歯科経営者に聴く - 小田矯正歯科クリニック 小田佳朗 院長

歯科経営者に聴く ~第一線で活躍する院長から学ぶ~

小田矯正歯科クリニック 小田佳朗 院長

今月ご紹介するのは矯正歯科専門のクリニックである。阪急宝塚線、JR宝塚線の宝塚駅前にあるビルの3階に上がってドアを開けると、全く生活感のない近未来的な空間が広がる。大きな窓が配され、武庫川の静かな流れや対岸のマンション群の景色が、クリニックのインテリアと絶妙な対比を見せている。

阪大入学は親孝行

院長の小田佳朗院長は、大阪の高津高校の出身で“自由と創造”という校訓が好きだったとのこと。受験を振り返ると、経済的に裕福ではなかった家庭、そして、戦後の混乱期に父が受験失敗した大学が大阪大学ということから、育ててくれた両親を思い阪大歯学部に入ったのは今思うと不思議ではない気がする。負けず嫌いで京大に進んだ弟とともに、母が“兄は阪大、弟は京大(兄弟)”と冗談を言っていたことを思い出すと学費は安く唯一の親孝行ではと思っている。

「大学に入ると、全学のクラブに入りたいと最初から思っていました。教養学部や専門に上がっての基礎科目をあまり勉強しなかったことは少し後悔していますが、やりたかったアイスホッケーを好きなだけできたことで、今、矯正歯科医という自分の職業に集中できているのかもしれません。」

なぜ矯正歯科を目指したのか

小田矯正歯科クリニック小田院長は1984年に大阪大学を卒業した。開業志向が強い人は一般の歯科医院に就職し、すぐに開業を考えていない人は大学病院に残るのが普通だが、小田院長は、大学院生として矯正歯科の医局に入局した。その理由はどういったことだったのだろうか。
「歯学部に入ってから、クラブ活動をしていたこともありますが、特に、専門課程での実習である歯型彫刻や人工歯配列、ワックスアップなど本当にどうしても興味が持てませんでした。歯科医になること自体に疑問を持ち、民間企業の会社説明会に足を運んだこともあるくらいです。6年生になって、将来を考えた時、すぐに開業する気持ちはなかったので、大学に残ろうと思い、どうせならここでしかできないことをと思いました。口腔外科も考えましたが、開業すると大学でするような手術はできないだろうと思い、矯正歯科を選択し、どうせしばらく残るなら勉強不足を反省して大学院に行こうと思いました。

歯がダイナミックに動いてきれいになっていく矯正治療は、若い私の目には新鮮に映りました。生物学的な側面に加えて、力学に関連した物理学的な側面や美しさという感性的なものにも何か惹かれたのだと思います。」

研究者から開業医の道へ

「大学院での4年間は、非常に大きいプレッシャーを感じながらも、研究には熱意を持つことができました。1988年に大学院を修了したのち、医局での人間関係にだんだんと嫌気がさして、自分の道は、自分で切り開こうと考え、自然と開業へと気持ちが向かっていきました。留学をしたいという強い気持ちはありましたが、現在では後悔はありません。」

大学病院の勤務と並行して、開業資金を貯めながら、開業地の選定など、具体的に1つずつ準備を始めていった。

開業までの布石

「皆がすることだと思いますが、京阪神の地図に矯正専門開業医をプロットして、できるだけ需要がありそうで、毎日仕事をしに行きたいと思えるようなところを探しました。大阪、兵庫、奈良など車で色々なところを本当にたくさん見て歩きました。最終的に決めたスペースを紹介してくれたアルバイト先の先生には今でも感謝しています。」

開業地の選定のため、奔走している時に、アルバイト先の院長先生から宝塚駅ビルであるソリオ2の7階の空き物件があると教えてもらう。1994年8月に大学を退職し、開業の準備を進めた。イタリア製のサポリティ、BandBの家具を参考にしたり、トム・ディクソンのオブジェをおくなど、狭いながらも妻とこだわりの内装を計画、施工した。

開業後すぐ、阪神大震災でレントゲンや内装の一部に損害を受けるも、完成した思い通りの内装での仕事は苦労の連続だったが充実していた。当初から自分の力で患者さんに来てもらうことを念頭において様々な試みを行ってきた。

ご家族とともに

その試みの一つが開業当初から行っている母親教室である。当初は参加者が1人ということもあったそうだが、現在では参加者が増えて手ごたえを感じている。

「本当に何度も止めようと思いましたが、矯正治療について十分な情報を持っておられなかったり、過剰に不安を持っておられるお母様が多く続けてきました。不安を掻き立てるのではなく、解消していくのが医師の務めだと思います。今後も、この会で矯正治療をわかりやすく説明したり、質問に答えることでお母様方の不安を解消していきたいと思っています。

また、クリスマスパーティやボウリング大会などのイベントも多く試みてきました。準備をすることが本当に大変なのですが、患者さんやご家族が喜んでいただけると本当にうれしく思います。また、スタッフで企画立案して開催することは、後になって振り返ると本当にいい思い出になります。そういったことが毎日の診療の活力になっているような気がします。」

医療設備のこだわり

小田矯正歯科クリニック時間の経過とともに、患者さんへの十分な対応には少し手狭になったため、2004年には道路を挟んだソリオ3の3階へと移転する。院内のIT化の必要性は旧オフィスでも感じていたが、移転に伴い、見晴らしが良くゆったりとしたスペースを近未来的な空間にしようと思ったという。そんな空間づくりは、開業以来、全てのデザインを任せているデザイナーの意見を取り入れた。そして、全てのコンピュータから患者さんの予約状況が確認でき、またデジタルレントゲンを含む画像管理が可能である。
「コンピュータシステムやデジタルレントゲンによるIT化がすぐに良い矯正治療を提供ということにはなりません。各自の役割を十分に認識した歯科医師や歯科衛生士、治療コーディネータといったソフト面の充実がより大切です。これがあって始めて、質の高い医療を安心できる対応で提供することができます。」

リンガル治療の追求

小田矯正歯科クリニックの矯正治療の特徴として、舌側矯正(リンガル)、非抜歯治療があげられる。

「自分の力で、ここで矯正したいという患者さんを集めたかったので、患者さんの要望が多く、また患者さんにはっきりとわかる治療技術を開業当初から研修し取り入れていきました。舌側矯正は、まだ技術が十分に確立していませんでしたが、竹元先生のコースを取った時にこれだと思いました。当時は、舌側矯正を教えてくれるところを求めて欧米に何度も行って取ってきたビデオをくいいるように見ていました。」

「矯正歯科にも様々な考え方があり、所属するグループのやり方に固執しがちです。そういったことに縛られることなくできるだけ多くの技術を身につけ、患者さんの症状や要望にできるだけ沿った治療を行いたいと常々思っています。今でも、有意義だと思うできるだけ多くの講習会に出席し、一言残らず書きとめ吸収しようと思っています。理論に裏づけされた技術が見る人が見れば分かる、あそこは違うと思ってもらえるような治療を心がけています。」

医師・スタッフへの指導

採用したドクターに何より求めるのは、勉強や仕事のやり方をまず何より知ってもらいたい、その上で勉強して十分な知識を持ち臨床にあたってほしいということ。

「新しく入ったドクター、衛生士には、院長や先輩スタッフが丁寧に指導します。

初めからできる人なんていません。当クリニックでは、たとえ経験がなくても「やる気」のある人と一緒に働きたいと考えています。今までのドクター、衛生士もほとんどが矯正未経験の者ばかりでしたが、今では一人一人がクリニックになくてはならない臨床スタッフに成長しました。先輩後輩を問わずスタッフの仲が良く、遠慮せずに気軽に教え合えることも当クリニックの強みだと自負しています。

クリニック内での症例検討会やミーティングだけではなく、国内外の講習会にも参加してもらうなど、様々な勉強の機会も設けています。講習会に参加したスタッフが他のスタッフに講習会の内容を伝える時間を設ける、これまでに出席した講習会のノートや資料もいつでも自由に見てもらえるようにするなど、皆が学べるように配慮しています。

また、当クリニックでは歯科衛生士の教育にも力を入れています。矯正治療中は、特に虫歯や歯周病が進行しやすいので、口腔衛生管理が大切で、歯科衛生士として本来の業務に専念できるように配慮しています。 例えば、クリニック内の掃除は外部業者に委託していますし、技工物もすべて外注していますし、洗いものもサポートスタッフに任せています。先程述べたような講習会への参加や歯科衛生士関連の雑誌の講読も積極的に行い、お互いに学んだことを教え合い、診療に取り入れることもあります。衛生士として頑張っていきたいと考えている人にとって、とてもやりがいをもって働いてもらえると思っています。」

小田矯正歯科クリニックでは、歯科衛生士は、口腔衛生管理や矯正歯科専門の衛生士として本来の業務に専念できるように、院内の掃除は外部業者に委託し、技工物はすべて外注、洗いものは派遣社員やアルバイトの方に任せている。また、歯科衛生士関連の雑誌の講読や予防、矯正の講習会への出席も積極的に行っている。

さらに、「治療コーディネータ」の存在も特筆すべきであろう。

治療コーディネーションの概念

「クリニックの最大の目標は「患者さんに満足していただくこと」です。治療が終わったときに「ここで治療して本当に良かった」と思っていただける医院作りを心がけています。

やはりその為には治療の技術はもちろん大切ですが、患者さん一人一人との信頼関係を築くことが大切だと考え、患者さんとのコミュニケーションを大切にしています。患者さんと診療スタッフの橋渡しをする治療コーディネータを設け、子供さんなら受験やお父様の転勤に伴う転医、大人の方なら結婚や留学など、患者さんごとに異なるバックグラウンドに応じて対応できるように配慮しています。また、毎日症例検討会やミーティングを行い、スタッフ全員が患者さん一人一人の治療内容や進行状況を把握できるようにしています。

また、クリスマスパーティーやボーリング大会などのイベントの開催、季節ごとのクリニックの飾りつけやちょっとしたプレゼントなど、患者さんに楽しく通院していただけるよう工夫しています。親御さんに「今まで歯医者さんが嫌いだったのに、こちらに来るのは楽しみにしているんです」と言っていただけることもあります。そのような話を聞くともちろん嬉しいですし、スタッフのやりがいにもつながります。」

今後の抱負として

小田院長に趣味やプライベートについてお尋ねした。

「趣味は映画や音楽の鑑賞、旅行、スポーツでしたが、今はなかなか時間がとれません。家族は妻と小学5年生の長女、小学2年生の長男がいます。日ごろは子どもと過ごす時間がないので、お盆や正月には休みを十分にとって、家族旅行に行って、家族団らんを楽しみます(笑)。最近は英語をしゃべるのが面倒くさくなり、北海道と沖縄など国内旅行をしています。」

最後に今後についても伺った。

「患者さんに楽しく通院していただくことはもちろんですが、スタッフにとっても働きやすい職場にすることが大切だと考えています。これからも、患者さんにとってもスタッフにとってもより快適な医院を目指したいです。

私自身については、家庭を大切にしながら矯正歯科医として自分を高める努力をして、後悔だけはしないようにバランスをとりながら仕事をしたいと思っています。」