関しても、専門的に詳しい方を入れて、綿密に策を練りました。ネットワークを構築し、チェアなどを増設しても外に配線が出ないようになっています。
■医療機器についてはいかがですか。
ユニットを1台増設しました。そのほか、セレックミリングマシンを待合室に設置し、患者さんに興味を引いてもらえるようにしたり、マイクロスコープ1台を2つのユニットで使用できるような工夫をしています。個室は2室で、残りはパーテーションで区切られています。近々、CTも入る予定です。
コスト意識を持って準備しましたので、移転資金も予算内に収まり、満足いくものができたと思っています。
【経営理念】
■経営理念をお聞かせください。
歯科医療を通してスタッフ、患者さん、阿南歯科に関わる全ての人が心身ともに健康になり、誠の幸せを得られるよう、社会貢献することです。
【診療方針】
■診療方針についても、お願いします。
診療方針は痛くなく、質の高い治療、心のこもったおもてなしと応対、清潔で心地よい空間を患者さんの期待値以上に提供することです。これでさらに価値を高められると考えています。
そのためにはまずはスタッフが心地よく働けることを心がけています。そしてプロとしてのプライドを持って仕事ができるよう、日々、研鑽を積んでいます。
現在、1日の来院患者数は40人から50人で、スタッフがいつも笑顔でいられるよう、余裕のある診療体系となっています。自費の割合は40%といったところでしょうか。もう少し、向上させたいですね。目標は45%です。
【増患対策】
■どのような増患対策をなさっていますか。
口コミやホームページからの来院がほとんどです。駅前ですので、遠方からも来院しやすい環境ですね。新規の患者さんを獲得するためには様々なことを行わなくてはいけませんが、現在は毎月平均60人の方が新規でおいでになっています。これから歯科医師が充足すれば、広告費にも若干の余裕がありますので、本格的な増患対策を始める予定です。
これまでの患者さんがリコールで戻ってきてくださることを重視したいので、患者さんとのコミュニケーションは必須です。スタッフの名前を覚えていただき、「何とかさんがいるから、阿南歯科に行こう」というのがいいですね。先日もスタッフが「福島の実家に帰省した」とフェイスブックに書いていたら、患者さんから「実家はどうだった」と声を掛けられていました。そういうコミュニケーションに有効な媒体がフェイスブックではないかと考えて、先日もスタッフとミーティングをしたところです。
【スタッフ教育】
■今後の展開をお聞かせください。
基本がしっかりしていなければ応用はできませんから、若手の歯科医師への教育は基本となる技術が中心です。できないところ、苦手なところは手取り足取りという感じで教えています。私自身の技術や経験を伝えていきたいですね。院内の勉強会は月に1回、行っています。診療技術を伴わないと患者さんは喜ばれないものですが、その勉強会では患者さんへの対応についても教育しています。
■歯科衛生士、歯科助手への教育はいかがですか。
やはり患者さんへの対応が中心ですね。接遇を意識し、言葉遣いや細かい気配りを大切にするように話しています。私どもでは歯周病治療に力を入れていますので、歯科衛生士専用のユニットが2台あり、1時間の枠を取って予防歯科を行っています。患者さんのモチベーションも上がり、結果として自費診療も増えていますので、歯科衛生士の役割は大きいですね。
【今後の展開】
■今後の展開について、お聞かせください。
当院はまだ成長過程にあり、目標の半分にも達していません。現在のスタッフを家族だと思っていますので、皆で成長できることが喜びです。技術やサービスなどの質を高め、地域に貢献していくことが目標です。
【開業に向けてのアドバイス】
■開業に向けてのアドバイスをお願いします。
私の時代は開業して普通に診療していれば問題ありませんでした。しかし、このままだと10年後には歯科医師過剰問題が起き、大変なことになると、統計上から分かっていました。そこで、私はテクニカルスキルだけではなく、マネージメントスキルの必要性を強く感じ、実践した結果、2005年からの5年間で200%、業績を向上させました。
僭越ですが、先見性がやはり重要で、特にこれから先は短いスパンで状況が変化していくと思います。固定観念にとらわれると、見誤るのではないでしょうか。どんな状況にも対応できる柔軟性を持ちつつ、ご自身の得意分野を確立していくことが必要です。
【プライベート】
この仕事は楽しいですが、やはり経営者としては日々のストレスを感じることもあります。ストレス解消の手段はいくつかあり、一つは入浴剤を入れたお風呂にゆっくり入ることですね。ジャズを聴いたり、ギターを弾くこともあります。また、自宅は海に近いので、サーフィンもしますよ。最近は波がなければ、10キロぐらいジョギングをしたりしています。小学生、中学生のときからの友人も近くに多く住んでいますので、他業種の彼らと話すことも良い刺激になっています。