歯科経営者に聴く - 西鉄グランドホテル前オレンジ歯科 八丁裕次理事長

歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~

医療法人 永考会 西鉄グランドホテル前オレンジ歯科 八丁 裕次 理事長

加茂歯科クリニック 外観

福岡市中央区大名は九州最大の繁華街である天神の西隣に位置し、数多くの飲食店やアパレルの小売店が軒を連ねているエリアである。街のランドマーク的存在が西鉄グランドホテルであり、1967年の開業以来、福岡市を代表する老舗ホテルとして、国内外に知られている。
西鉄グランドホテル前オレンジ歯科は文字通り、西鉄グランドホテルの前のビルに2015年に開業した歯科医院である。「通いやすさ」、「親しみやすさ」をコンセプトにし、この地区では珍しい日曜診療や夜9時までの診療を行っている。

むこうはら歯科医院 向原 正 院長

医療法人 永考会 西鉄グランドホテル前オレンジ歯科 八丁 裕次 理事長

プロフィール

  • 1977年 山口県 生まれ
  • 2002年 松本歯科大学 卒業
  • 2002年 松本歯科大学病院 勤務
  • 2005年 医療法人社団 親和会 勤務
  • 2008年 医療法人社団 和晃会 勤務
  • 2009年 ゆめシティオレンジ歯科 開設
  • 2011年 長府オレンジ歯科 開設
  • 2012年 関門トンネル前オレンジ歯科 開設
  • 2013年 おのだサンパークオレンジ歯科 開設
  • 2015年 西鉄グランドホテル前オレンジ歯科 開設
  • 【学会 他】
  • 日本禁煙科学会 認定医
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開業に至るまで

歯科医師を目指されたきっかけについて教えてください。

希望に燃えて歯科医師になったのではないですね。両親も医療の仕事ではなく、商売をしていました。はじめは家業を継ぐつもりで、のんびり過ごしていました。しかし、兄が実家を継ぐと急に決めたので、次男坊の私は何をしようという事態になったのです。高校3年生の夏休みの最後の進路相談で「歯科医師はどうだ」と言われたのがきっかけです。どうにか歯学部に滑り込みましたが、学費は遺産分けだと言われましたね(笑)。

研修後、最初の勤務先を選ばれたポイントはどんなことでしょうか。

最初の3年間は大学の口腔外科で過ごしました。将来、街の歯科医師として、歯を抜ける、傷口を縫えるといった最低限の口腔外科処置のための手技を手に入れたかったからです。一般歯科はそのあとで学ぼうと思い、ファーストチョイスを口腔外科にしました。

その後の勤務は一般歯科ですね。

何軒かお世話になりましたが、一般診療の手技のほか、経営者になるための心構えを勉強させていただきました。大きな医療法人の理事長先生と直接、仕事をさせていただいたりもして、言葉をかけていただいたり、先生の姿を見ながら学んだことも大きかったですね。

開業に至る経緯をお聞かせください。

卒後7、8年目になると分院長を経験したくなり、埼玉県で働いていました。しかし、一度は実家に戻って、結婚したり、親を安心させないといけないという思いが芽生えてきたのです。そこでインターネットで九州や山口県の勤務先を調べていたところ、実家の近くにゆめシティという大きなショッピングモールができるというニュースを知りました。関東のショッピングモール内で仕事をしたこともあったので、ある程度は安定した開業ができるのではという確信がありました。土地を買ったり、建物を建てたりするよりはテナント開業の方が低リスクですし、すぐに人づてにお願いして、入居の手配を始めました。

資金の調達はどのようになさったのですか。

資金調達は親や兄が保証人になってくれましたし、担保も入れましたので、安泰でした。しかし、金融機関も今よりは厳しかったですね。現実は甘くないと悟りましたし、悲しい気分になったこともあります。私は勤務医時代には一人で40万点から50万点ぐらいは上げていましたから、そのぐらいの稼ぎはできるはずだという自信があったのです。ただ、初対面の人はそんなことを知らないですし、知っていても関心を払われるわけではありません。新しい歯科医院で実績が出るのかどうかは未知数でしたから、私も甘かったのですね。

埼玉県で働きながら、山口県での開業準備は大変でしたね。

5月に開業を決意してから、12月に開業するまではほぼ毎週、山口に行っていました。週2回の休日を連休にしていただき、朝一番の飛行機に乗り、埼玉へ戻るときも朝一番の飛行機でした。

スタッフ集めはどのようになさったのですか。

求人媒体などへの資金を削ろうと思い、ハローワークにお願いしました。ただ、ホームページを早めに立ち上げることができましたので、そこでの募集も行えたのは良かったです。

理念や治療スタイル

診療理念をお聞かせください。

患者さんを自分の家族だと思って、最善、最良の診療をしましょうという方針です。神奈川県の親和会の理事長先生から学んだことですね。

では、経営理念についてはいかがですか。

患者さんに喜んでいただける診療を提供することです。そして、その報酬でスタッフが幸福な生活を送るための経営基盤を作ることですね。日本の歯科医療現場ではコメディカルスタッフの報酬がなかなか高くならないと言われていますが、私どもではスケールメリットを考慮し、ある程度の規模までは拡大して、しっかりと賃金を出せるようにしたいのです。よい診療をして、皆に十分な報酬を払えるように頑張ろうと思っています。歯科も企業ですから、経済活動なのです。クライアントである患者さんに対して良いサービスを提供し、スタッフ皆の幸福を追求していきたいです。

ほかの歯科医院との差別化について、教えてください。

日曜日診療や夜9時までの診療を行っています。また、痛みを極力、出ないようにするシリジェットという針のない麻酔といった独自の麻酔の打ち方も差別化でしょうか。それからRodyを使って企業イメージを向上させ、ブランディングをしっかりさせていくことも目指しています。キッズスペース併設のユニットや診療室もそうですね。診療するスペースとキッズスペースを分けるところが多いですが、家族が頑張っている姿や子どもさんが遊んでいる様子をそばで見られた方が安心されるようです。子どもさんもお母さんの治療の間はDVDを見たり、Rodyに乗って遊んでいますよ。このスペースがあることが来院動機になっている方もいらっしゃいますし、こうした変わった作りは人気ですね。

Rodyを使っているのは斬新ですね。

Rodyはイタリアのゴムメーカーの販促用のキャラクターでしたが、ヨーロッパで有名になり、1980年代に日本に来ました。今は台湾や中華圏といったアジアにも広がっていて、台湾にもカフェがあります。東京都内にもカフェができており、羽田空港の第1ターミナルにはRodyを使ったキッズカフェもありますね。日本ではBabyRodyという赤ちゃん向けのものもあります。先日、私どもではRodyを使ったヨガの第一人者である高橋由紀先生をお招きし、歯科健診とのコラボレーションを行いました。皆さんに喜んでいただけましたよ。

スタッフ採用・育成

増患対策について、お聞かせください。

患者さんが歯科医院の診療方針を理解され、楽しい場所だと思ってくだされば来院に繋がるのではないでしょうか。診療をしっかり行えば、口コミになりますし、これが一番、有り難いです。一方で、私どもの強みはRodyを使ったブランディングなど、イベントも含めて発信していることでしょう。

分院を出したきっかけはどのようなものだったのですか。

分院を出すにあたってはそれぞれに意味がありました。初めての分院は1軒目が盛業となり、患者さんの受け入れが難しくなったからです。長府地区からの患者さんが多かったこともあり、本院から10キロほど離れた場所に長府オレンジ歯科を出し、ゆっくり診療できるようにしました。本院はここまで患者さんが増えるとは想定していなかったので狭いのですが、長府オレンジ歯科は広めに設計しました。そのときに歯科医師と歯科衛生士の募集をかけましたが、山口県でかけるよりは福岡県でかけた方が有効だろうと考え、下関から15分程度で行き来できる門司港での分院を作ったのです。その関門トンネル前オレンジ歯科にスタッフを集めることができましたので、良かったですね。4軒目は山口県山陽小野田市の「おのだサンパーク」というショッピングモールの中に出しました。これは遊びに行ったときにスペースを見つけたのがきっかけでした(笑)。

最も新しいのが西鉄グランドホテル前オレンジ歯科ですね。

歯科医師の就業人口の変化を見ると、55歳以上の歯科医師が半分以上を占めていますので、あと10年で代診できる歯科医師はいなくなります。私どもは山口県と北九州市では基盤ができましたが、この組織を10年、15年後まで維持するためには人口が減少している地域にいるよりも、余裕のあるうちに福岡市の中心部に分院を出さなくてはいけないと考えたのです。天神に出したことで、興味を持っていただけたのか、入職希望の方が増えていますね。組織の運営のためにはスタッフの循環が必要ですから、アンテナを立てる意味での分院は意味があります。

分院の展開にあたって、苦労はありますか。

西鉄グランドホテル前オレンジ歯科ははじめの半年でけっこうな赤字が出ました。胃が痛くなりましたし、太ってはいますが、身の縮まる思いもしました(笑)。それまでの分院はすぐに患者さんが増え、3カ月で採算ベースに乗っていましたから、資金面で辛いことがなかったのですが、こちらは苦労しましたね。ただ、来ていただいた患者さんからは「この周辺は日曜日にやっているところがないから有り難いわ」、「痛くないね」という、私どもが本来、差別化としてきたことを評価していただいていました。それでも来院患者数が少ないのは周知が進まないためだと考え、広告の仕方を変えたりしました。今は月に100人以上の患者さんにいらしていただいています。

分院でのスタッフの募集はどのようにされていますか。

Facebookを使って、ご紹介いただいています。これまで面接まででしたら5人ぐらい、採用に繋がったのが3人ですね。Facebookは実名登録なので、LINEなどに比べると、人を紹介するのにふさわしいSNSだと思います。自分のタイムラインに「歯科医師を紹介いただけませんか」と出すと、見てくださる方も歯科医師が多いので、そういう小さなコミュニティの中でダイレクトに紹介いただけるのです。東京で開業されている方に非常勤の歯科医師を紹介したこともありますし、没交渉になった方や大学時代の先輩、後輩などとも繋がれましたね。分院を展開するときも興味を持っていただけますし、皆で助け合っています。

スタッフの育成をどのようになさっていますか。

年に2回ほど、3時間の講習やセミナーを開催しています。納涼会や忘年会を兼ねたものですが、スタッフの交流も行っています。今年は自費診療専門の分院を出す予定で、こちらは研修センターとしての意味合いもあります。新しい分院で歯科衛生士や歯科助手に専門性の高い治療や予防を教育し、スタッフがそこで身につけた最良の治療や予防を自分の歯科医院に戻って行えば、技術の底上げが図れます。新しい分院ではコストを気にせず、時間をしっかりかけた診療を行うつもりです。歯科衛生士や歯科助手が「そこに行きたい」と言ってくれるといいですね。そのうえで、歯科医院としての利益がきちんと出れば、スタッフに還元します。私の勝手な目標は年収400万円の歯科衛生士を作ることです。適切な治療ができれば、実現可能なことだと思っています。

今後の展開について、お聞かせください。

西鉄グランドホテル前オレンジ歯科は2016年3月で1年が経ちます。今後も拡大する方向ではありますが、2025年問題や株価の下落など、周りの状況で変わってくるでしょう。私自身は10軒ほどを持ちたいと考えていますが、マネージメント能力がそんなに高いわけではないですから、どう拡大するかは未知数です。しかし、個人の歯科医院は一代で作り、一代で潰れるものですから、継承者が出てきません。そうなると、企業としての永続性を保てなくなりますので、スケールメリットを持たせるためにもある程度の大きさにしていきたいです。ただ、路面ではなく、ランドマーク的な建物に入居するテナント開業をメインにしていきます。

展開の一つとして、医科とのコラボレーションを考えていらっしゃいますよね。

法律上は医科と歯科を同時に併設することが可能ですが、それをなさっている方や成功例はないですね。私どもとしては自費診療の分院は別にしても、次の分院については医科とのコラボレーションに取り組む予定です。患者さんの利便性は飛躍的に向上しますし、医師と歯科医師が同じ場所で診療することで緊急時の安全性も担保できます。高齢社会が進展しますし、患者さんも「一度に全部、診てくれる」と思ってくださるのではないでしょうか。

転職と開業を考えていらっしゃる歯科医師にアドバイスをお願いします。

どちらも思い切りが必要です。転職にあたっては、面接時に「この人と仕事がしたい」と、お互いにピンと来たら、それでいいと思います。院長先生や歯科医院の雰囲気を見て、いいと感じたら、まずは働いてみます。条件はそのあとですね。ただし、そのときに雇用契約書をいただきましょう。法律上は口頭での約束だけで雇用契約が成立しますが、労働条件も含めて、雇用契約書で確認した方がいいですね。良いマッチングができても、最後に憎み合ってしまうことを避けるためです。私はお世話になった先生方とは今も交流があり、開業時にも医療機器などを入れるときに口を聞いていただいたりしました。医療機器には高いものがありますが、高いものを入れたらうまくいく世界ではないので、開業費用のリスクヘッジは大切です。
そこで開業したいと直感したら、医療圏として良くない場所でも患者さんはいらっしゃいます。経営者になれば即断、即決しないといけないときがあります。業者に尋ねること自体は悪いことではありませんが、情報などを見過ぎて数字で判断してしまうと、訳が分からなくなりますよ。いいなと思いついた瞬間に決断できる人がうまくいっているようですね。
開業計画書は必ず自分で書いてほしいです。A4の紙に歯科医院の名前を書き、その下に開業したい場所の住所を書きます。そして、自分の名前や想定するスタッフの人数、ユニットの台数、敷地面積、コンセプトを書いていきます。どんな歯科医院にしたいのかということですね。私の場合でしたら、年中無休、母子分離、Rodyなどですね。そうすれば、必要なスタッフ数が出てきますから、それに社会保険料を含めた25万円を掛ければ人件費が出てきます。最後に、自分なりに整理して書き直せば、銀行は「こういう歯科医院を作りたいのだ」と理解してくれます。数字は税理士さんに相談すれば出てきますから、コンセプトやスタッフ数など、開業を希望する歯科医師ならではのこだわりを打ち出しましょう。開業時のリスクは低くし、売上が増えてきたら、次の設備投資を考えます。帳簿上は7年後ですので、7年後に入れ替えられるかといった可能性を考慮して、開業を決断されてもいいですね。