歯科経営者に聴く - 丸橋全人歯科 丸橋賢理事長

歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~

医療法人社団耕生会 丸橋全人歯科 丸橋賢 理事長

郡馬県の交通の要である高崎駅から徒歩約3分にある3階建てのビル全体が、丸橋全人歯科である。
歯科医師12名、スタッフ80名という大規模な歯科医院に通院中の患者さんは常に4000人。そのうち県内在住者は3分の1程度。ほかは首都圏をはじめ日本全国、あるいは海外からも治療に訪れるのだという。
患者さんたちはいったい丸橋全人歯科に何を求めてやってくるのだろうか。患者さんの中には、歯が痛い、歯を入れたいというだけではなく、口を開けられない、歩けないというような症状をもって来る人もいる。
そのような患者さんに応える何をもった医院なのか。それを伺った。

医療法人社団耕生会 丸橋全人歯科 丸橋賢 理事長

医療法人社団耕生会 丸橋全人歯科 丸橋賢 理事長

プロフィール

  • 丸橋賢理事長は1944年、群馬県生まれ。
  • 東北大学歯学部を卒業し、同学部助手を経て、1974年に「丸橋歯科クリニック」を群馬県高崎市に開業した。
  • 1981年「良い歯の会」活動を開始。
  • 2004年、現在の場所に「丸橋全人歯科」を開業。
  • 現在、丸橋全人歯科院長。

【学会 他】

  • 日本歯内療法学会正会員
  • 日本口腔インプラント学会、日本全身咬合学会会員
  • 日本歯内療法学会認定医
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人を見抜く生命感覚

ご出身は、高崎なのですか。

医療法人社団耕生会 丸橋全人歯科高崎から車で1時間ほどの、吾妻郡東吾妻町というところです。自然に囲まれたところで、鳥や魚や虫と一緒に遊んで育ちました。いま、それがよかったのだと思っています。
というのは、今の若い歯科医を見ていると、生命を見つめる感性が弱いように思えます。対象を物として見ているのではないでしょうか? 臨床は見えないものまで見なければできないもの。子どものころ、野生の魚や鳥を飼おうとしてずいぶん気を遣って育ててもすぐに死んでしまったものでした。生かしたいと一所懸命やってもなぜ死んでしまうのか? それはちょっとした環境の違いが原因です。それは野の花を移植しようとしても同じこと。生き物は敏感なものなのです。
そういうことをやってきたのが、目の前にした患者さんが苦しんでいるのはどうしてなのかを見抜く「生命感覚」につながっているのだと思います。

歯科医になろうと思われたのはいつですか?

歯科を選んだのは、あまりまじめな理由ではなかったのです。
私は小説を書いていて、同人誌に参加していました。本当は創作活動で生きていきたかったのですが、なかなかそれは難しいだろうと、初めは小説の題材にもなる法医学を考えました。しかし創作の時間も確保するのに、週の半分ぐらいアルバイトする仕事なら歯科医がいいかなと、そんな気持ちで東北大学の歯学部に進みました。

歯学生時代にも創作活動はしていたのですか。

歯科の勉強よりも、創作活動ばかりしていて、歯科の学生との付き合いはあまりありませんでした。
卒業後は東北大学の医局に1年ほど助手としていたのですが、その頃『老人と少年』という連作短編を書いて、四大新聞の学芸欄に取り上げられたりしたこともあります。老人と少年が関わりあう中で、いろいろなものが死んでいく。その経験を、主人公の少年が瑞々しい感性で捉え、成長していくという小説でした。
小説を書くのも、登場人物の背景も含めて、人間を見つめる作業です。自然の中で遊んだことに加え、創作活動で人をよく見る経験をしたのも、今につながっています。

医局に勤務の後に、上京されたのですか。

はい。創作をしていくには、どうしても東京なのですね。それで東京に出て、開業医で2年半ほど週3日の勤務をしていました。
しかし、来院する患者さんを見ていると、一般に行われている治療はひどいものなのです。根管治療をしてあっても、実際に患者さんの口腔内に見られるのは「破壊」といっていい治療。歯の噛み合わせなど、数十ミクロン高いだけで肩こりを起こしたりするものですが、そういう細かい調整をしていると時間がかかって収入にならないので、ちゃんとやってありません。「これではひどいじゃないか」と言うのですが、そう言うと必ずリアクションもあるので、自分はちゃんとやらなければならない破目になる。結局、ずるずると真面目な治療をするようになり、歯科に足を踏み入れてしまったのです。

開業の意味

それで、開業されたのですか。

はい。歯科医療の現実を見てしまって、自分で開業するしかなくなったのですね。自分で「ひどいじゃないか」と言って開業したわけですから、ちゃんとしなければならなくなってしまいました。私はもともと器用な方なのでまじめにやればできたのですが、結局そのために歯科に足を取られて、創作活動の余裕がなくなってしまいました(笑)。
最初に開業したのは、高崎市外の真ん中にあるビルのテナントでした。6台のユニットでスタートしたのですが、すぐにいっぱいになってしまって、向かいに土地を買って12台規模に拡大しました。しかしそれもすぐに、歯科医師、患者さんともに増えてきて、もうひとつ医院を開きました。
そして2004年5月にここに一本化して、現在は31台でやっています。

丸橋全人歯科では自由診療しかやっていないのですが、保険診療でできるだけ全人歯科同様の診療をする丸橋ファミリー歯科も別に診療をしています。
高崎でやっているのは、私は一人っ子で代々続いた山や畑、家屋敷を引き継いでいかなければいけないと思ったからです。今は田舎の家から通っています。だから、朝散歩しながら野の花などを摘んできて、院内に飾ったりしているのです。

最初の開業資金はどのようになさったのですか。

ビルのテナントだったし、当時はそれほどかかりませんでした。4000~5000万円ぐらいだったでしょうか。親と銀行から借りて、それほど苦労なく開業した覚えがあります。
開業してからはいつも患者さんが多く盛況でしたから、医院を大きくできました。
まじめにやっていれば、患者さんが増えて、困ることはありません。まずい寿司や手抜きのラーメンを出して、お客さんを増やそうとしても無理です。でも、そうやっていて経営が苦しくなってくると、ますます材料を落としたり手抜きをしたりで、もっと首を絞めるという悪循環になってしまう。

この医院は、ほかの歯科医院と何が違うのでしょうか。

それは根本的な治療を行っていることです。現在の歯科の理論では見抜けない、その人の全身、心の中までを全体として見て、治療するのです。
初診の際には、まず全身の形態をよく観察します。次に、問診です。どんなことで苦しんでいるのか、もちろん口の中だけでなく体や心のつらさがどこにあるのかをよく聞きます。
私は人の形態を全身的に見ることが習慣になっているので、人を見るとどちらの肩が凝るのか、どんなものを食べているのかといったことがわかります。こうして話していても、どちらかの肩が上がっていれば、上顎と下顎がこのように歪んでいるなとわかりますね。

顎が三次元的に歪んでいると、それが脊椎の側湾になります。この前、学校へ行こうと思っても歩けない、立てないので不登校になっている女子高校生が来ましたが、その場で顎の歪みを正すマウスピースを作ってあげたら、帰りはちゃんと歩いて帰ることができました。彼女の顎がそのように歪んだのは、その背景に暮らし方とか食生活とかが影響しているのです。さらに、その背景には日本の生活文化がある。そこまで見ないと生命現象はわからないのです。
生き物にとって「形態」は重要なもので、本来、美しい左右対称形になっているものです。しかし人間だけがシンメトリーを失ってきている。それが元で、肩や首が痛くなったり、それが嵩じるとふらついたり、うつ状態になったりします。体と心はいっしょに壊れます。そして、治るときにはいっしょに治っていくのです。

丸橋全人歯科に集まってくる歯科医師やスタッフも、全人的な医療の場を求めてきているのですか。

若い人たちも、生命観や哲学のある医学観に基づく医療を学びにきています。ここで厳しく言うのは、「精一杯やれ。自分のお母さんや子どもを治すつもりで治療しなさい」ということです。ほかの歯科医院では患者さんの数をこなして売り上げを上げることを要求されますが、ここでは、時間はかかってもいいから、できるだけの治療をするように教えています。残っているのは、真剣な人だけです。患者さんを全人的に見る目は、叩き込まれています。
技術的にも、たとえばインプラントをやるには造骨する必要が出てくることもありますが、ここの口腔外科の専門医は1日4人ぐらい造骨手術を手がけています。大学病院でも1月1例ぐらいしかできない難しい手術をそれだけやっているのですから、確かです。
ここに勤めていて、他も見てみたいと出て行った人も、たいてい1年で帰ってきます。他の現場で、こんないい加減なことをしているのかと驚いて、戻ってくるのです。

文化論に及ぶ研究

いろいろな研究もしていらっしゃるのですね。

医療法人社団耕生会 丸橋全人歯科この前は、うちの咬合治療チームで、噛み合わせの治療を行うことで免疫力が高まるという研究発表を行いました。
私たちは、実際の患者さんを前にして治療している経験から、顎がずれていると免疫機能が落ちて交感神経が優位になり、不妊やアトピーなどの症状が現れること、また顎を正すことでそれが治ることを知っています。
命を見つめる目をもっていると、「これか」という見当がつきます。そうして鉱脈を見つけることができるのですね。こんどは脳の問題を研究したいと思っています。治ることはわかっているけれど、それはどうしてなのかというところを究明していきたい。
現代医学は視野が狭い。局部と見えるところだけを、計測的に見ていくだけです。しかし目に見えないものを見ないと、体のことはわかりません。

顎というのは、それほど全身にとって重要な場所なのでしょうか。

人は、1本の脊椎の上に5kgもある頭を載せています。それは皿回しをしているような形ですが、体の中でバランスをとって調整するために動かすことのできる部位は、下顎しかないのです。だから、下顎がずれていると、ほかの部分が歪んでしまうわけです。

丸橋先生はPHP新書から『退化する若者たち』という本を出していらっしゃいますが、この本では海外にまで調査に出向いて、歯や全身的な健康だけでなく、文化まで踏み込んで研究していらっしゃいますね

これまでに48カ国を調査しましたが、このような顎のずれは、外国人にはほとんどありません。それは、日本ほど短期間に文化を崩した国はないからです。そのような無理をしたことによって、生活にアンバランスが出て、17歳でキレてしまって起こす事件が多発します。それがさらに低年齢化しているのが現状です。
世界全体の中で日本人は何なのか、現代人は何なのか、というのが私の大きなテーマです。このようにして世界を歩いて見ていると、いろいろな本質的なことが見えてきます。ホワイト(白人)とカラード(有色人種)が、どうやって世界に広がっていったのか。それがまた交わったときにどういうことが起きたのか、分かってきたことがたくさんあります。

「良い歯の会」

医療法人社団耕生会 丸橋全人歯科先生が続けていらっしゃる「良い歯の会」について教えてください。
昨年、農山漁村文化協会が主催している「地域に根ざした食育コンクール」の特別賞(審査委員会奨励賞)をいただきました。「良い歯の会」は、27年前から毎月第2土曜日に1度も休むことなく続けています。
私たちは歯のあらゆる病気を生活由来性疾患と捉えていて、歯を根本的に治すのは削ったり詰めたりだけではできないと考えています。本当の意味で治療するには、食事を中心とした日常の生活を変えていかなければ、改善されないのです。そのための勉強会として、「良い歯の会」を開いています。

毎回「良い歯の会」は、スライドなどを使った講義を2時間ほど行った後、試食会をしています。一般に市販されているものと、きちんとしたものを食べ比べていただく。例えばパンでも、大量に作って売っているものと、天然酵母を使った全粒粉の小麦粉を使って焼いたパンとを食べ比べてみます。私の畑の野菜とスーパーの野菜の両方を味わってもらったりもします。
そうすると、違いがよくわかる。百聞は一見にしかずで、体験してみれば一目瞭然です。それをきっかけに、自分の生活を改善して健康になってもらいたいと、無料で開催しています。

この医院でも、受付にさまざまな有機食材などを置いて販売していますね。

手に入りやすいところになければなかなか生活に取り入れられませんから、ここでも置いています。歯医者に来て、おいしいものを買って帰れるのも楽しいでしょう。

今後の展開

これから丸橋全人歯科をどのように展開していらっしゃる心積もりですか。

基本は、地道に全人医学観を実践していくことです。そうしながら、着実に人間のことを解き明かしていきたい。
それから、いまの規模でも手狭になってきているので、この3倍ぐらいの規模の医院にしたいと考えています。デンタルプラザ的なものにして、付帯施設として患者さんがいろいろなものに触れることができるようにしたいですね。そこまでして、若い世代に渡せたらいいなと思っています。
若いドクターも、全人的歯科医学を学びたい人に集まってほしいですから、その受け皿としても規模を拡大したいですね。

医療行政へ

医療法人社団耕生会 丸橋全人歯科厚生労働省や歯科医師会への意見はありますか。
今年、社会保険庁の技官を抱きこんで、診療報酬の不正請求などをしていた事件が明るみに出ましたね。そのようなことは、いつも起きています。それは現在の保険制度が自己申告による現物支給、出来高払いであることが根源にあるからです。これを患者さんが申請して払い戻してもらうなど、別の形にしなければなりません。
どんなにいい治療をしても、保険の点数は変わらない。このような質で勝負するのが馬鹿らしくなるような制度は疲弊しています。時間とエネルギーをかけて治療しても、いいかげんにやっても、ただペンで書いただけでも同じなのですから。一所懸命が報われる制度にしなければいけませんね。
物の売買なら、お客さんが選んでこれがこの値段なら買う、買わないというチェック機能が働き、いいものには納得してお金を払います。しかし保険制度は暗箱の中で取引しているようなシステムで、普通ではありません。透明にしてクリーンにやるというのが、世の中の基本です。医療も、ほかと同じルールでやるようにしなければいけません。
患者さんは、何で治療費を請求されているのかわかりません。それをチェックする技官が抱きこまれているのですから、どうにもなりませんね。

プライベート

最後に、自分の時間はどのようにつかっていらっしゃいますか。

は、なかなか多趣味なのです。
いちばん時間を使っているのは、畑作りですね。有機自然農法で600坪ほどの畑をやっていますので、野菜が採れるといろいろな方に差し上げられます。
それから、野の花を見に歩きに行くのも好きです。やはり、自然の中で過ごすのはいいものですね。
絵や音楽も好きで、院内にも絵を数多く飾って、患者さんたちがそれを見て心和んでもらえればいいと思います。

創作活動は、歯科に関連するものばかりですか。

書きたい小説があって温めているのですが、歯科領域の本を3冊先まで引き受けてしまっているので、なかなか着手できません。
体の歪みをなくしたら、目も疲れず、仕事も執筆活動も元気にやっていられます。ですから時が来たら小説も書き始めたいですね

後進へのメッセージ

これからの若い歯科医師へひとことお願いします。

医療法人社団耕生会 丸橋全人歯科 丸橋賢 理事長若い人たちには、有意義な仕事を志してほしいですね。自分が充実していれば、患者さんも充実します。保険の点数を上げるために不本意な仕事をするようなことを続けていては、充実した仕事も人生もありえません。有意義なことだけをやっていくことで、信頼が得られ、自分の価値も上がっていくのです。
いま、歯科界は総沈没といっていいような状況で医院も次々つぶれたりしていますが、ここではいつも患者さんがひきもきりません。自由診療だけですから患者さんたちの負担も大きいはずですが、それも納得した上で、患者さんはいいものを求めているのです。