歯科経営者に聴く - ニグチ歯科医院 谷口光太郎医院長

歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~

タニグチ歯科医院 谷口光太郎 医院長 岩田有弘 歯科医師

新橋駅から徒歩5分のビルにあるタニグチ歯科医院は、ビルが面した第一京浜に向かっては看板もなく、注意していなければ通り過ぎてしまいそうだ。自費診療専門。それなのに、インプラントは扱っていない。
患者数を増やして保険点数を上げ、流行のインプラントの自由診療を行う方法で経営する歯科医が多くなっている中で、それと逆行するような歯科医院を開業したおふたりに、どのような歯科医療を目指しているのか、お話しいただいた。

タニグチ歯科医院 谷口光太郎 医院長/岩田有弘 歯科医師

タニグチ歯科医院 谷口光太郎 医院長 岩田有弘 歯科医師

[医院長・歯科医師]谷口光太郎 先生 プロフィール

  • 1969年生。1999年神奈川歯科大学卒業。
  • A(あ)歯科タニグチ勤務
  • 2006年港区東新橋にタニグチ歯科医院を開設、現在に至る。

[歯科医師・博士(歯学)]岩田有弘 先生 プロフィール

  • 1974年生。1999年日本大学歯学部卒業。
  • 2003年日本大学大学院歯学研究科卒業。
  • A歯科タニグチ勤務を経て、2006年タニグチ歯科医院勤務、現在に至る。
  • 著書に『歯は抜くな―インプラントの落とし穴』(文渓堂;2007年)がある。

タニグチ歯科医院開院

この歯科医院を開かれた経緯を教えてください。

タニグチ歯科医院 谷口光太郎 医院長岩田先生と私は、私の叔父にあたる谷口清師匠が院長をしていたA歯科医院で、勤務医として治療を行っていました。しかし、昨年2月に師匠が亡くなってしまい、いろいろ考えた結果、師匠に教わったことを実現する診療所を開くことにしたのです。これまで診ていた患者さんの受け皿として、引き続き治療に当たっていく必要もありましたから。

岩田:尊敬していた師匠が亡くなって、一時は呆然として何も手につかない状態になりましたが、谷口先生が開業するというので、それなら私もいっしょにやらせてもらおうという決心をしました。師匠が亡くなったのが2月22日。開院が8月22日で、ちょうど半年後の命日から始めたわけです。

谷口:開業するについては、物件探しにたいへん苦労しました。開業場所を探すにあたって、条件が5つありました
まず1つ目は、物件が空いていること。師匠の診療所も東京駅からすぐのところにありましたが、患者さんの中には新幹線や飛行機でわざわざやってきてくださる方もいらっしゃるので、都心で便利なところになければなりませんでした。
2つ目に、オーナーが改造を許してくれること。我々の診療室はそのままレントゲン室も兼ねているので、壁に鉛を入れたりしなければなりません。また、医療器具やユニットを入れるのに、補強も必要です。
3つ目に、部屋の構造です。歯科診療に水は必須なので、給排水の位置によっては診療室にならないところもあるのです。
4つ目は、他の歯科医院が入っていないことです。今まで挙げたような条件をクリアしているビルだと、既に歯科医院が入居していることが多いですから。いくらやり方が違うとはいっても、同じビルの中で開業するのは悪いですからね。
5つ目が、アスベストの問題でした。これが大きな関門でした。ほとんどのビルにはアスベストが使われていて、それだと改造のときに業者にも迷惑をかけるし、やはり歯科医院としてはアスベストを吸う可能性はなくしておきたいですから。結果的に、昔のビルではダメだということになり、新築ビルから探すことになりました。

自由診療しか行っていないとのことですが、それはどうしてですか。

谷口:私は、極力抜かない、削らないことを基本に、患者さんひとりひとりに合わせたオーダーメイドの治療を目指しています。それには、現在の状態をよく説明し、治療法も納得した上で選んでいただき、その上で治療。さらに治療が終わったら経過や結果、今後のことについてよくお話しすることが欠かせません。これは歯科医療を行うには必要なことなのですが、こうしたことを保険診療でやっていくことはできにくいのです。そのため、保険診療は行っていません。

タニグチ歯科医院 岩田有弘 歯科医師岩田:この医院は、歯科医療ユニットが1台しかありません。患者さんの予約は1日に午前1人、午後1人の2人しか取りません。医師が2名ですから、1人の医師が1日1人の患者さんの治療に集中することになります。歯科医師以外のスタッフも全員、歯科衛生士の有資格者です。1人の患者さんに4ハンド、6ハンドで治療を行い、たくさんの目で見ているので、間違いが起こりにくくなります。

谷口:1日に1医師1診療1患者というのは、贅沢な診療方法ですが、基本的なことをきちっとやっていこうとすると、そうなってしまうのです。また人間の集中力などそんなにもつものではありませんから、1日何十人も診なければ採算ベースに乗らない保険診療では、私の目指すオーダーメイドの診療はできないと思っています。
これはみな、師匠のやり方を踏襲したものです。

診療のシステムは、どのようになっているのですか。

谷口:診療は、完全予約制です。私どもでは、初診料として10万円いただいています。この10万円という額が高いのか安いのかよくわからないのですが、師匠が決めた通りです。それより上げるのは師匠には及ばないのにおかしいし、勝手な判断で下げるのも違うかなと思いますので。

岩田:これには、患者さんの数が増えすぎないというメリットもあります。いま、1日1人のものを2人、3人と増やしていくと、ヒューマンエラーの可能性が大きくなってしまいますので、それを防ぐことにもつながるのですね。現在のところ診療室1室、相談室1室にしてありますが、相談室もいつでも診療室に改築できるようにしてありますので、必要が出てくればユニットを2台にする用意はあります。患者さんの要望に応えることも大切ですから、今後様子を見て診察台を増やすことも考えています。
それともうひとつ、会員制をとっています。我々は、患者さんの歯の健康を保つためには予防が大切だと考えています。そのために会員制にして、年会費を健康診断のようなチェックや簡単な治療、歯の清潔を保つために必要な歯ブラシやフロスの無料送付、会報の制作と発送に充てています。

谷口:患者さんには高額のご負担をしていただいていますが、それなのに「この金額でやっていけるの?」と言っていただくと、うれしいですね。実際のところ、歯科医師含めスタッフ皆、同じ給料でスタートしていて、まだ見直しできていません。こうしてやっていられるのも、岩田先生を含むスタッフ全員が協力して全力を尽くしてくれるからなのですけれど。

歯科医師の道を選んだのは?

タニグチ歯科医院 谷口:私の祖父は、横須賀で歯科医院をやっていました。祖父の長男であった師匠が歯科医になったわけですが、その後、谷口家の男子が私だけになってしまったので、歯科医にしようと考えたのでしょうね。忘れもしません。高校生のとき、京都の芸者さんがいるようなお座敷で「おじさんは歯医者としておもしろいことをやっているから、やってみないか」といわれ、その気になったのです。その後神奈川歯科大学に入学し、卒業後、師匠の医院に入りました。師匠には、よい経験をたくさんさせてもらいました。
私の大学は、在学中に教授の指導で診療ができたので、その頃には保険診療をしていましたが、卒業してすぐに師匠の医院に入ったのでその後は自由診療です。そこで、静岡の保険診療しかやっていない先生のところへ見学に行かせてもらったりもしました。そうしてみると、保険診療も自由診療も、行きつくところは同じだなということがわかって、私は師匠の方法でやっていこうと方向を決めました。

岩田:私は高校の頃、物理が大好きで、大学では宇宙工学をやりたいと思っていました。高校は日本大学の付属高校に入ったのですが、高校では入学時には専攻が決まっていなくて、3年生になる段階で希望を出して、それぞれの専攻に進むようになっています。宇宙工学の枠は1人しかなかったのですが、気づいたときには宇宙工学に進む人が決まってしまっていたのです。そうなったら、あとはどこでもよかったのですが、あるきっかけがあって、歯科がいいかなと思いました。もともと親には、勉強がやりたくないなら大学へは行くなと言われていたので、一生の仕事として続けていける分野を選びたいと思っていました。幸い、学内試験で医学部も歯学部も志望できるところにいたので、歯学部を選んだのです。最終決定しなければならない日の2週間前でした。その頃から、「自分がされたくない治療をしない歯科医になりたい」ということを漠然と思うようになりました。
大学時代のことですが、師匠の『歯は治る「抜くな、削るな、冠せるな」』という本を読んで、本当にこんな歯科医療ができるのだろうかと、すごい驚きを感じました。うそ偽りのない方法で、ギリギリのところまで自分を追い込んで治療をしている、こんな歯科医療をやっているのか、やろうとしてできることなのか、大きな刺激を受けました。でも、卒業後も大学院まで進んだので、臨床からは離れていました。大学院を修了するに当たって就職というところで、たまたま師匠の医院で歯科医師を募集しているのを見つけ、なんとなく頭の中に残っていたあのときの衝撃がよみがえったのです。それで、師匠のところに入れていただいたのが、歯科医師のスタートでした。

歯大生の頃は、どのように過ごしていらっしゃったのですか。

谷口:私は大学学生会の会長を、友達と楽しくやらせていただきました。色々ありましたが、仲間との楽しい思い出です。いまだに続いているスキューバダイビングと野球は、大学時代からです。
スキューバダイビングは師匠もやっていました。トラック諸島に小さな島を1つ持っていて、ヤシの木が8本あるので、「ハポン島」と呼んでいました。だから、私もその周辺へよく行きます。師匠がスキューバをやっていたのには、わけがあるんです。インストラクターが生徒に、水中で口を聞けない中でどうやって意思を伝えるかには、治療中口をきけない患者さんと意思の疎通をどう図るかにつながるものがあるのです。的確に伝えるべきことを伝えなければ、命にもかかわる海の中ですから、そのやり方はとても参考になります。

岩田:私も、師匠の医院に入るときに「ダイビングのライセンスを取ってもらう」といわれました。インストラクターは、生徒に安心感を与えるために体に手を触れます。それを応用して、例えば椅子を倒すときに肩に手を置いたりしています。
私は中学から高校にかけて遊んで過ごしてしまったのですが、大学時代は一生の仕事のために勉強しようと思っていたので、しっかりやろうと決めて入りました。再試験はいやだったのと、アルバイトをしたくなかったので1度は奨学金を取りたいとがんばったところもありました。記憶ものは得意だったので、先人の経験の発展形の歯学は、合っていたのでしょう。
大学院に入ってからは、学部の勉強からは一転して、何もないところからデータを積み重ねていく、口腔病理学の分野に入りました。口腔内のガンの病理や免疫学など、口腔の全身的な役割の研究です。これは、いま臨床をやっていて、患者さんへの説明にたいへん役に立っています。学部時代、部活には入っていたのですが、自分で言うのもなんですが非協力的でしたね。(笑)

谷口:私は友達と飲んで、未来の歯科について語り合っていました。

岩田:私は、学校が終わるとまっすぐ家に帰ってしまう。

谷口:2人はかなりタイプが違うのですが、それだけに補い合っています。

師匠の思い出

おふたりとも、師匠の谷口清先生には深い思いがあるようですが、どんな方だったのですか。

タニグチ歯科医院
谷口:歯科医療の方法も他の先生方と違う道を歩きましたが、人間としても破天荒でしたね。あるとき、遠くから患者さんがみえたのですが、「もう飲んでいるから診察はできない」と断ってしまうのです。患者さんは、怒ると思いますよね。ところが、「よく正直に言ってくれた」と喜んで帰っていったんですよ。師匠は、心のふれあいをいちばんに考えていたから、患者さんのほんとうの信頼を得ていたのでしょうね。

岩田:最初の頃、型を取らせてもらったのだけれど、自分でも「これはダメかな」と思いながら師匠のところに持っていったんです。そうしたら、すぐに「問答無用。やり直し!」と一喝。突き返されました。私が疑問をもちながら持っていったのが、わかったのですよね。怒られたのだけれど、すがすがしかったですよ。

谷口:ともかく、よく怒鳴られましたね。よく言っていたのが、「トイレをきれいにできない者が、口の中をきれいにできるか」ですね。

岩田:それがあるから、今も週に一度はトイレの掃除をしています。

谷口:「歯医者で生きるのか、歯医者に生きるのか」とも言っていました。

岩田:歯を残すことが大切なんだ。そのために必要な額をいただきなさい」とも言っていましたね。しかし、よく怒られました。

インプラントについて

インプラントをやらないのも、師匠からの教えですか。

タニグチ歯科医院谷口:師匠はインプラントの方法をとりませんでした。でも、患者さんの中には他のところでインプラントをやって失敗してみえる方もいらっしゃるので、勉強してこいと言われて、東京医科歯科大学へ勉強しに行きました。東京医科歯科は、インプラントに関して技術的に優れているし、臨床例も数多くあります。「一番になるには、一番につけ」という師匠の方針で、行ったのです。
インプラントも、まじめにやっている先生はたくさんいらっしゃいます。その一方で、2月20日の日本歯科新聞に、インプラントの失敗で2200万円の訴訟を起こされたという記事が出ていましたが、それだけ高額の民事訴訟ということは、かなりひどいことになってしまったのでしょう。
インプラントにも、メリットはたくさんあります。例えば、若い女性が事故などで前歯を失ってしまったとき、入れ歯には抵抗があるし、ブリッジにすると横の健康な歯を削らなければならない。そんなときには、自分の歯とほとんど変わらないような歯を入れることができます。また、悪性腫瘍の治療で、移植してきた骨にインプラントを入れ、歯を入れた症例を見て、すばらしいと思いました。
ただ、疑問に思うこともたくさんあります。第一に、大学の授業でやっていないことです。虫歯にしても、入れ歯にしても、座学を1年、実技を1年やって、知識や技術を身につけます。しかし、インプラントは教科書にもほんの少し触れられているに過ぎません。昨年の国家試験でも、わずか2問しか出題されていません。

また、インプラントを入れるのは保険適用外ですが、除去については適用されています。それだけ、除去しなければならない症例があり、またそれがどうしても必要な処置として認められているからでしょう。それに加え、インプラントには世界統一規格もなく、まだ始まったばかりでスタンダードが確立していない分野なのだと思います。
そうしたことを踏まえた上で、患者さんに充分な情報提供をし、話し合って選択するのならいいのですが、なかなかそれができず、説明なしにやっている例が多いように見受けられます。
インプラントを否定するものではありませんが、全国8万人の歯科医師の中で、疑問をもつ医師がひとりやふたりいてもいいと思います。インプラントを勧める本は何冊も出ていますが、批判的に書いているのは師匠の本と、岩田先生がこの3月に出版した『歯は抜くな-インプラントの落とし穴』という本ぐらいです。

岩田:歯科医の求職者の中には、稼げるからというだけでインプラントをやっているところで技術を学ぼうとする人がいるかもしれません。しかし、まじめにやっている、真摯な態度でやっている先生もたくさんいらっしゃいます。歯がなくなってしまったところで、どうしても入れ歯はいやだという場合などには、インプラントは有効な手段です。

谷口:インプラント以外の方法で治療がしたいと希望する患者さんの受け皿としても、当院ではインプラントはやらないことにしようと決めています。患者さんにインプラントという選択肢があり、それにはメリットとデメリットがありますということを説明して、ご本人がその上でインプラントにしたいと希望するなら、我々が最も信頼できる東京医科歯科大学を紹介します。

インプラント以外の治療方法というと、具体的にはどうするのですか。

谷口:我々は、歯を安易に抜かないということを基本にしています。そのためにするのが、根管治療です。

岩田:根管治療には、とても時間と手間がかかります。その点、インプラントは材料も規格化されているので、家を建てるのにたとえると、更地に新築するのがインプラント、古い家をリフォームするのが根管治療といえます。更地にしてしまって新しい家を建てたほうがやりやすいに決まっていますが、歯の場合、自分の顎に自分の歯がついていることに大きな意味があるので、できる限りリフォームで新築と同じような美しさと快適さを実現したいのです。
どうしても歯を抜かなければならないといった場合に、入れ歯やブリッジといった方法は既に30~40年かけて熟成された技術になっていますので、基本を守って作れば、満足のいくものになります。

谷口:歯を抜く原因の多くは、根管治療がきちんとできていないことがあります。過去にやった歯の根の掃除がきれいにできていなくて菌が残ってしまったり、薬がしっかり中まで充填されていないために奥が化膿してしまったりして、抜かざるを得なくなってしまうのです。これは、レントゲンを見れば明らかです。
このような場合にも、まずはもう一度しっかり根管治療して、根の先まで充填材を入れてみます。それをせずに安易に抜くのはおかしいと思います。やるだけのことをやらずに抜歯してしまうのは、本末転倒です。ほんとうにできるだろうかと心配しながら始めても、やってみるとできるものです。根管治療は目に見えないところをきれいにしていく作業ですから、難しいものです。しかし、考えてみると虫歯の菌だって目に見えるものではありませんが、それを退治していこうというのですから、同じことです。

岩田:この目に見えない治療を成功するために、リーマーは1回で使い捨てにしています。細い根を削りながら進んでいくのには、リーマーの切れ味がとても重要です。またリーマーは、細いのですぐにだめになります。一般的には使いまわしているようですが、そうすると、金属疲労を起こして根の中でリーマーが折れてしまい、それを取り出すために再治療や抜歯をしなければならなくなるといった事故につながるのです。リーマーは繊細な道具で、新しいリーマーは刃を取り替えたばかりのカッターと同じです。切れ味鋭い道具で治療しなければ、いい治療はできません。そのため、当院では1本の歯の治療に300本ものリーマーを使い捨てる場合もあります。

谷口:リーマーに限らず、滅菌出来ない物はすべて使い捨てています。

基本に忠実な診療を

タニグチ歯科医院の歯科医療の基本となるのはなんですか。

タニグチ歯科医院谷口:第一に、充分に話をしてから治療に入るということです。先ほどお話したように、当院には診療室のほかに相談室があって、ゆっくりお話ができるスペースになっています。そこできちんと情報提供して治療を決定していくことが、大切だと考えています。

岩田:歯科医師は、歯の知識があります。その上で説明していても、行き違いがあるかもしれません。わからないことがあれば、いつでも質問してもらえるような状況で話しています。

谷口:以前友人と電話で話をしていたとき、友人が「鳩がキンをもっている」という話をしたのです。それを私は「金」をもっているとばかり思い込んで、鳩をみんな集めて「金」をとればいいというようなことをいい、友人は「そういうわけにもいかない事情がある」と……。しばらく話が続いたところで、実は「菌」をもっているということだとわかって、大笑いしたことがありました。このように、行き違いということはあるのです。10説明したからといって、相手に伝わっていないかもしれないのです。
歯科医師が、削るにしても抜くにしても、理由をつけることは簡単です。しかし、こちらの理由ではなく、患者さんが何を望んでいるのかということをきちんと聞いて、それに沿った治療をしていきたいと思います。

診療室がレントゲン室を兼ねているのは、どうしてですか。

岩田:それは、すべてのステップでレントゲンを撮って確認していくために、いちいち患者さんにレントゲン室へ移動していただく手間をかけないためです。
術前には、必ず患部を2方向から撮って、立体的な情報を得ます。次に、根管治療をしていって、リーマーが神経の先にまで到達しているかどうか、リーマーを入れた状態で撮影します。これできちんと先端まで入っていることが確認できれば、薬を試適します。それに問題があれば、やり直し、再度確認して薬の充填に入ります。そして、根管充填後に最終的な確認のためのレントゲンを撮ります。こうして撮影したレントゲン写真はすべて保存してありますので、いつでも過去にさかのぼって見ることができます。

谷口:本当は、このやり方は教科書どおりのもので、どこの歯科医院でもやっていて当然なのですが、さまざまな理由で行われていないのかもしれません。
それから、レントゲン現像機のコンディションを確認するため、毎日厚みが階段状になったアルミの塊を撮影して、いつも同じように写るかどうか確かめています。そうすることで、撮り直しを防ぎ、少しでも患者さんの被曝を少なくしています。

先ほど滅菌というお話がありましたが、それにも力をいれていらっしゃると。

谷口:滅菌できないものは、すべて使い捨てにしています。リーマーだけでなく、ダイヤモンドポイントも患者さん毎に使い捨てです。ダイヤモンドポイントは、外科医のメスと同じです。最高の切れ味の状態で使わなければ患者さんへの負担が大きくなりますし、このようなものを使いまわすと、感染の可能性も出てきます。

岩田:ゴム手袋も、歯科衛生士などを含めてみんな患者さんによって使い捨てるのは当然だと思いますが、そうしていない医院もあるそうです。B型肝炎やC型肝炎、HIVといった感染症の可能性を考えると、恐ろしいことです。また、根の治療時に雑菌が入ってしまったら、せっかくきれいにした根に菌を封じ込めてしまって、化膿の原因を作ってしまうことにもなりかねません。
またきちんとふさぐためには治療中の歯を乾燥した状態でプラスチックや金属を歯に接着することが大切なので、必ずラバーダム防湿を行います。

谷口:しかし、このようなことはみんな歯科の教科書に書いてある基本的なことで、特別なことはなにもないのです。しかし、基本に忠実にやるのはかなりたいへんなことで、それをやっていては保険診療ではペイできないし、患者さんとゆっくり話す時間をとることもできないのが現実です。
歯科衛生士さんを採用する面接をしたとき、「この部屋でいちばん新しい医療機器は、光重合器ですね」といわれましたが、最新の医療機器は特に入れていません。必要になれば増やしていくことも考えますが、今のところ特に不便は感じていません。

他に力を入れていることは。

谷口:歯科は、予防が大切です。そのため、健診やメンテナンスを呼びかけています。

岩田:会員制の年会費の中でチェックをやっていますが、なかなかみなさん忙しくて来院できないことも多いのです

谷口:歯科衛生士さんは、みんなものすごく歯がきれいです。歯に興味があって衛生士になったのだし、知識や技術もあるのだから当たり前なのかもしれませんが、一般の人にもぜひそんな歯になってほしいのです。そのために、どうやって興味をもち、磨き方を覚えて、続けてもらうか。それをいつも考えています。

岩田:僕だって、この世界に入らなければ面倒くさくて磨いていないと思います(笑)。でも、知ってしまうと歯磨きがどんなに大切かがわかるから、面倒でもやってしまいますよね。

谷口:とはいっても、無理やりは絶対に長続きしませんから、常に一定レベルでがんばってもらえるように、お手伝いしたいと思います。

岩田:仮に毎月来院したとしても、残り29日は自分でケアするしかないですからね。歯の治療は、種の上に石が乗っている状態から、石をとりのぞいてあげることです。私たちができるのはそれだけですが、そうすれば自然に芽が出て花が咲く。そのときに水をやって育てるのは患者さん自身なんです。

今後の方向性としてはどのようなことを考えていますか。

谷口:治療は、基本を忠実に実践していこうということです。
また患者さんと密になれるような心のふれあいを心がけていきたいと思います。専門家としての意見をきちんとお話し、どうしていくのかをいっしょに考えていきたいですね。
それから、今までどおり滅菌に力を入れていきます。器具の消毒をしっかりやることは、励行していきます。

プライベートな時間

自由な時間はどのように過ごされているのですか?

谷口:大学時代からの野球とスキューバダイビングは、いまだに続いています。野球も、草野球をやっていますよ。
それと、歯にまつわる神社を探してお参りしています。大阪の方に多いのですが、けっこう全国にあるのですよ。昨年10月には、瀬戸内市の妙興寺の「入れ歯供養祭」というのに行ってきました。歯のお守りもいただいてきて、患者さんに渡してモチベーションにしたりということもあります。
あとは、白衣を脱いだらお酒ですね、昨日も飲みすぎました(笑)。

岩田:私は、まわりの友達がみんな忙しくなってきてしまったので、家の近所でお酒を飲むぐらいですかね。『歯は抜くな-インプラントの落とし穴』が3月6日に完成したのですが、それまでは本にかかりっきりでしたし。医療に比べて歯の本というのはあまりないのですが、きっと、困ったときや「これでほんとうにいいのか…」とモヤモヤした気分のときに手に取るのだと思います。そんなときにわかりやすく、読みやすいようにと、工夫して書きました。
趣味といえば、スキーがいちばん好きですね。乗鞍や、北海道のトマムによく行きます。

後進へのメッセージ

これから歯科医師として成長していこうという方々へメッセージをお願いいたします。

タニグチ歯科医院岩田:どうして歯科医になったのかということを、忘れないでほしいですね。こういう治療がしたいというのと、稼ぎたいという気持ちとが、相反することがでてきてしまうと思います。そのときに、どちらかに負けてしまうとバランスが崩れてしまいます。いつも初心を忘れずにいたいと、私も思っています。すごい歯科医だと思う方は、誰もが「知識も技術もあるのが当たり前だ。その上で、患者さんの望む治療をしなければならない」とおっしゃいます。そのような仕事をしていきたいですね。

谷口:歯科医を一生の仕事として、楽しみながらやっていくことが大切だと思います。そのためには、患者さんから「ありがとうございます」と言ってもらえるのがいちばんです。治療がうまくいったからといって、喜ばれるとは限りません。患者さんが望む治療をして、満足のいく結果になって、心から喜んでもらうことを目指してやっていってほしいですね。

岩田:歯をどうしても残すことができず、入れ歯になってしまったときにも、「やっぱり入れ歯にしてもらってよかった」と言ってもらえるとほんとうにうれしいですね。