歯科経営者に聴く - たなか歯科医院 田中希代子院長

歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~

たなか歯科医院 田中 希代子 院長

兵庫県三田市に広がるウッディタウンは隣のフラワータウンと並んで、国際公園都市として街びらきした。神戸電鉄公園都市線の延伸に伴い、大阪駅や神戸の中心である三宮駅にも1時間足らずのアクセス可能な利便性を有する一方で、街全体の4分の1の面積を占めるという公園の多さから安らぎを感じる新しい街である。ウッディタウンは「すずかけ台」「あかしあ台」「けやき台」「ゆりのき台」と樹木の名前が付けられた4つのブロックからなる。
南ウッディタウン駅からアカシアの並木道を歩いて10分ほどのあかしあ台に位置するたなか歯科医院に田中希代子院長をお訪ねした。

開業まで

まず歯科医師を目指した経緯からお話し頂けますか?

 

たなか歯科医院父の勧めが大きかったですね。私は京都府綾部市の出身で、父は建設関係の会社を経営していまして、医師や歯科医師の方たちとゴルフなどをご一緒することが多く、いつも「人から『ありがとう』と感謝される仕事はいいね」と話していました。また女性ですし、手に職があった方がいいとも思っていましたから、歯学部受験を決めました。

1987年に長崎大学歯学部をご卒業になっていますが、その後大学病院に残られた理由をお聞かせください。

その頃は大学病院に残る人の方が多かったですね。一般の開業医に行く人は最短で開業したいと考えている人たちぐらいでした。私の場合は矯正歯科学を専攻することにしたので、大学しか選択肢がありませんでした。専門医も少なかったですし、いきなり矯正を学べる開業医はほとんどありませんでした。

なぜ矯正を専攻しようと思われたのですか

女性ですし、審美的なことに興味があったんです。虫歯を治す、痛みをとる、噛めるようにすることなどよりも、審美的な変化が分かることに患者さん自身が喜んでいらっしゃるのを見てきました。美容整形に似たところもありますし、イメージとして「女性の仕事」かなと思っていました。患者さんをより綺麗にしてあげる仕事は大きな遣り甲斐がありそうでしたし、まだ審美歯科がクローズアップされていませんでしたから、行くなら矯正だと迷いはなかったです。

開業地を九州でなく、こちらに決めた理由をお話しください。

>九州には九州大学を初めとして歯学部のある大学が多く、歯科医院も多いです。ところが関西は歯学部のある大学が少なく、人口の割りに歯科医院も多くありませんでした。そこで関西がいいなあと思うようになりました。ウッディタウンは都市基盤整備公団が開発を進めてきたのですが、土地の利用についての規約で購入して10年は転売禁止となっており、競合物件の存在も避けられそうでした。
テナントに入居する歯科医院も多いですが、テナントだと何も残らない気がしていましたし、また子どもを育てながら仕事をしたいと思っていましたので、土地、住宅付きの物件が良かったのです。

こちらの第一印象はいかがでしたか?

将来性のあるニュータウンという感じでしたね。ウッディタウンの街びらきとほぼ同時に、1992年に開業したので全てが新しい中で開業して診療ができるという喜びがありました。

開業後

開業直後はどういう歯科医院だったのですか?

たなか歯科医院 チェア4台で開業しました。当時は一般的な歯科医院でしたよ。主人が中心に診療していまして、私は矯正をメインにやっていました。将来的には医師と組んで、美容整形と矯正をやっていきたいという漠然とした夢がありましたが、子育てが優先でした。

一般歯科も徐々に始めるようになったんですか?

主人は開業医で学んでいまして、一般歯科については勉強していたのですが、私にとっては初めてのことでした。それで抜いた歯で練習を始めて、症例を選んで診療も始めていきました。永久歯の抜歯や入れ歯やブリッジなど大きな補綴物など避けては通れないので、新米の勤務医がステップアップするような感じで、勉強していきました。

それが今では多くの高度治療をこなしていらっしゃるんですよね。

一般歯科を3年すれば、保険診療については大体できるようになっていました。そして段々と面白みがなくなってきたんです。1997年に院長を交代し、私が一人でやっていくようになったのですが、その頃から最先端医療を行う勉強会に足を運ぶようになりました。中でもJIADSの勉強会では今まで見たこともないような素晴らしい治療を知って、こんな治療ができるなら、保険の枠を超えていきたいと思うようになりました。

高度治療への取り組み

高度治療へと方針転換するにあたり、苦労されたことについてお話し頂けますか?

スタッフの考えを変えていくことでしょうか。高度治療の良さをスタッフがまず理解しないといけません。最初は「患者さんに高いものを売りつける」、言葉は悪いですが「ぼったくり」のようなイメージがありましたから。全員に対して話をしたり、個人的にも場を設けたりと、丁寧に説明することで、スタッフが持つそういった違和感を取り除いていきました。

どういうスタッフが自由診療に向かないとお考えですか?

向学心の少ない人、好奇心の少ない人、思いやりのない人でしょうか。スタッフにはどうして自由診療が良いのかについて、その内容の深い部分から理解してもらう必要があります。また、多くの時間と費用をかけていただいている患者さんに対して、より良い医療サービスを提供したいと常に向上心を持ち続けられるスタッフでなければ、患者さんの十分な満足を得ることも難しいと思います。ただ、最初からそのような気持ちで勤めてくれるスタッフは少ないのが現状で、院内でのスタッフ教育はもちろんのこと、東京、大阪、京都や金沢までも手術の見学や学会に連れて行き、スタッフのモチベーションを上げるように努めています。

現在、インプラントはどの程度なさっているのですか?

埋入だけですと、週に1例程度でしょうか。もっと増えてもいいのでしょうが、高度治療を行えるのは私だけですので、この程度になるかと思います。

矯正に関してはいかがでしょう。

矯正も一人でやっていますので、忙しいですね。最近のインテリ層やエリートサラリーマンの親御さんなどは矯正も含めて子どもさんにお金をかけることを厭いません。このあたりはそういったニーズの高さがあります。また子どもさんが矯正されたことで、お母さんも矯正するというケースも多いです。お母さん世代では、矯正したかったけど、地域的なことや費用的なことなどが難しく、矯正できないままだった人たちがたくさんいらっしゃいますから。30代までは「おしゃれでいたい、おばさんになりたくない」という感じですが、50代を超えると「より綺麗になりたい」という声を聞きます。私どもでは60代の方も矯正をされたり、ホワイトニングをされたりしていますよ。

非抜歯矯正も流行っていますよね。

非抜歯矯正に関してはケースバイケースだと思います。「見えない」矯正は基本的に可能ですが、「抜かない」矯正は症例によって決まります。本来であれば、抜かなくてはいけなかった歯を抜かないことで失敗する例もあります。

スマイルアート

併設のサロン、「スマイルアート」について、お聞かせください。開設の動機はどんなことだったんですか?

電車の中で人の会話を聞いてますと、意外に歯や歯医者の話をしている人が多いんですよ。歯医者に行くのが嫌だと言って、素人が素人に歯の相談をしています(笑)。内科的な疾患はない人はないんですが、歯の疾患に関してはほとんどの人があります。そこで歯医者が苦手な人が気軽にカウンセリングに来れるところを作りたかったんです。

外から見ると、エステティックサロンのような雰囲気ですよね

歯医者ほど敷居の高くない雰囲気を目指しました。患者さんのほとんどは言いたいことがあっても、自分の知識がなくて言えず、結果として「もう二度と行かない」と思われるなど、私からすれば惜しいんです。もっと患者さんがイニシアティブをとれる場所にしたいと思っていました。作る前はいろいろ夢もあったのですが、なかなかリスクも取れないので、患者さんやお客さんがいらっしゃらないときは別のことに使ったりしています。予約制にしていますので、歯科衛生士のシフトも組みやすいです。

広告などはどのように展開されたのですか?

このあたりは人通りもあまりありませんので、工夫しなくてはいけませんでした。お金はかかりましたが、JR新三田駅に看板を出し、フリーペーパーやタウン誌などに出稿しました。あとはスタッフとポスティングを行いました。お蔭様で、サロンを経て大口の患者さんになられた方もいらっしゃいます。

スタッフ教育について

たなか歯科医院予防歯科にも力を入れていらっしゃいますが、予防歯科では歯科衛生士の重要性は大きいですよね。はい、そのとおりです。かなりの自由度を持って、衛生士が活躍できる場ですから、その面白みが理解できてくると、衛生士にとって、とてもやりがいのある仕事だと思います。ただ、一見楽そうに見えるということで予防に取り組むというのは間違っていますね。治療よりむしろシビアな要素があります。というのは、治療だと少しでも良くなれば互いに多少の満足感を得ることができますが、健康な状態でわざわざ時間を作って来られている患者さんにとってみれば、問題が起こらなくて当たり前という意識が多少なりともありますから。歯科医師の介入が少ないだけに、衛生士には、より多くの責任感と熱意が要求されると思います。

私どもでは「聞き忘れ」がないようなチェックシート付きのカルテを作っており、患者サービスが衛生士の経験値になるべく左右されないように業務のマニュアル化に努めています。さらに、マニュアル以上の事柄に関してはルーチン(約1回/週のペース)にスタッフ教育を行うことでカバーしていくよう努めています。

どのような研修をされているんですか?

勉強会に行くと、何か得たり、感動する体験をするものですが、最近の衛生士はあまり勉強会には行きたがらないですね。そこで院内で行っています。講習会などで活躍されてきた衛生士の方に来て頂いて、歯石除去や器具の使い方などを研修させています。徐々に衛生士としての仕事の面白みを分かっていってもらえたらと願っています。

今後の展開

今後の展望について、お聞かせください。

1997年に院長を引き継いで、今ほぼ自分の理想の歯科医院になってきたかなあと思います。これからは治療を終えた患者さんたちのメンテナンスが重要です。きっちりとケアしていきたいですね。自由診療は保険診療に比べて、時間もお金もかかります。それでも「良かった」と言って頂けて、他の患者さんへと口コミで広がっていくのか、本当の勝負はこれからです。

開業に向けてのアドバイス

昨年から見学に来てくださる先生方が増えました。しかし面接ではお給料のことばかりをおっしゃる方もいます。経営する側からいえば、保険点数は決まっていますし、お給料以上のものを持って、そして学ぶ意志を持っている方でないと困ります。楽して得られるものは何もありません。苦労した分は糧となります。それが良い診療スタイルにつながり、将来開業したときにきっと役立つと信じています。