歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~
葉月厚生会 さいとう歯科医院 斎藤元理事長
平成15年12月1日に開業した綾瀬ユニバース歯科クリニック。
ダイエー綾瀬店内にある診療所は、そのロケーションもさることながら、待合室の大型スクリーンや、子供を意識したバスの形の診療室など、今までにない視点に満ちている。
このクリニックが一号となる「ユニバース歯科」グループを率いるのが、医療法人社団葉月厚生会齋藤元理事長だ。
齋藤先生のホームグラウンドである、銀座・さいとう歯科医院に、お話を伺いに訪ねた。
葉月厚生会 さいとう歯科医院 斎藤元理事長
1.さいとう歯科医院
大学院在学中に、教授の勧めでMCV(Medical College of Virginia)に一年間留学した。卒後、岐路があった。MCVからも研究員のオファーがあったが、銀座の診療所から継承の声がかかったのだ。「臨床が嫌いで基礎に行ったわけではない」という先生は、迷った末、新しい道を選び取った。五年を前院長の下で診療した後、「さいとう歯科医院」を開業したのが、平成4年のことだった。
引き継いだ300人の患者さんが、半年のうちに口コミで400人に増えた。これを実現したのは、齋藤先生の改革的な医院経営だった。当時銀座で当たり前だった予約制を、一番に廃止したのだ。
「ここの診療所では、ほとんどの患者さんがお仕事をされながら治療に通われています。働いている人なら、会議が長引いたり急なクライアントの要求で、いつも予約通りに診療に来られるとは限りません。キャンセルに理由があるにせよ、お互いにストレスになってしまいます。ただでさえも、患者さんにとって治療は嫌なものなのですから、とにかく『来やすい診療所』にしたかったのですよ」
いつでも好きな時に治療を受けられ、治療中も世間話が弾む環境なら、軋轢も生じにくい。混雑した時は患者さんを待たせざるを得ない場合もあるが、問題になったことはない。十年間の医院経営で、深刻なトラブルは一件もないという。一方、銀座の診療所では珍しく、さいとう歯科医院は五時に診療終了となる
「予約制でないと、いつどんな患者さんがやって来られるかわかりませんから、常にテンションを高めておかないといけません。親知らずの抜歯が連続してしまったことが、十年間で二三回ありますよ。あまり長時間続けては、良い仕事もできなくなってしまいます」
もう一つの齋藤先生の方針は、ほとんどすべての診療を保険診療でカバーする、ということだ。
「予約制ではないので計画診療がしにくいというのもありますが、『来やすさ』を優先するなら、やたらに自由診療の話をする必要はないのです。もちろん、行っている治療についての話は十分にしますが、積極的に自費の話をもちかけたりはしません。結婚前の若い女性にだけは、『こういう方法もあるよ』ということは言いますけどね。メイクや髪にお金をかけるのに、歯だけ別ではおかしいでしょう?(笑)」
2.ユニバースグループ
銀座での開業から十年が過ぎた。
時代が変われば、『来やすさ』の基準も変わってくる。銀座の昼間人口も、この十年でかなり減少した。キャンセルに対して快く対応する診療所も増え、さいとう歯科医院の特色が生かしにくくなってきたのだ。
そこで考えたのが、大型ショッピングセンターや、駅構内での開業だった。
「絶対的なボリュームが減ると、アイデアで呼ぶにしても平坦化してしまい、突出しにくくなります。大型店舗なら、例えば1日に5000人がレジを通るとすると、少なくとも5000人が看板を見るわけです。アイデアで呼べないなら、こちらから便利な場所に出て行くというわけです」
大きなグループの運営に携わるには、診療所の経営と同じ感覚というわけにはいかない。それぞれの分野のプロフェッショナルとの連携が重要になる。
「僕の仕事は、医師のレベルをチェックする、ということですよ。経営の中核には、その道のプロがいますから、あまりタッチしません」
そういう齋藤先生は、若手勤務医に対する期待も大きい。
「勉強嫌いでは困りますが、知識だけで社会性のない冷たい人ではいけません。患者さんに安心感を与えなければなりませんから、バランスが重要なのです。
「研修医システムが導入されますが、ぜひしっかりやって欲しい。卒後に臨床の教育があるということは、6年間はしっかり基礎をやりなさい、ということです。何もかも6年で詰め込むより、必ずレベルアップしますよ。」
「逆に、雇用する側についても、研修医だからといって『無給で勉強させてやる』という時代ではありません。能力のある人に対してはそれなりの報酬を与えないと。個人の感情ではなく、システムで対応する必要があります。」
3.開かれた医療とKADVO
積極的な医院経営を続ける齋藤先生だが、もう一つ意外な顔がある。「KADVO(神奈川海外ボランティア歯科医療団)」への参加だ。
KADVOは、神奈川歯科大学同窓会有志による医療ボランティア団体だ。「二十一世紀の歯科医のあるべき姿」を目指して、1982年に活動を開始した(KADVOの名称は1994年から)。東南アジアへの歯科医療の提供として、フィリピンはセブ島で治療にあたった。
今は観光で知られるようになったセブ島だが、当時は道路も未舗装で信号もなく、ボランティアにできる歯科医療も抜歯くらいだった。
「20年の間に、どんどんレベルが上がっていきました。初めは抜くだけだったものが、充填もするようになり、今は機材も日本とほぼ同じ最新のものが使われています。」
現在はフィリピンとタイに年一回訪れるほか、口唇口蓋裂閉鎖術の提供、歯科衛生士のショートステイ等、幅広く運動を展開している。活動を広げるうちに、外務省やフィリピン保健省(日本の厚労省にあたる)も手助けしてくれるようになった。医師・歯科医師の資格は国際的なものではない為、原則としてボランティアに医療行為はできないのだが、KADVOはPRC(Professional Regulations Commission専門職規制委員会)の認可も得ている。
現在のKADVOは、およそ250人の関係者によって運営されている。そのうち歯科医師はおよそ150人であり、残りの100人は歯科衛生士や歯科技工士、無資格のボランティアスタッフだ。
「歯科医師だけ数が集まっても、十分な力を発揮できません。サポートしてくれる人があっての、歯科医療なのです。」
「経営については、ボランティア精神というわけにはいきませんが、一方で医療が算術になってしまうのもいけません。健全な経営あっての健全な治療でしょう」
4.これからの歯科医院経営
今後の歯科医療についての展望を伺うと、「二極分化する」と先生は言う。
「一方は、自由診療で非常にマニアックな医療を提供する、専門的医院です。もう一方は、来やすい場所でより多くの人を対象とする、保険診療を中心とした医療です。つまり、大型化ですね。株式会社が参入してくれば、個人の医院経営はより厳しくなるでしょう。どちらの方針を採るかはっきりしなければ、生き残れないでしょう」
KADVOへの参加、ユニバース歯科の展開と伺うと、先生の方針は一貫して「より多くの人」へと向けられているようだ。そのためにはやはり、「来やすさ」の追求が要となる。
「繰り返しになってしまいますが、『来やすさ』の基準というのは変わっていきます。患者さんのアンケートを見ると、今は診療所の綺麗さや設備も重要な着目点になっています。『今新しいものは何か』というアンテナをはって、多くの情報を得、そういったものに対応していかなければなりません。」
一見「歯科医師」の型にはまらない風貌も、患者さんとの間の敷居を低くするのに一役買っているのかもしれない。そんなことを考えさえる、齋藤先生の次の一手が楽しみである。