歯科衛生士人生6つのステージ

【第5回】訪問歯科衛生士になる道―生活空間だからこそできる診療 暮らしの中にあるキュアとケア―

坪野慶明 医療法人社団 桜実会 おおど歯科クリニック 理事長

医療法人社団 コンパス コンパスデンタルクリニック 理事長
三幣 利克
 (Toshikatsu Minusa)

オフィシャルホームページ
http://compass-dc.jp/message/
  • 1974年 東京都 生まれ
  • 1999年 東京歯科大学 卒業
  • 1999年~2007年 勤務
  • 2007年 コンパスデンタルクリニック 赤羽 開設
  • 2007年 コンパスデンタルクリニック 立川 開設
  • 2007年 コンパスデンタルクリニック 三鷹 開設
  • 2007年 コンパスデンタルクリニック 横浜 開設
  • 2013年 コンパスデンタルクリニック 湘南台 開設
  • 2013年 コンパスデンタルクリニック 大宮 開設
  • 2013年 コンパスデンタルクリニック 名古屋 開設
  • 2013年 コンパスデンタルクリニック 吹田 開設
  • 【学会 他】
  • 摂食嚥下リハビリテーション学会
  • 日本口腔衛生学会
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高齢化社会の医療の柱は病院から在宅へ。

高齢者医療の存在が日本の医療に大きな影響を及ぼす時代になりました。高齢になっても「出来ること」はたくさんあります。特に最近は予防医療が進んでいますから、今後も健康寿命は伸びていくと思われます。とは言うものの、生きている以上は病気やケガのリスクをゼロにすることはできませんし、高齢期において大きな病気やケガを患うことはその後の生活に重大な変化をもたらす可能性が高くなります。
さて、急性期の治療を終えた高齢期の患者さんはどこで過ごされているのでしょうか。生活復帰を目指しながらリハビリを続けたり、安静を保ったりするための場所としてリハビリ型の病院や慢性期型の病院だけを想像するのは間違いです。むしろ「自宅」であり、その代りとしての「施設」であったりします。急性期から回復期、慢性期を経て終末期へと向かう一連の時期を「高齢者の療養の時期」として捉えていくとき、「出来なくなること」が存在していることに気づきます。その一つが「病院の外来を受診し、検査や治療を受けること」なのです。したがって、在宅医療では医療者や介護職が訪問して治療や援助を行うことが主になり、歯科衛生士においても在宅医療の世界での活躍が期待されています。

患者さんに来ていただくのではなく、患者さんの住まいに伺う。

病院やクリニックでの診療とご入居施設やご自宅を往訪する在宅診療との一番の違いは何でしょうか。第一に「診療空間」の違いが挙げられます。「病院」という、我々医療専門職が主役の空間に患者さんが来訪するのではなく、我々医療専門職が患者さんの「生活の場」に往訪させていただくのです。診療室では器具の配置、椅子の高さ、向き、角度、照明などが最も診療しやすい状態に準備されています。一方、ご自宅にそのような設備がないことは皆さんのご自宅を想像していただければお分かりいただけると思います。一言で言えば、「やりにくい環境での診療」なのです。しかし、生活空間だからこそできる診療があるということを知っていただきたいです。生活空間に足を踏み入れると、その方が歩んできた人生や人柄を示すものが次々と目に飛び込んできます。ご家族との会話、介護スタッフとの会話も様々に飛び交います。暮らしの中にあるキュア、そしてケアの姿がどんなものであるかを目の当たりにすることになるはずです。
現在、在宅医療が大学での研究、シンポジウムでも活発に論じられています。在宅医療は豊かな医療として発展していくことができるでしょうか。高齢者が何に喜びを感じるのかへの興味なくして在宅医療を語ることはできません。今日のケアが日々の療養生活の延長線上にある「死」、いわゆる看取り、ターミナルケア、終末期医療に続くのだと意識するとき、「人生」を支えるのが在宅医療であることに気づかされます。そこにはご家族、ご友人、介護スタッフ、医療スタッフが色濃く関わりながら、自分たちに何ができるのだろうかと自問しながら進むチームケアの姿があります。だからこそ、主役である患者さんとご家族が何を求め、何に喜びを見出そうとしているのかを知り、医療専門職だからこそ伝えることのできる情報や処置を提供していく必要があるのです。

最期まで食べることへの注目が高まる中、歯科衛生士の存在が鍵になる。

「食べること」は高齢者の生き甲斐に直結する重要なキーワードです。豊かな看取りを実現していくうえで最期まで美味しく安全に食べる環境を提供することは在宅医療における大いなるテーマの一つであり、高齢者の栄養管理はますます重要になります。例えば、胃ろうの問題です。皆さんは胃ろうを付けている人は不幸なのか、幸福なのかなどと深く考えたことがありますか。ご家族からそんな切実な質問を投げかけられたときに、自分の言葉で答えられますか。医療者が胃ろうの役割をどのように捉えているかはこれまで接してきた現場がどのようなものだったかによって大きく変わります。大切なことはこれまでの自身の固定観念に縛られていないだろうかと立ち止まり、「ここは在宅医療の現場なのだ」という意識で「捉え直し」を行ってみることです。胃ろうによって的確にADLの改善をさせたうえで、その方の求めるQOLの実現と結びつけていけるかどうかに価値があり、医療職に患者さんやご家族から問われているのは「あなたは尊厳ある生をどのような方法で実現することができるのですか」ということだと思います。
食べるための支援には咀嚼力、嚥下力、歯肉の健康、食形態の在り方などがあります。日本には素晴らしい食文化があります。食への想いが強い民族にとって、人生の最終章である療養の時期に食べることが保障されていることはとても重要です。ところが、残念なことに「食べるための入り口である口腔衛生」への市民意識はほかの歯科先進諸国に比べ、劣っているのが実状です。高齢者の咬合が崩れていくことはQOLを大きく左右します。口腔衛生を良い状態に保つことが食べる支援における基盤になりますので、歯科衛生士が鍵になるということはご理解いただけるはずです。

歯科だから創りだせる未来がある

お口の安全と快適さを支えることは看取りの豊かさを生み出すことに通じます。最近では味、見た目、ペーストレベルなどに工夫がこらされた食品が開発され、市場にも出回るようになりました。今後はさらに種類が増えていくでしょう。その方の味覚の状態、嚥下力、メニューへの思い出、ご家族の気持ち、ケアチームのメンバーなどを熟知している歯科医師、歯科衛生士であれば「食べることの実現」にとどまらず、食べることを通して得られる幸福な時間作りに貢献できます。どの患者さんにも「食べられなくなる日」は訪れます。その日が来ることを先に延ばす技術と同時に、その日が来る前に「食べる幸せ」の時間をセッティングすることができれば患者さんやご家族にとってかけがえのない宝になります。そのためには医科、リハビリ、栄養、薬、看護、介護職などとの連携が必要です。定期的に患者さんと接することのできる歯科衛生士であればこそ、ケアチームをつなぐ中核としての活躍もおのずと期待されるのではないでしょうか。

人間力というスキル、歯科衛生士としてのプライド

在宅医療は子育て経験、食への関心、家族の介護経験など、生活者としての視点やコミュニケーション力、人を巻き込む力といった総合的な人間力が活かせる現場であると言えます。女性が力をつけて、この業界をけん引していただきたいものです。 一方、高齢者の口腔環境の改善を的確にやり遂げる歯科衛生士としての技術力が重要であることは言うまでもありません。様々な薬を服用していたり、粘膜が弱まっていたり、コミュニケーションに工夫が必要な認知症の方、麻痺による障がいを抱えた方など、若い患者さんでは経験することがない難しさがあります。そういった方々を引き受け、ADLの回復に貢献していくという真剣さが必要です。そんなあなたの真剣な姿を最初に気づいてくれるのは患者さんであり、ご家族です。医療の新しい価値が在宅医療の世界にはあると信じています。

様々な職種が専門性を活かしながらチームでケアをする魅力

在宅医療の世界は地域特性と深く関連しています。勤務形態や往訪の方法も含め、様々な働き方の現場があります。施設に往訪することが多いクリニックもあれば、自宅に往訪することが多いクリニックもありますし、往訪手段として電動自転車もあれば、車や電車もあります。車も自分で運転する場合や、ドライバーが運転する場合もあります。単独で往訪する場合もありますし、チームで行く場合もあります。全てを自分だけで行う必要はありません。どのような往訪スタイルのクリニックを選ぶかで、ご自身に合った歯科衛生士としての道を歩むことができると思っています。