歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~

歯科衛生士 戸田さん

「en-rond(アンロンド)」は、歯科衛生士によるステディーネットワークだ。都内を中心に講習会等を開催し、歯科衛生士の社会的地位向上、および衛生士個人のレベルアップを目標としている。
今回はその主催者である、戸田さんにお話を伺った。

歯科衛生士 戸田さん

1.en-rondのこれまで

イメージ 歯科医院戸田さんがen-rondを発足させたのは2000年の二月のことだった。
「講習会オタク」だったという戸田さんは、最初の医院に勤めていた頃から、様々なセミナー等に出席していた。歯科衛生士業務について疑問を抱くことが多く、かといって十分な指導をしてくれる先輩もなく、自ら知識と技術を求めて休日を返上していたのだ。
すると、行く先々で目にする顔が決まっている。同じように自分の知見を広げるべく、講習会に通っている衛生士さんたちだった。

ある講習会の帰りに、そうして知り合った友人たちと「良い勉強会はないか」という話になったが、都内では見当たらなかった。丁度2000年という節目を迎える直前であったこともあり、「ないなら、自分たちで作ろうじゃないか」と勢いがついた。それ以前から別の衛生士グループにも参加していた戸田さんは、自分が先頭に立ってネットワークグループを作ることになったのだ。

「衛生士のメーリングリストで人を集めたり、講習会で知り合った友人を誘いました。会場も知人に無料で貸して頂いて。最初は二十人でスタートしました。毎回テーマを決めて知っている先生を招いたりしたのですが、『とにかく集まって楽しくやろう』という、安易なところがあったので、会の方向性がまとまらずに苦労しました」

講師への依頼などを、当初はほとんど一人で切り盛りしていた戸田さんだが、今はグループを四つの班に分け、それぞれの班が企画を立てることにしている。テーマ性を持たせるために、毎年四月に年間計画を話し合う。「講習会オタク」の経験から、自分が聞いてよいと思った先生、『これはみんなが知っておいた方がよい』という話をされる方を招いた、という。

現在メンバーは24名、それほど多くはない。人数が増えても実際に動ける人間は限られてしまうため、「上限は三十人」と最初から定めていたのだ。それでも、「一般の講習会に顔を出しにくい人に門戸を開いておきたい」という。出産後に現場復帰したいがレベル的に顔を出しにくい、子育ての傍らで時間がない、など、様々な衛生士さんの事情を鑑みてのことだ。

向学心と職業意識に満ちているen-rondだが、戸田さんの望んでいるレベルには達していないという。その背景には、歯科衛生士の職場環境が大きく影響している。

「本当は症例報告もしたいと思うですが、症例の記録が十分にないのですよ。歯科衛生士自身が個人で症例を持っていないのです。働く医院によって、症例の資料となる写真や模型、レントゲンなどがとれない場合があるからです」

せっかく講習会で勉強しても、医院に帰るとなかなか活用できない、という現実もある。
歯科医師と医院の方向性や治療方針が違っていると、せっかくの技術も活用の場がない。歯科医師の理解と協力が必要なのだという。

「歯科業界全体がレベルアップして欲しい、という気持ちはあります。ただ、医院でできないからといって、衛生士が知らなくてよい、やらなくてよい、ということにはならないと思います。プロ意識をもって、自分なりの歯科衛生士像を確立するべきだと思います」

2.衛生士として

そんな戸田さんも、衛生士を目指した時には、強い熱意があったわけではなかったという。

「なんとなく手に職があった方がよい、医療系は収入は安定している、と思って。でも看護士さんは血を見ることが多くて、大変そうじゃないですか。そんな時に、親から歯科衛生士という仕事を教えてもらったのです」

少し安易な気持ちもあったことから、衛生士学校時代の経験は厳しかったという。

「例えば、セメントの粉と液を混ぜるのも、手早くやらないといけません。歯石を取るのも目に見えないところのを取るわけですから、簡単ではないです。『不器用な自分には無理じゃないか』と何度も思いました」

実習に追われるうちに一年がすぎ、二年目の夏からは国家試験対策で忙殺された。他の道を考えるにも、その余裕すらなかったという。
卒業後、都内の歯科医院に就職した。
ユニット数六台、ドクターが三人という、大きめの開業医だ。千葉の自宅からの通勤にも苦労したが、夜間診療も大変だった。ローテーションのシステムがうまくできておらず、夜間診療に残る日が続き、体力的に限界を感じたという。
また、講習会への参加も問題になった。

「ブラッシング指導をまかされ、いろんな不安や疑問がわきました。先輩の衛生士さんに尋ねてもよくわからず、講習会で勉強したいと思ったのです」

診療勤務を休んでの講習会への参加に、最初は好意的だった歯科医師も、「手が足りないのに休まれては困る」と、面白い顔をしなくなっていった。そんな中、最初の医院を辞め、自宅近くの診療所に勤めることを決めた。ユニット数が三台の、ドクター一人による小さな診療所だった。

「最初の医院では、インレーの調整や仮歯の作製といった、いわゆる治療行為が仕事の中心でした。ところが、次のところは歯周病治療に力を入れているところで、まるで仕事内容が違ったのです」

「『プロービングできる?』からはじまり、キュレットスケーラーでの歯肉の中の歯石除去。慌てました。実習では教わっていましたが、今まではやっていなくて」

また、歯科衛生士業務以外にも問題があった。

「ユニットが三台で、同じ時間に三人の患者さんをお入れするのです。先生が治療できるのはお一人ですから、『待っている患者さんについていてあげることも大事な仕事だ』と院長から言われました。当時は話ベタで、会話が続かない患者さんについているのは、大変つらいものでした。逆に同じ年の歯科助手の子がとてもコミュニケーションが上手で。やっぱりこの仕事は自分には向いていない・・・と大変落ち込みました。」

しかし、このことをキッカケに、コミュニケーションや人付き合いの本を読み始め、カウンセリングにも興味を持つようになった。後の戸田さんにとっての重要な契機だ。技術だけではなく、コミュニケーション能力の重要性を思い知らされたのだ。
また、当時は衛生士の間でも介護の話題が登るようになった頃で、「カウンセリングのテクニックが使えるのではないか」と福祉の世界にも興味を持った。この歯科医院には五年ほど勤めたが退職し、半年かけてヘルパー一級の認定も受けた。

「次の仕事を探す時、三つの選択肢があったわけです。衛生士か、ヘルパーか、あるいは全く違う仕事に就くか。結局訪問診療のある医院を探すことになったのは、衛生士とヘルパー、両方の能力を生かせるのではないか、と思ったからなのです」

福祉やカウンセリングの技術を持っていることは、衛生士としては大きなアドバンテージなのではないか、と尋ねたところ、またも医療・福祉の現状そのものに関わる答えが返ってきた。

「福祉の勉強をしてよかったと思うのは、医療と福祉、二つの視点を持てたということです。医療と福祉。視点は違って当然なのですが、お互いの視点を理解することが大切です。しかし、現場ではその理解か不十分ですれ違っていることに気がつきます」

例えば、医療側は"病気"を中心に人を見る。しかし福祉側ではクオリティオブライフの向上を、つまり"生活"を中心に考える。ホスピスケアの導入などで医療側の見方にも変化があるが、やはり両者は一つのものを眺める二つの視点と言ってよい。

「異なった二つの視点は当然必要です。違って当然。役割が異なるのですから。問題は、本来協調しなければならない両者が噛み合わないと、中心にあるべき患者さんの立場が疎かにされてしまいかねない、ということなのです。両者の間できちんとした話し合いや情報交換の機会が持てたらよいのですが、時間的な制約もあって、難しいのが現状です」

両方の視点を学んだ戸田さんには、どちらの職種の人と接する場合でも、ベースがあるのでコミュニケーションが取りやすいという。

3.これからの衛生士

イメージ 花様々な領野を積極的に取り込んできた戸田さんだけに、歯科医療に対する眼差しは厳しい。
「補綴中心の歯科医療では、口腔衛生管理という、衛生士本来の仕事がなかなかできません。補綴物の調整や、仮歯の作製などの治療行為が中心になってしまいます。『衛生士の将来は最初の医院で決まる』と言われますが、常に自分のスタンスを持っていないと、本来の歯科衛生士業務のできない衛生士になってしまいます。しかしながら、本来の歯科衛生士業務のできる医院が、まだまだ少ないというのも、歯科業界の現状でもあります。

では、『歯周治療』中心の歯科医療がよいのでしょうか? これもまた疑問です。いくら歯肉がよくなったとしても、きちんとした補綴物が入らなければ、歯周病はよくなりません。さらに、歯周治療をすれば、歯肉が下がって虫歯の危険度は一層増します。一口腔単位で、虫歯・歯周病を含めたトータルな治療の視点が大切だと思います」

衛生士自身の姿勢についても、冷静な視線を向ける。

「衛生士はもっとコスト意識を持たないといけないと思います。コスト意識がない、というのは、責任がない、ということです。数十万円の口腔衛生士指導をするなら、それだけのことを自分がするのだ、というチャージに対しての責任意識を持たないといけないと思います。」

アメリカでは衛生士対患者さん、という関係がはっきりしていて、患者さんから「衛生士を代えてくれ」とシビアな要求がされることも多いという。一方、日本では、衛生士と患者さん間に歯科医師を挟んでいるので、どうしてもチャージに対しての責任感が薄れる。

「『衛生士にTBIを任せて、患者さんのブラッシングがよくなっていないのに、衛生士はちっとも責任を感じていない』とある先生がおっしゃったことがあります。自分の仕事に対しての責任を果たさない衛生士が多いというのです。プライドと責任を持って仕事をしている衛生士・・・果たしてどのくらいいるのか・・・多分2割もいないのではないでしょうか?」

医院と衛生士、という関係ではなく、「患者さんと自分」という意識が必要になる。またコミュニケーションがなければ、歯科医療は無機質なものになってしまう。

「ブラッシング指導にとって、一番重要なのは患者さんを動機付けることです。歯科疾患についてきちんと理解して頂き、自ら進んで自分のお口の健康のために行動するように導かなくてはなりません。一方的に、歯磨きの仕方を押し付けることではありません。なぜこの歯ブラシがよくて、このやり方が必要で、どういう目的と効果があるのか、きちんと伝える能力が必要になってきます。そのためにはコミュニケーションスキルがかかせません」

戸田さんの歯科医療に向ける理想は高い。
興味のある衛生士さんは、en-rondのサイトからコンタクトをとってみるのも、一つのきっかけになるかもしれない。