歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~

医療法人いなほ会 くまざき歯科 熊崎眞義 理事長・院長

今月はくまざき歯科の熊崎眞義理事長をご紹介する。熊崎理事長は1962年、大阪府堺市に生まれ、東大阪市で育った。お父様は大阪歯科大学の教授としてレーザーの開発に携わりながら、東大阪市で歯科医院を開業しておられた。親類にも歯科医師が多く、自然に歯科医師への道を志したという。1987年に大阪歯科大学を卒業後、大阪歯科大学歯科保存学講座に入局し、研究の道を目指すが、1992年に大阪府富田林市でくまざき歯科を開業する。

歯科保存学講座ではどういった研究をされたのですか?

レーザーの研究です。その頃は大学院を出て、将来は教授にと思っていました。歯医者からも「先生」と呼ばれる立場に憧れがあったのです。その路線を突き進めるためには父親の言うことを聞かなければいけないわけですが、当時は若かったのでしょうか、素直に父に従うことが嫌でした。そこで父とは違う道を選択しようと思い、全く異なる環境に身を置く決意をしました。

勤務医のご経験から学ばれたことはどういうことですか?

大学で習ったことやそれまでのアルバイトの経験から得たこととは違う世界でしたが、患者さんに対するスタンスを確立できたと思っています。

1992年にくまざき歯科を開業されました。最初はテナントでやっておられたんだそうですね。

現在と同じ富田林市で開業したのですが、ビルの2階にテナントとして入りました。小さい階段で上がらなくてはいけなかったし、場所も13坪と狭くて、チェアも3台でしたが、最初から患者さんは多かったですね。1994年には現在の場所に移転しました。

ほぼ150坪あります。最初チェアは4台だったのですが、現在は6台です。これ以上増やしてしまって、うまく回らなくなることは避けたいので、あとは分院の増設を考えています。

分院も3院と多いですね。

東大阪診療所は今は妹がやっています。あとは滝谷不動診療所(富田林市)と昭和町診療所(富田林市)をそれぞれ1999年と2002年に開設しました。分院長の管理に任せるところは任せています。

訪問診療を積極的になさっていますが、内容をお話し頂けますか?

勤務医時代にも昼休みに行うなど、割と早くから訪問診療をしていたのかと思いますが、親戚の一人が「俺は50年前から訪問していた」と言っていましたので、驚きました。
現在は訪問診療用の車を5台備えています。基本的には現状維持のままで食べられるようにということで、修理やリベースが中心です。富田林市内の他は、車で20分程で行ける羽曳野市、河内長野市、大阪狭山市といったところが主な訪問先です。歯科医師は4人の体制を組んでいますが、手一杯な状況です。

スポーツ歯学にも深い造詣がおありですが、どういう治療をされているのですか?

主にマウスピースやポーセリンベニヤですね。もともと格闘技が好きで、極真空手をされている方々と知り合いだったんです。そこでマウスピースの製作を依頼されたことがきっかけですね。マウスピースの厚さに関しては様々な意見がありますが、ちょうど良いものであればインパクトの瞬間に1.3倍の力が出ると言われています。ただ野球の場合ですと、その1.3倍の力に身体がついていけないこともあるそうです。結果として、ふくらはぎを痛めてしまうという弊害の出るケースもあるようです。

スポーツ歯学にとって、咬み合わせは非常に重要なポイントですね。

バイトが上がりますと緊張が緩みますので、頚椎の中の自律神経の働きが向上します。そのため目がすっとしたり、肩こりや偏頭痛が治ったり、心臓、内臓の働きが活発になる効果ももたらします

プロ野球選手と親しくされていますよね。

もともと藤井寺を本拠地としていた大阪近鉄バファローズの大ファンだったのです。ですから今は東北楽天イーグルスとオリックスバファローズの両方を応援しています。楽天の川口憲史、高須洋介、藤井彰人選手の治療をしていますし、オリックスの大西宏明、的山哲也選手とはよく遊んでいます。彼らはタテ社会で過ごしてきていますから、目上の人に対する接し方が非常に気持ち良いのです。大学野球の世界では学年が上の選手に敬意を払うわけですが、プロに入ると学歴は関係なく年齢順になります。高校卒業して3年目ぐらいで大活躍していても、大学を卒業したばかりの2軍の選手に対して敬語を使いますし、年上であるならば、自分の何倍もの年俸のある年下の選手にご馳走してやらなければいけません。非常にユニークな世界ですが、目上の人に従う若い選手を見ると、何で若い勤務医は目上の人に従う気持ちを持てないのかと思いますね(笑)。

最近の若い先生方を、どのように御覧になっていますか?

若いうちは技術はなくて当たり前なんです。心があれば、そこをカバーしていけます。そういったやる気がない以上はセミプロであって、プロとは言えません。プロの歯医者だと自認するなら、歯医者とは何であるのか語れないといけません。

待遇面での要求が強いのですか?

給料に関しては、たくさんもらえればうれしいんでしょうが、たくさん貰えたらそれなりの腕を見せなければいけないので、むしろ要求しないのではないですか?休みの確保にはこだわりがあるようで、自分の生活が第一なのかなと思います。

熊崎理事長は挨拶に非常に厳しいとか。

挨拶ができない先生はドアの下の敷居を踏むような人なんですよね。それから時間にも非常にルーズです。そういう先生方では患者さんとの人間関係は壊れてしまいますよ。それでも「削らせてください、練習させてください」と言ってくるので、まずは挨拶ができてからだと言うわけです。大学は国家試験に受かるためのノウハウを中心に教えますし、高校は大学に受かるための指導です。そして中学は高校に受かるため・・と来れば、挨拶を教えるのは親なわけです。その親の教育がなっていないと思います。

確かに最近の親御さんの教育は以前と比べると甘いようですね。

ホテルでフロントや掃除のスタッフの「おはようございます」という挨拶にどれだけの人が返せているのかということですよ。挨拶はお互いに交わしてこそ、コミュニケーションなのです。それが分からずに育つから、歯医者としてのプロ意識が持てない人たちが出てきます。冠婚葬祭のマナーも知らないのは、やはり親の教育の欠如だと思いますよ。

歯科医師会には入っていらっしゃいますか?

入っていますよ。土日の診療をする歯科医院は歯科医師会に入らないところが多いですが、私は土日に診療するからこそ歯科医師会に入る意義があると思っています。ところが、最近の若い開業医は歯科医師会に加入しないのは理解できるとしても、電話1本かけるわけでないと聞いて、それには違和感がありますね。内覧会は忘れずにやるくせに・・と皮肉の一つも言いたいですよね(笑)。

熊崎理事長の指導方針をお聞かせください。

指導方針をマニュアル化しているところもありますが、私は特にマニュアルを作っているわけではありません。全ての基本は患者さんがオッケーならオッケーということです。患者さんが一番大事で、患者さんが損をするようなことがあったらいけません。そのためにはひたすら修行をする時期が必要です。
夜の10時過ぎでも美容室の前を通ると、シャッターが半分下りた店内で若い美容師さんが懸命に練習している姿を見かけることがありますよね。ああいう練習をなぜ歯科医はしないのでしょうか。私どもでも「夜中までやっていいぞ」と言われたら、夜中まで練習して、その後、私が差し入れたカップラーメンをすすり、酒を飲んで、朝まで医院にいるような勤務医がいたのですが、5、6年前からそういう姿も見えなくなりましたね。

雰囲気が変わってきたのでしょうか?

理由や原因は分かりませんけどね。こちらが言って、はじめて練習するというのではダメだとも思いますし、言っても仕方ないですしね。今は「うちに来てくれた人のレベルが最高レベルなんだ」と思うようにしていますよ。私どもを辞めて開業した先生方と「熊崎会」という会を作っていますが、成功している人は割と顔を見せてくれます。本当に嬉しいですね。出来る限り助けてあげようという気持ちになります。

熊崎理事長の「開業はゴールではなく、スタートだ」という信念は素敵です。

勤務医の目標は組織の歯車になることではなく、経営者になることなんですよ。目先の楽さを追求して、休むことを考えず、そこで頑張ろうと思わなければいけないでしょう。休むとペースが掴めないのですよ。喜劇役者の藤山寛美が休まなかった話は有名です。私も盆休みや年末年始の休みの後は「下手になった」と思ってしまいます。修行を重ね、出来なかったことが出来るようになる喜びを分かって頂きたいですね。「資格」を取得するのと「歯科医」として患者さんから認められるのは全く別の話です。免許があるから「俺は歯医者!」と思うか、今からが「スタート」と思うかです。ましてや「開業」は「ゴール」でなく「スタート」です!まさに「初心忘るべからず」なんですよ。

たくさんの座右の銘が壁に掛かっていますね。

「習うより慣れろ」「継続は力なり」というのはよく聞かれるものですね。「弱気は最大の敵」という言葉は亡くなった広島東洋カープの津田恒美投手がグローブに書いていたという言葉です。これらの言葉を若い先生方にお贈りしたいです。