歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~

医療法人愛全会 西川 淳雄 理事長

医療法人愛全会は滋賀県内で2つの歯科医院を経営しているグループである。一つは甲賀市のあい歯科で、近江鉄道の水口駅が最寄り駅となっている。もう一つは湖南市のいしべあい歯科で、JR草津線の石部駅から徒歩10分ほどの立地である。この愛全会を率いる西川淳雄理事長は34歳で歯科医師としてのスタートを切り、経営を軌道に乗せるまでに幾多の苦難を乗り越えてきた。西川理事長は「人と人とのつながりの根本に信頼関係がある」と語る。2軒の歯科医院ともに、いわゆる都心での開業スタイルではないため、患者さんの年齢層、職業は多様であり、歯科医師にはオールマイティな素養が求められる。「このような地域だからこそ患者さんに安心感を与えることが大切」だと話す西川理事長にお話を伺った。

医療法人愛全会 西川淳雄 理事長

医療法人愛全会 西川 淳雄 理事長

プロフィール

  • 1954年生まれ。
  • 京都府立大学を卒業後、酒造メーカーに勤務する。その後、アルバイトなどを経て、岐阜歯科大学に入学し、1989年に卒業する。卒業後は医療法人良友会に勤務する。1997年に甲賀市にあい歯科を開業する。続いて、1998年に湖南市にいしべあい歯科、1999年に東近江市にグリーン八日市歯科、2001年に蒲生郡日野町にひのあい歯科を開業する。現在はグリーン八日市歯科とひのあい歯科は閉院している。
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34歳で歯科医師になる

最初から歯学部に進学されたのではないんですよね?

医療法人愛全会京都府立大学農学部を卒業して、酒造メーカーでバイオの研究をやっていました。ところが私は上司にごますりもできないし、会社的な人付き合いが苦手で、どうにも居辛くなり、1年も経たないうちに辞めてしまったんです。それから塾や予備校の講師をしたり、家庭教師をするなどのフリーター生活を送りました。ダンプカーやタクシーの運転手をしたり、当時建設中だった京都の地下鉄の現場で働いたり、喫茶店のマスターや木屋町のバーでバーテンダーもやっていました。

どういう、きっかけで歯科医師を志されたのですか?

木屋町のバーで働いていたら、大学の先輩が偶然にお客さんとして来たのです。その先輩はIBMに勤めていたのですが、私と同じような理由で退社し、阪大の歯学部に通っているということでした。先輩が歯科医は腕一本でできる仕事であること、上司との人間関係も楽なことなどを聞かされ、いいなあと思いました。まだ歯科業界もいい時代でしたし、開業したら儲かる、車も持てる、女の子にももてるんじゃないかという気持ちもありましたね(笑)。話を聞いたのが12月で、それから勉強し、27歳で岐阜歯科大学に入学しました。

卒業後はどちらで勤務医をされたのですか?

医療法人良友会です。岐阜歯科大のOBが多く、紹介で入職しました。三重県を中心に展開しているグループで、滋賀県内に4、5軒の歯科医院がありました。その中の水口診療所で院長の下につき、修行することになったのです。良友会は歯科で初の広域医療法人として、近畿地方だけでなく石川県や静岡県にも進出し、32軒もの歯科医院を抱えるほどに成長していきました。

勤務医生活はいかがでしたか?

分院長を経験し、滋賀県ブロックの責任者をやっていました。その頃は「365日24時間」働くことも楽しく、ずっといてもいいと思える程でした。滋賀県ブロックは売上も良かったですしね。ところが段々、法人の経理に不透明なところが見えてくるようになったのです。いわゆる乱脈経営ですね。税理士にも相談し、味方になってくれた事務スタッフとブロックの責任者会議で追及しましたが、改善の兆しは見られませんでした。そして私は法人を解雇されたんです。

それから、どうなったのですか?

法人の方は乱脈経営ゆえに、破たんしてしまいました。私は家族もいましたので、以前アルバイトしていた塾で講師業を再開しました。2か月ぐらい経ったときに、現在のあい歯科がある場所のオーナーから電話をもらったのです。「いきさつは聞いた。でも、たくさんの患者が待ってるぞ。」と言われました。1週間に何度も電話をもらいましたが、資金がないことを話すと、オーナーが「じゃあ俺が建てる」と言ってくださいました。オーナーは接骨院を経営されており、機材だけリースで揃え、接骨院の2階と3階で開業することになったんです。

医療法人愛全会を経営する

あい歯科は日曜診療もされていますね。

医療法人愛全会歯科医師会との軋轢がなかったわけではありませんが、私は日曜診療にこだわりがありました。日曜しか来られない患者さんはいらっしゃいますからね。経営的にも他の歯科医院と逆のことをした方がいいわけですから。患者さんにも好評を頂きました。それから1年後の1998年に石部あい歯科を開業したんです。

さらに2つの歯科医院を続けて、開業されたのですね。

1999年にグリーン八日市歯科、2001年に日野あい歯科を開業しました。分院を開業するときには、まず私が行って軌道に乗せ、それから分院長に託すというスタイルを取りました。お蔭様で順調な経営だと思っていたところに、事務スタッフによる持ち逃げがあったのです。良友会時代に私の味方になってくれた事務スタッフがいたとお話ししましたが、私が開業するときにブレーンとして来てもらっていたのです。ですから強く信頼していたのですが、結果として裏切られてしまいました。

経営はどうなったのですか?

私としてはたとえ1軒になったとしても潰したくないと思いましたよ。ストレスで髪は真っ白になるし、胃潰瘍になったり、40歳を過ぎているのに突然全身アトピーが発症したりしました。逃げたい気持ちもありましたが、オーナーと患者さんが励ましてくれました。持ち逃げの方は警察に告訴し、裁判でも勝訴しましたが、お金が戻ってくることはありませんでした。そこで親戚などからもお金を借り、一から経営を学んで、今はようやく借金を返し終わったところです。

経営の立て直しを図る

どのように経営の立て直しに取り組んでいかれたのですか?

私自身がこれまで診療のみに専念していたので、経営について学ぼうと、税理士、弁護士、社労士、司法書士の皆さんに教えて頂きながら勉強を重ねました。そこで歯科業界に詳しく、トータルに見ることのできるコンサルタントに出会って、事務を任せるようになりました。

現在の経営理念について、お話し頂けますか?

私は人より10年遅れて歯科医になっているので、ボンボンではありません。お世辞も嫌ですし、間違っていることは間違っていると言ってしまう性格です。だからこそ人と人との関わり合いから、信頼関係が生まれると思ってきました。信頼関係がないと前には進めませんからね。患者さんともそうです。信頼関係があれば、安心感を持って頂けます。そこで患者さんが何を求めているのかを考えてみますと、「怖いこと」「痛いこと」をなくすことに行きつきました。「怖いこと」はイメージができてしまっていますので、多くのお喋りで解消できますね。私は「診療3、喋り7」ぐらいの割合ですよ。

では「痛いこと」の解消はどうすべきでしょうか。

ここで必要なのが技術です。麻酔の注射が一番大切ですね。ゆっくり時間を取って、患者さんに応じた角度や場所を決めます。そのやり方は教科書には載っていません。あくまでも経験から培ったものですね。さらに麻酔のときに表面に塗る薬も工夫が必要です。日本の薬は味がまずいですし、3分の時間を要します。しかしアメリカの薬はイチゴやバナナなどのフルーツ味で30秒しかかからないんですね。私どもではこの薬をインターネットで輸入しています。そういった患者さん本位の姿勢が生き残りには肝要でしょう。いかに患者さんにとっての「人気者」になるかなのです。

現在の経営課題について、お聞かせください。

勤務医の問題でしょうか。滋賀や和歌山は田舎と思われているようで、なかなか来て頂くのが難しいですね。現在はグリーン八日市歯科と日野あい歯科はそういった問題もあって、クローズしています。日野あい歯科の方では医療権と機材がそのまま残っていますので、現在、勤めてくれる方を募集しています。

小児歯科

小児歯科にも力を入れていらっしゃいますね。。

医療法人愛全会田舎ですから、なんでも診ないといけません(笑)。確かに子どもの患者さんは多いですね。子どもといっても、3歳なら3歳の自覚があります。子どもにはドクターだけでなく、スタッフ皆がひざまずいて、同じ目線を合わせていかないといけません。そして心理学の本に「子どもの集中力は3分で限界」と載っていましたので、治療のやり方には工夫を凝らしています。このコツも少しずつ分かってきたところです。
18歳の高校生はEXILEの新曲について話すし、4歳の男の子は仮面ライダーの話をしたがります(笑)。それを聞いて、他の患者さんにまた話していますよ。

高いリコール率

リピーターを獲得するための方法について、教えて頂けますか?

東京ディズニーランドの成功はリピーターを獲得していったことだと言われています。医療の場合は95%がドクターがその鍵を握っているかと思います。私一人の心の持ち方で随分変わるものです。患者さんには技術だけでなく、安心感を与えていけるようにしたいものです。
具体的には月ごとの定期健診名簿を作っておき、月に120枚ほどの葉書を出しています。そうすると約100人が来院してくれますね。葉書には定期健診時期をお知らせするだけなく、スタッフがイラストを描いたり、一言を添えるようにしています。

遠いところからも来院されているようですね。

三重県からの患者さんもいますし、奈良県、京都府などからもいらっしゃいます。八日市から電車を乗り継いで、1時間かけて来てくださる患者さんもいますよ。そういった遠くの患者さんが約700人です。そういった患者さんは「遠くても、いいと言われる歯科医院に来たかった」とおっしゃいます。行列のできるラーメン屋さんのラーメンを食べてみたいというのと同じですよ(笑)。

競合は何軒ぐらいあるのですか?

このあたりは人口12000人で歯科医院は5軒あります。カルテ枚数は5800枚ですから、ほぼ半数の方に来て頂いているわけです。2歳から90歳まで年齢層も幅広く、いろんな職種の患者さんがいらっしゃいます。田舎の方は政治の話も好きですしね(笑)。私も新聞を隅々まで読んで、テレビのニュースも録画してしっかり見ています。家族の話などの相談もありますので、歯科医師というより相談員といった感じですね。

増患対策はありますか?

医療法人愛全会「子どもと女性を大事に」ということでしょうか。女性はまず、子どもさんを診せたがります(笑)。「子どもがいいと言ったら、私も…」という流れですね。そして最後がご主人です。ご主人は自分で決めきれないのか、女性の意見を大事にされますからね。私は患者さんが車を停めるところを見て、車種や車の停め方から想像を始めます。受付での話し方、問診票も書き方を見て、性格なども考えていくのです。チェアに座るまでに分析をしることが診療にも役に立っています。

自費診療

現在、自費診療の割合はどのぐらいですか?

35%ですね。私としてはもっと伸ばしたいと思っています。収益率のことももちろんですが、患者さんにとってベストなものを勧めたいんです。保険診療の範囲内では最高の治療とは言えないものもあります。自費がなぜいいのかという情報提供をしていくことが大事です。

どのような情報提供を心がけていらっしゃいますか?

情報を小出しにすることです。その都度、話をするようにすれば、患者さんは興味を持ちます。最後には患者さんから尋ねてきます。そうすると、こちらからセールスをしなくても、自費にしたいと言われますよ。ただし情報はメリット、デメリット含めて、全部出していく必要がありますので、模型も使って、細かいところまで話しています。

スタッフ教育

スタッフ教育はどのようになさっていますか?

医療法人愛全会経営の立て直しを図る際に、スタッフがどのようにすれば感じがよくなるのかと考えてみました。やはり一流といわれるホテルや旅館のような雰囲気を出すことだろうと思い、言葉遣い、笑顔、電話応対、心遣いなどの改善を試みました。電話では「あい歯科、○○でございます」と名前を名乗らせるようにしたところ、患者さんは最初びっくりされたようですが、今では「名前が分かると安心する」とおっしゃいますし、何よりも本人たちの自覚が高まったようですね。それに伴ってスタッフが患者さんの情報をきちんと取るようになり、「患者さんが電話でこんなことをおっしゃっていました」など、ドクターへの連絡が細かくなりました。

朝礼もなさっているとか。

新しい事務長の発案で、毎朝行うようになりました。朝礼では「あえいうえおあお」といった発声練習からやっていますよ。私もスタッフの健康状態などが分かったうえで、診療に入れるのでいいですね。

皆さん、挨拶も丁寧ですね。

一人の患者さんがいらっしゃったら、皆で挨拶することにしています。ドアの開け閉めも全てスタッフがやり、エプロンをかけて、私がチェアに行くまで話し相手を務めています。チェアは3台ですが、いつも2台で待ち時間が発生していますので、スタッフは常に話し相手となっています。

今後の展開

今後の展開について、お聞かせください。

水口と石部の2院を守って、地域医療に貢献したいと思っています。すごい診療をするよりも、何かあったら来てもらえる診療所でありたいですね。そして患者さんが集う地域のコミュニティーの場でありたいです。患者さんが安心して「頼りたい」と思ってくださるためにも、オープンでかつ清潔な歯科医院作りを心がけていきます。

開業に向けてのアドバイス

医療法人愛全会慌てて開業せず、遠回りしながら、「なんで歯医者になったのか」「本質は何か」ということを考えて頂きたいです。開業は夢なのかもしれませんが、開業して成功する人は開業した時点でさらなる夢を持っています。我々は「待ち」の姿勢しか持てないわけですが、気持ちは「攻め」でいることが大事ではないでしょうか。

また最近の若いドクターは手書きのカルテの経験がない人もいます。カルテを手で書くことで血の通った書類になります。電子カルテは確かに便利ですが、もし長時間の停電になってしまったら、使うことができなくなるかもしれません。器具も「ありません」と言う前に「あるものをうまく使う」ということを考えてみてほしいですね。そういった臨機応変さが若い人たちに見られないのが残念です。

プライベート

まずは読書ですね。小説、心理学の本、医療関係の本などが中心です。本屋さんでインスピレーションで選んでいます。かなりの速読で月20冊のペースで読みます。それから映画鑑賞ですね。ただし恋愛ものは苦手です(笑)。以前は旅行も趣味だったのですが、最近は時間が取れないので、なかなか出かけられません。

【タイムスケジュール】

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