歯科経営者に聴く - ふくしま歯科クリニック 福島啓展院長

歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~

ふくしま歯科クリニック 福島 啓展 院長

今月ご紹介するふくしま歯科クリニックは、東京都足立区南花畑の団地が数多く立ち並ぶ中にある。最寄り駅は、東武伊勢崎線竹ノ塚駅または、つくばエクスプレス六町駅。患者さんのベッドの横にまでいける訪問診療や、来院者の利便性を考えて行っている夜間診療など、地域が求める歯科医療を提供している。
特に訪問診療には力を入れていて、どこでも診療室と同等の治療ができるように機材をそろえ、スタッフのスキルも高めている。たいへんなことも多いが、患者さんに心底喜ばれる満足感が得られるのも訪問診療ならではのことだという。
クリニックにいては経験できない喜びについても、語っていただいた。

開業まで

福島啓展院長は、1957に年東京都文京区千石に生まれ、1980年、東北歯科大学(現・奥羽歯科大学)に入学した。なぜ歯科医を目指し、どんな大学生活を送ったのだろう。

「父が産婦人科医なので、自然に医学系の進路を考えていて、大学受験の段階で歯学部にしました。大学時代は学校が大変で、勉強ばかりの地獄の日々でした。病院の実習が13時に始まって終わるのは翌日の朝7時、というようなことが日常でしたからね。国家試験の前には、朝5時まで勉強して、8時まで3時間寝て、大学に登校していましたし。学年が上がるにつれてますます忙しくなりました。

とはいっても大学が福島県の郡山市にあって、夕方6時半といえばもう灯が落ちてしまうところでしたから、時間があっても遊ぶこともできなかったのですけどね。楽しみといえば、マンションで一人暮らしをしていたので、週末にまとめて料理を作って食べることでした。当時はよく食べていましたから。レストランに行って、ごはんを4杯おかわりしたら、お店の人から『もう勘弁してください』と言われてしまいました(笑)」

卒業後は、どこで仕事に就いたのですか。

「最初は、埼玉の開業医に1年いました。そこでは、入っていきなり抜歯をさせられて、さすがに手が震えました。大学時代にも附属病院で診療はしていたのですが、そのときには必ず指導者がついていましたが、もう初日から一人前扱いで患者さんを任されました。でも、そのおかげですぐに歯科医師としての自覚をもって診療にあたることができるようになりました。診察する一方で、昼休みに食事が終わると歯を削る練習を1日20本をノルマにやってもいました。

それから、いろいろ見てみようと思って、銀座、埼玉、葛飾区と、開業医を回りました。最後の葛飾の医院には3年いたのですが、その後足立区西新井で開業しました。 その頃にはまだ、開業するほどの技術が自分にはないだろうと思っていましたし、開業すると気苦労ばかりでたいへんだろうし、父にも開業を急ぐことはないと言われていたのでその気がありませんでした。しかし同期の友だちなどが次々開業し始めて、やはりそろそろ自分も考えなければいけないかなと考え始めたのです。それで業者に頼んでリサーチしてもらい、1990年にビルのテナントとして開業しました。開業資金の5000万円は父に借りました。そこではまずまずやっていたのですが、賃貸契約の更新時に5ヶ月分の更新料を請求されてバカバカしくなってしまい、戸建てを探していたところ、ここの土地のダイレクトメールが来て、決めました。

このときにはコンサルタントを頼まずに、全部自分でやりました。更地だったので、建物の設計から考えて、前の診療所の機器類は居抜きで売ってしまったので、医療機器なども自分で決めて、開業したのが1997年です。」

求められるサービスを

西新井から南花畑に移って、こちらはどうでしたか。

ふくしま歯科クリニック 「団地の前だから、絶対いいと思ってここを選んだのですが、目論見は外れました。なかなか患者さんが来てくれないのです。どうしたらいいかと思って、チラシもまいたのですが、その反響も1週間しか続きません。

この地域では保険診療が99%ですからなんとかして患者さんを増やさなければと、診療時間が20時までだったのを、22時までに延ばしました。この点は、仕事のある患者さんから喜ばれました。平日は21時まで受付、土曜は17時頃まで、日曜は午前のみ。休日は祝日だけということでやっています」

訪問診療もやっていらっしゃるということですが、どの時間に入れているのですか。

「クリニックでの診療も基本的に予約のみなので、午前中と夜間にクリニック、午後から夕方まで訪問診療というパターンでやっています。訪問診療を始めたのは、5年ほど前からです。最初は、午後の時間の予約が少ないので、空いた時間に訪問診療をしようということで始めたのですが、あるときから急に依頼が増えて、体制をきちんと整えてかからなければならなくなりました。独自の考え方で訪問先を開拓していったのですが、3年目で浸透しました。この、あるときから急にドーンと増えるのは、外来も同じです。これは、おもしろいものですね。いろいろな方法があるのでしょうが、口コミで広がるのがなにより効果があるようです」

訪問診療

訪問先は、施設ですか。

ふくしま歯科クリニック「病院、老人保健施設、老人ホーム、グループホームなどの施設がメインです。でも、個人の家にも行きますよ。ほぼ100%、高齢者で、寝たきりなど診療所まで行けないという人です。ほとんどの人は、『もう歯医者さんには行けない』とあきらめているので、こちらからベッドの横まで行って診察すると、『ありがたい』と喜んで感動してくれます。歯がなくなってしまったり、入れ歯が合わなくなったりして、もう噛めないと思っていたのが噛めるようになると、食べる喜びがそこから始まるのです。また、認知症の患者さんでも、咀嚼することで病状がいい方向に向かうこともあります。診療所に通える患者さんは治って当たり前、噛めて当然ですが、訪問診療の患者さんはそれだけ喜びが大きいのですね。

その一方で、クリニックの中のようにユニットに座ってもらって治療できるわけではないので、治療姿勢に無理があって腰に負担がかかったり、20kg近くもある重い歯科医療機材を運ぶ力仕事があったりで、特に雨の日やエレベーターがなくて台車の使えないところでは苦労することもあります。また認知症の患者さんだと警戒してしまって、せっかく行っても『帰れ!』などと言われてしまうことがあって切ないこともあります。でも、それ以上に喜ばれることの方が多いので、やっていられるのですね」

訪問診療で大切なことは何でしょうか。

「ともかく、患者さんに親切にすること。ある程度の要望には応えてあげて、それを超えたことはきちんと断ること。それは必要です。

それから、やるなら中途半端にはやらないことですね。例えば訪問診療をしている歯科医の中にも、訪問だから歯を削ることはできないというような人が、実際にいるようです。しかし訪問用の機材というのがちゃんとありますから、やるならちゃんとお金をかけてそういうものをそろえてやるべきです。いま、歯科医師と衛生士のペア3チームで訪問診療をしているのですが、最初に訪問機材だけで約500万円かかりました。そのほかに車も必要ですから、相応の負担を覚悟して始めなければできません。私はやるなら徹底的にやりたかったので、レントゲンも携帯用のものを買いました。中途半端なことなら、やらないほうがいいです。ちゃんと、かけるところにお金をかけること。あとは、意欲次第です。そうすれば、外来同様の医療内容ができ、しかも患者さんと密になれます。

患者さんが亡くなって、後でご家族が見えて『おかげさまで、最期においしいものを食べることができて逝きました。いい入れ歯を作っていただいて、柩にも入れました』と言ってくださったこともあります。そんなときには、やりがいを感じます」

福島院長の奥様は看護師であり、クリニックの事務長もなさっているとのことですが、看護師としての経験が訪問診療に参考になるところがあるのではないでしょうか。

「訪問歯科診療をする先の方は、全身的な疾患ももっている方がほとんどです。歯科医は医師ではないので病気を診ることはできませんし、慣れていないので最初は病んでいる姿に驚いてしまうのですが、そんなときに適切なアドバイスをしてくれます」

では、奥様の福島昌子さんに伺いたいのですが、看護師という立場から歯科の訪問診療をどのように見ていらっしゃいますか。

ふくしま歯科クリニック「私はいまも看護師をしながらこちらのクリニックもやっているのですが、口を開くことができなかった患者さんが、歯科のケアを受けたら口を開き、噛むようになるのを見ていると、訪問歯科診療は本当に必要なんだと実感します。でも、ドクターや看護師は歯科の知識がないので、どうしても口の中は後回しになってしまいます。赤ちゃんの初期の離乳食のような流動食しかとれなかった患者さんが、自分に合う入れ歯を作って、口の中もきれいになってすっきりすると、噛んでものを食べられるようになります。そうすると、病気も認知症も改善して、全身が元気になってくることがよくあるんですね。

最近では少しずつそのことが認知されてきて、病院で勉強会を開くとドクターもナースも熱心に聞いてくれます。寝たきりの患者さんなどは、口の中のケアがおろそかになりがちです。歯ブラシも何種類もあるので、どれを選んでどう磨いたらいいか。また入れ歯もはずした後でティッシュに包んでそのままにしていることもあるのですが、そうすると細菌が繁殖してとても不潔になります。洗浄剤など入れずに水につけているだけでも、ぜんぜん違うのです。そのような、歯科の世界では当然のことを医療側に伝えていくことで、病院も変わっていきます。

いま、訪問診療の中で歯科は内科の2割程度しかないのですが、本当は必要としている患者さんがとても多いのです。自宅で介護している家の方が、ここの訪問診療の車を見て『家にも来てもらえますか』と連絡してくることもあります」

看護師から見て、歯科医が訪問診療をする上で必要なことは何だと考えていらっしゃいますか。

歯科医はあまり重篤な患者さんを普段見ていないので、全身状態でびっくりしてしまうようです。院長が訪問した患者さんの中に、前に別の歯科医が来たのだけれど酸素マスクをつけているのにショックを受けて『診療できません』と帰ってしまったという経験をした方がいたそうです。でも、自宅で看護している場合はドクターも往診しているので、そのドクターが歯科診療をOKしているなら大丈夫なはずです。歯科医としては全身状態のことはできないわけですから、もし治療中に具合が悪くなったらドクターに連絡するなり、救急車を呼ぶなりすればいいことで、恐れることはありません。そのために私たちは、患者さんを訪問しているドクターや看護師、ヘルパーなどと密に連絡を取って、専門外のことはそれぞれの専門家にいつでも相談できる態勢をとっています。

それから、歯科医師や衛生士によく言っているのは、高齢の患者さんに対する言葉遣いやマナーです。また、帰りにコーヒーをご馳走になったらきちんとお礼を言っていただいてくるとか、人と人とのコミュニケーションをきちんと取ることです。個人の家に訪問するときには、そういうことが信頼関係を保つ上でとても大切で、人として信頼されてこそいい治療がさせてもらえると思います。 看護師の友だちでも訪問診療をしている人がいるので、私は情報交換しながら、医科と歯科の間をつないでいるような立場ですね」特に訪問診療の分野では、ふくしま歯科クリニックにとって妻・昌子さんの知識と経験が非常に貴重なもののなようだ。病院と歯科医の連携がこのような形で広がっていくと、高齢者のクオリティ・オブ・ライフもより高められていくだろう。

今後の展開

これからどのようにこのクリニックを展開していく予定ですか

ふくしま歯科クリニックこれからどのようにこのクリニックを展開していく予定ですか。
「なるべく多くの人の力になれるよう、特に訪問診療に力を入れていきたいと考えています。 そのためには、現在3チームで動いている訪問診療を1チーム増やしたいので、志ある歯科医の方にぜひ一緒にやってほしいですね。

歯科の訪問の初診では、ほとんどが急患といっていいほどすぐに治療してほしいという依頼が多いのが現状です。急患の依頼には、どんなに遅くても3日以内には伺えるように対応しているのですが、それにかなり無理があるのです。いまは、曜日ごとに定期的に訪問している先で1週間分のスケジュールを立てて訪問しているのですが、そこに急患が入るとその都度組み替えて、調整をしなければならなくなっています。もう1人歯科医師が増えて4チームになると、かなり余裕をもってスケジューリングし、急患にも対応していけるのです。

訪問歯科診療はこれから必要とされる分野ですから、一緒にやっていける人を探しています。

訪問だと病気の患者さんが多いので感染症を心配する人もいるのですが、訪問の場合、患者さんの全身状態は訪問している内科医が把握しているので、情報がきちんと入ってきます。その点、外来では自己申告ですから本当のところは分からず、かえってリスクは大きいといえます。また、病状が重い場合に『治療中にもし急変したら』というのも心配かもしれませんが、妻が話したようにその時には救急車を呼べばいいわけで、恐れることはありません。訪問診療をして患者さんやご家族から感謝される喜びは、他に換え難いものがあります」

プライベート

休診日が祝日だけで、自由な時間は少ないかと思いますが、どんなことをして過ごしていらっしゃいますか。

「スタッフは交替で週に2日休みを取ってもらっていますが、私はずっと診療していますから、なかなか休みに何かするということができません。いちばんの気分転換は、土曜の午後に行く整体です。2時間かけて充分にやってもらって、1週間分たまった疲れを癒します。あとは、家族で食事に行くのが楽しみですね。子どもは中学3年と小学校5年です。みんな食べることが好きで、よく食べるんです」

奥様の昌子さんが、「院長は歯科医療が好きなんです」とおっしゃるように、歯科医として充実している毎日が、いまの福島院長を支えているようだ

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