歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~

医療法人社団スターティス マイスター春日歯科クリニック 遠山 敏成 理事長

医療法人社団 スターティス マイスター春日歯科クリニック

マイスター春日歯科クリニックは東京都練馬区に2006年に開業した。遠山敏成理事長が28歳のときである。遠山理事長は歯科医院を開業する父と薬剤師の母のもと 、長野県で生まれ育った。大学卒業後には大学病院で先進治療を学ぶほか、個人医院で研鑽を積んだ。 帰郷を望んでいらしたお父様の反対を押し切って東京で開業したものの、当初は1カ月に5人の来院患者数だったという。しかし、開業して5年を経た現在、ユニット2台 で、来院患者数は1カ月に400人を数える。その増患対策とは遠山理事長が「患者様がいらっしゃらないところでも、患者と言うことなく、患者様と言っています」と話されることにあるのではないか。今月はマイスター春日歯科クリニックの遠山理事長にお話を伺ってきた。

医療法人社団 スターティス マイスター春日歯科クリニック 遠山 敏成 理事長

医療法人社団スターティス マイスター春日歯科クリニック 遠山 敏成 理事長

プロフィール

  • 1978年 長野県生まれ
  • 2002年 日本大学歯学部 卒業
  • 2002年 日本大学歯学部付属歯科病院 勤務
  • 2003年~2006年 布川歯科医院・石川歯科クリニック・根本歯科医院・さいたま新都心デンタルクリ ニック 勤務
  • 2006年 マイスター春日歯科クリニック 開設
  • 【学会 他】
  • 日本補綴学会
  • 日本歯科理工学会
  • 接着歯学会
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【開業に至るまで】

■歯科医師を目指したきっかけをお聞かせください。

父が歯科医院を開業しており、父からの洗脳が大きかったですね(笑)。小学生の頃は従兄に借りた『こちら葛飾区亀有公園前派出所』が大好きで、将来は漫画家になりたかったですし、高校に入学した頃は友達のお兄さんが格好良くて、美容師に憧れました。自宅と父の歯科医院は同じ場所にあったのですが、それでも父が何をしているのか知りませんでしたし、歯科医師の仕事には興味がありませんでしたね。私としては早く結婚して、子どもがほしいなと思っていました(笑)。それで自分の子どもをどう育てようかと考えたときに、子どもがグレたらどうしようと不安になってきました。そのときに「親父も子どもに期待するところがあったのだろうなあ」と初めて気付き、父の気持ちに応えたいと歯学部を目指すことにしました。

■大学時代のエピソードをお聞かせください。

実習が多い大学でしたので、忙しかったですね。それでも仲間たちとはブームを作って、よく遊びました。皆、お坊ちゃんなので、しようと決めたら徹底的なのですが、熱が冷めたら一斉に引いてしまうんですよ(笑)。ボーリングのときはシャツまで揃えて作りましたし、ボールも買いました。ビリヤードや麻雀、パチンコ、パチスロにも通いましたね。
ホテルでウェイターのアルバイトもしました。ホテルでの接客経験は医療サービスという面で今の仕事に通じていますね。ただ、医療は技術職という側面も大きいので、全てに渡ってホテルのような接客を行えるわけではありません。しかし、ホスピタリティという言葉はホスピタルが語源ですので、今も大事にしています。

■就職先として、大学病院を選ばれた理由をお聞かせください。

新宿の河津歯科医院の河津院長はインプラントで有名な先生ですが、そこに勤務していた先輩が辞められることになったので、先輩の後任として入職させていただこうと考えていました。ところが、河津院長から「まだ早い。大学病院で勉強して2、3年後に来なさい」と言われたのです。父は卒業後は帰郷すると思っていたようでしたので、不満そうでしたが、「私の時代とは違うし、日本のトップクラスの先生がそうおっしゃるのなら」と言って、応援してくれました。

■どちらの医局に入られたのですか。

大学は臨床だけでなく、研究や教育といった重要な面も担っていますので、そういう環境のもとで学べるのは魅力でした。大学に残るのならば最も厳しい医局に入ろうと、クラウン・ブリッジ科、口腔外科I、歯周病科を候補に挙げました。口腔外科Iはがんがメインですので、将来もがんを専攻するとは考えられなかったので止めました。歯周病科とクラウン・ブリッジ科は最後まで迷いましたが、もともと審美歯科に興味があったので、クラウン・ブリッジ科を選びました。

■大学病院での教えで、どういうことが印象に残っていますか。

五十嵐孝義教授がいらした時代で、厳しかったですね。教授からは「知らなくてできないのはまだいい、知っていてできないのはいけない」と教わりました。頭で知っているだけでなく、どれだけ腕を使えるかということですね。細かい技術を持っていないといけないと痛感し、努力を続けることの大切さを学びました。

■個人医院にも勤務なさっていますね。

大学病院2年目に助手になったのですが、月給は12500円とほぼ無給でした(笑)。食べていけないですから、医局の紹介で、いくつかの個人医院を掛け持ちで勤務していました。大学病院では、末端の歯科医師は経営面を気にせず、最高の材料や機械、無制限の時間を使えますが、個人医院は全てが有限です。「これをやって駄目だったら、あれをやってみよう」ということは決して許されません。型取りも1回で決めるなど、限られた医療資源の中で最高のパフォーマンスを見せなくてはいけないのだということを勉強させていただきました。最初に勤めた個人医院の院長が実地を重視されていた方で、「ミスになりそうなときは言え。カバーしてやる」と言ってくださっていて、有り難かったですね。

■開業しようと決断されたいきさつはどういうことだったのでしょうか。

五十嵐教授は3年を一つの区切りとされていた方だったので、私も3年で医局を離れることになりました。父はまた帰郷を望んでいたようですが、「もう少し色々な歯科医院を見たい」と言うと、納得してくれました。その頃、ちょうど開業や分院長、いわゆる雇われ院長など、いくつかのお話をいただき、その中でこの物件を紹介されたのが開業のきっかけです。

■こちらはどういう物件だったのですか。

群馬県伊勢崎市に本社がある日本デントの東京営業所がこの裏にあり、併設する形で歯科医院を作り、テナント貸しをしていました。そこで開業されていた先生が別の場所に移転されることになり、そこで開業しないかというお話をいただきました。

■第一印象はいかがでしたか。

医療法人社団 スターティス マイスター春日歯科クリニック大江戸線は開通していましたが、最寄り駅の練馬春日町からは少し歩きますし、歯科医院の前の道は人通りが少なく、まずいなと思いましたよ(笑)。でも、人口自体は多く、特に昼間人口が多い点はメリットでした。歯科医院は人口1700人のエリアに1軒あるのが理想だとされています。父が開業する歯科医院のある旧南信濃村は人口2000人に対し、2軒の歯科医院がありますので、単純計算ではきついです。東京はライバルも多いですが、人口も多いですので、頑張れば患者数を伸ばしていけるのではないかと考えました。実際に開業してみますと、0歳から90歳までの患者様が広いエリアから来られていますし、光が丘に近いことも良かったですね。

■ほかに、どういう点が魅力でしたか。

一般的に歯科の開業は3500万円から5000万円かかると言われていますし、中には1億円をかける方もいらっしゃいますが、3500万円を超えると回収が難しいようです。ところが、こちらはチェアや機材などが揃っており、1000万円以内に抑えられることが良かったです。

■資金調達はどうされたのですか。

開業資金が1000万円で済むとは言え、実績がないと銀行は貸してくれません。父に頼みましたが、私の帰郷を待ち望んでいた父からの答えはノーでした。担保を長野の信金に提出することも断られ、途方に暮れていました。しかし、私には突っ走る傾向があり、勤務先の一つだった根本歯科医院の根本院長にお願いに行ったのです。根本院長は父の大学の同級生でもあるのですが、江戸っ子気質で「俺が保証人になってやる」と言ってくれ、運転資金として800万円を借りることができました。最初は500万円とお願いしていたのですが、最終的に800万円になってしまい、「馬鹿野郎」と言われましたね(笑)。根本院長は私にとっては「東京の親父」のような存在で、今も頭が上がらないですし、迷惑をかけてはいけないと肝に銘じています。

■内装のこだわりについても、お聞かせください。

内装自体は既に終わっていましたので、その点も恵まれていました。3台のチェアが設置されていましたが、患者様を3人並べて治療するスタイルを自分のクリニックではしたくないと思っていましたので、2台に変更しました。間仕切りをし、ゆったりしたスペースを確保しています。 美容院でも、美容師さんが私の髪を切りながら、ほかのお客さんのチェアにも行っていたら、私はジェラシーを感じてしまうタイプなのです(笑)。1対2よりも1対1の方が「あなたのために」という思いが患者様に伝わります。そのためには型取り、レントゲン、削る、クリーニングなど、全て自分でやらなくてはいけませんし、負荷がかかりますが、患者様には支持していただいているようです。歯科衛生士は1人おり、たまにスケーリングや歯石除去もしますが、スタッフの実務的な仕切りを主に任せています。

■ITの活用についてはいかがでしょう。

ドメインをまず取得し、開業と同時に簡単なサイトを作りました。その後、半年から1年ぐらい経った頃に全面的にリニューアルしました。私は広告を甘く見ていたところがあって、特に広告しなくてもそこそこの患者様は来院してくださるだろうと思っていたのです。ところが、最初は月に5人の患者様しかいらっしゃいませんでした。パワーポイントを使って、自分でチラシを500枚配り、100円ショップで歯ブラシも買って、一緒に配ったりもしたのですが、あまり効果がありませんでしたね。

■軌道に乗せるまではどのような努力をされたのですか。

そのチラシではどんな歯科医師が診療しているのか分かりにくかったので
医療法人社団 スターティス マイスター春日歯科クリニック私の写真を出したり、どういった治療ができるのか、私はどういったことが得意なのかということや歯科医院の理念なども出したチラシに作り替え、ポスティングを行いました。そうしますと、月に10人に伸びてきました。ポスティングは即効性があるけれども、効果は0.1%に過ぎないと言われています。私どもも1万人のポスティングで10人の来院患者様ですから、計算通りでした。その後も診察日の変更や常勤医師の入職など、歯科医院の内容が変わるたびにチラシを作り替えました。

■現在の来院患者数をお聞かせください。

月に約400人です。お金をかけない広告を展開してきたことが良かったと思っています。しかし、広告は新規患者様の窓口ではありますが、広告に頼るだけでは患者数は伸びません。診察室で嫌な思いをさせないことが肝要です。 当たり前のことですが、そういった経営学は歯学部では教育されないのです。大半の歯科医師は甘やかされて育っていますので、 頭を下げることにも慣れていません。患者様のことを「患者が」と言っている歯科医師もいますが、そういう日頃の態度は診察室でも出てしまうのではないでしょうか。私はいつも「患者様」と呼んでいます。

【経営理念】

マニュアルを作らないことです。大きく分院を展開されているようなところでは訴訟対策としてもマニュアルが必要なのでしょうが、あくまでも個人で可能な範囲で診療を行っている私どものような歯科医院には必要ありませんね。マニュアルに従うのではなく、患者様一人一人に応じた対応を行うことが大切だと思っています。 大学時代、お年を召した教授がいらっしゃり、私が挨拶しても挨拶を返してくださることがありませんでした。その先生は父もお世話になった方で、父にそう伝えたら、「目下の人間が目上の人間に挨拶するのは当たり前のことで、挨拶が返ってこなかったといって不思議に思ってはいけない」と諭されました。その話を思い出すと、患者様にどう接するべきか改めて考えさせられます。ほとんどの患者様は私やスタッフよりも年上で、目上の存在です。しかも、お金を支払ってくださる方々でもあるのですから、患者様がドアに手を掛けたと同時にお辞儀をして「お大事にどうぞ」と言えなくてはいけません。

【診療方針】

待たせないこと、患者様が診察室に入られたときに怖くないこと、痛くないこと、診察が早いこと、患者様に喜んで帰っていただくことですね。また、無駄に歯を削らないことも心掛けています。  
2000年に国際歯科連盟の学会誌『International Dental Journal』に掲載された論文で、ミニマルインターベンションという概念が紹介されました。ミニマルインターベンションは日本語では最小限の侵襲と訳されます。従来の虫歯治療では虫歯に侵された部分の歯を大きく削り取り、修復物を入れるために、その修復材料に合わせて健康な歯まで削ってしまうという方法が取られてきました。歯には細胞がなく、皮膚のように再生しませんから、削らざるをえなかったのです。

医療法人社団 スターティス マイスター春日歯科クリニックしかし現在では歯と接着する修復材料が開発され、必要以上に歯を削らずに済むようになったのですね。私どもでもミニマルインターベンションに基づき、経過を観察しながら歯の再石灰化を促す、歯質保存的な治療を行っていきたいです。
一方で、補綴、審美、咬み合わせといった診療を得意にしています。咬み合わせなどの機能性や見た目の綺麗さといった審美性も重要だと考えています。

■保険、自費の割合はいかがでしょうか。

保険の方が多いですよ。売上で言えば、保険が6割で、自費が4割ですが、割合は気にせず、トータルの売上で考えるようにしています。自費が多いということは患者様を回せていないということですし、あくまでも自費は「水もの」と考え、単価が低くても、多くの患者様に来ていただくことを目指しています。

■「アゴたんストレッチ」を考案なさったのですね。

私が大学時代に所属したクラウン・ブリッジ科では教授が義歯に傾注されており、義歯と筋肉の調和は研究テーマの一つでした。私も義歯、セラミック治療、咬み合わせを得意にしてきたので、歯科医院の特色として打ち出せないかなと模索していたのです。以前から文化人の団体であるホワイトナイトに所属しており、そちらのプロデューサーと相談した結果、二重アゴを改善するストレッチとして「アゴたんストレッチ」を考案することにしました。これはアゴの多数のインナーマッスルを鍛えることで、アゴのたるみを解消するなどの効果が得られます。お蔭様で、私どもの認知度は向上したように思いますが、増患には繋がっていませんね(笑)。芸能人の飲食店が流行る理由は芸能人が経営しているからでしょう。大きな期待はしていませんが、メディアへの露出などで私のプレゼンスを高めていくことも経営には必要なことではないかと考えています。

【増患対策】

光が丘に向かっている道路と環状8号線沿いに看板を出しているほか、電柱広告を13本、出稿しています。最寄り駅の練馬春日町のホームにも広告を出したいですね。しかし、下りのホームしかスペースが空いていないとのことです。下りですと、次の駅は終点の光が丘だけですから、上りのホームに比べて広告効果が薄くなってしまいます。それで現在は上りのホームの空きを待っているところです。

また、サイトをご覧になって来院される患者様がほとんどですので、ネットにも力を入れています。私は治療の手が早いので、30分の予約でも早めに終わることが多く、空いた時間はパソコンに向かっています。私もブログを書いていますが、ほかの方のブログのコメント欄にコメントをするときに必ず私どものURLを載せています。そういう工夫でリンクを増やしたり、アクセス数を伸ばしているほか、ツイッターやSNS でも情報を発信しています。

【スタッフ教育】

 

私どもでは大学病院に勤務している歯科医師に来てもらっていますので、全くの新人を一から教育するという機会はありません。しかしながら、私のテンションの高さを一方的に押し付けるわけにはいかないので、教育は難しいですね。勤務医にスピードを要求しますと、粗くなって質が下がると言い訳する方もいますが、遅い人は技術を持っていないのです。100できることを80しかできないのは下手なのだと言っています。そこで勤務医の意識改革を行うように努めています。歯を何も考えずにどんどん削っていったら1分後には何もなくなります。それが少し削るだけで10分かかるということは考えながら削っているからなのですね。したがって、削る前に計算し、準備してから削れば、時間は短縮できるはずです。もちろん、器用、不器用の差はあります。プロ野球選手が皆、イチローのようになれるわけではありません。しかし、イチローは無理でも、プロ野球選手のレベルには達すべきだと考えています。私自身も睡眠時間3時間ぐらいで頑張った時代を経て今の自分があるので、私の上辺だけを真似するのではなく、継続して努力することの大切さを感じ取ってもらいたいです。副院長も若手の指導には厳しいタイプですので、副院長が厳しく指導したときは私は優しく接するなど、バランスには気を配っています(笑)。

【今後の展開】

このほど、世田谷区内の居抜きの物件を求めました。三軒茶屋駅から車で5分ぐらいの住宅街にあります。私どもの副院長を分院長として派遣し、2011年8月を目途に開業する予定です。また、練馬区内でクリーニングサロンを展開したいと考えています。アメリカのように歯科衛生士がクリニックを持てる時代になるかもしれませんので、先を見据えた予防専門のサロンにしていきたいです。

【開業に向けてのアドバイス】

いかにお金をかけないで広告を行うかということに重きを置き、我慢しながら地道にやっていくことではないでしょうか。口コミの力が大きいことも知らなくてはいけません。悪い意見を聞かないという人もいますが、きちんと聞くべきでしょう。それから歯科医師はどうしても世間知らずな面がありますので、悪い業者に騙されないように気を付けないといけませんね(笑)。潰れる歯科医院があるようでは業界全体として駄目になります。歯科医院同士が競い合うことで、質の向上を図れます。全てを歯科医院のためにという気持ちを持ちましょう。本気でやりたいのならできるはずですし、生きることとはそういうことだと思います。このほど、「歯医者のチカラ」というサイトを立ち上げました。歯科医師限定のサイトですので、是非ログインしてみてください。

【プライベート】

戦国時代に興味があるので、京都やお寺、お城を見て歩くことが好きなのですが、最近は時間がないのが残念です。人と会うことも好きですし、お酒を飲みに行くことも好きですね。ミニチュアピンシャーという犬を飼っていまして、最近の楽しみは散歩などの犬の世話ですね。

【タイムスケジュール】

  • 医療法人社団 タニダ歯科医院
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